第224話 ゴーストハウス
「うまい!」
歩きながら声を上げたのは、クラヴィス父上だ。手には丸いケーキが入った紙コップを持っている。ケーキの大きさは先ほど家族と一緒に食べたたこ焼きぐらい。それが紙コップの中に5個入っていた。
「このケーキもルーシェルが考えたの?」
横でおいしそうに頬張るクラヴィス父上を見ながら、ソフィーニ母上は尋ねた。
「実は最初に考え付いたのが、そのケーキなんです。僕はベビーケーキと呼んでますけど」
「ベビーケーキ! かわいいネーミングね」
「先ほどのたこ焼き用の鉄板で、パンケーキを焼いただけなんですよ。ただ砂糖の代わりに蜂蜜を使ってますけど」
「おお。蜂蜜か。それは良い」
クラヴィス父上は蜂蜜が好きだ。父上だけじゃない、母上もカリム兄さんも、リーリスも蜂蜜が好物だったりする。エルフ族は昔から蜂蜜を好物にしていて、大手の養蜂場はたいていの場合、エルフが経営していたりする。
「あなた、歩きながら食べるのはお行儀悪いですよ」
「母上、子ども祭では食べ歩きが承認されてます。だからどんどん……っていうのもおかしな気がしますが、食べてください」
「え? いいの?」
驚くソフィーニ母上を見て、リーリスが説明した。
「子ども祭は子どものお祭りなので。普段できないこともやろうというのが、コンセプトなんです」
「なるほど。だから食べ歩きも奨励されてるのね。じゃあ、わたくしもいただいちゃおうかしら。えい!」
ソフィーニ母上はクラヴィス父上が持っていた最後のベビーケーキを取り上げる。そのまま自分の口の中に押し込んだ。
「おいしい。生地がしっとりしていて、甘さもちょうどいいわ」
実を言うと、ベビーケーキは普通のパンケーキの焼き方をしていない。生地を型に流し込んだ後、お湯で蒸し上げているのだ。そのおかげで、しっとりとした食感になる。
焼くより蒸す方が、火傷のリスクが減ることからも、後者を選択した。
「こうやって食べ歩きすると、昔のことを思い出すな、ソフィーニ」
「若返ったようですわ」
ソフィーニ母上は父上の手を取る。
相変わらずレティヴィア家の夫婦の仲は、出来上がったばかりのたこ焼き以上に熱々だ。
「演劇も見たし、お腹も膨らんだ。他に何か面白そうな催しはないかな」
今はお昼を過ぎたばかりだ。
午後もう1度リーリスの劇があり、さらに目玉の出し物として、ロラン王子と楽団の演奏会がある。正直に言うと、身内以外の出し物についてあまり知らないんだよなあ。子ども祭で使う材料のことで頭がいっぱいだったし。
「あ、あの、ルー……」
リーリスが僕に声をかけようとした時、クラヴィス父上は少々興奮気味に指差した。
「おお! ゴーストハウスか! なつかしいなあ」
こういうお祭りでは定番の催しだ。
生徒が演じるゴーストや、おばけを疑似体験する――所謂お化け屋敷という奴である。
「ソフィーニ、入ってみるか」
「いやですよ、わたくしは。子どもじゃあるまいし」
「このお祭りは童心に帰るのが目的なのだぞ。わかった。よし。カリム、私と行こう」
「え? いや、僕は……」
「なんだ? 怖いのか?」
「ば、バカにしないでください、父上。子どもが作ったものですよ」
「では行こう」
クラヴィス父上はカリム兄さんと一緒にゴーストハウスの中へと入っていく。親子の後ろ姿を見ながら、ソフィーニ母上はため息を吐いた。
「ああいうのが好きなのは、昔から変わってないわねぇ」
「昔からなんですか?」
「そうよ。自分が1番怖がりなのにね。……それにしても随分と気合いの入ったゴーストハウスね。普通教室を使ったりするのに、わざわざ外に建てるなんて」
「はい。建材を作りすぎちゃって……。ならいっそ外に作ってしまえと、ロラン王子が。でも、外だけじゃないですよ。中身もすごいんですから」
中身を知ってるリーリスと顔を合わせて、お互い苦笑いをする。
「へ~。どう凄いの、ルーシェル」
ソフィーニ母上が質問した時だった。
「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」
猛烈な勢いでクラヴィス父上とカリム兄さんがゴーストハウスの出口から出てくる。2人の息は切れていたけど、顔は真っ青だ。まさに幽霊を見たという顔をしている。
「ちょっと。2人とも大丈夫?」
「ぜぇ! ぜぇ! ちょ……。な、なんだ、あれは」
「リアル過ぎる。本当のゴーストかと思いました。危なく魔剣を使うところでしたよ」
「やだぁ。2人とも。大の大人が何をそんな……。本物のゴーストが、学校の敷地にいるわけないでしょ?」
「本物のゴーストですよ」
「……」
「……」
「……」
え……??
「ルーシェル、今なんと?」
「じょ、冗談よね、ルーシェル」
「ルーシェル、なかなか冗談がうまくなったじゃないか」
「いや、ですから……。本物です」
再び両親と兄さんは固まった。
「「「ええええええええええええ!!」」」
絶叫する。
「る、ルーシェル! さすがにそれはまずいだろ」
「そ、そうですよ。ゴーストハウスに本物を入れるなんて、万が一のことがあったら」
「ルーシェル、今回さすがの僕でも擁護できないなあ」
総ツッコミだ。
ま、まあ……。最近ちょっと自分が色々とやらかすトラブルメーカーであることは自覚できてきた。でも、この反応は何となく予想はしていたから、驚きはしない。
「落ち着いてください。一応学校の許可はちゃんと取ってますし、あそこにいた魔物は無害なので安心してください。こちらから直接的な危害を加えない限りは安全です」
「ど、どういうことだ?」
「生徒に【使役】させたんです」
「せ、生徒って……。ここのか?」
「はい。そうです、父上」
「でも、魔物はそんな簡単に【使役】できないだろ」
「それが簡単に【使役】できる方法があるんです」
僕が【収納】の中から取り出したのは、拳サイズの団子だ。
「これは僕がモンスターボールと名付けている魔獣用の餌付け団子です。中身は魔獣のお肉と、コン蘭という魔花のエキスを混ぜ合わせて作ってます」
コン蘭から出るエキスは魔獣を一時的な催眠状態にして、大人しくさせる。魔獣が動かなくなったところに、【使役】するのだ。
魔獣が口にしても利くけど、コン蘭のエキスはかなり強力で、その香りだけでも魔獣を催眠状態にしてしまう。ゴーストもアンデッドも関係ない。おそらくだけど、身体の中の魔晶に直接作用しているのだろう。
「【使役】のスキルは割と簡単に覚えられるものなので、子どもでも訓練するれば問題ないのではと思いまして」
「つまり、あそこにいるゴーストやアンデッドを操っているのは、子ども……ということか」
クラヴィス父上、カリム兄さんは呆然とする。
ソフィーニ母上はホッと胸を撫で下ろしていた。
どうやら、また僕はやらかしてしまったらしい。
まあ、今回はこういうリアクションになるだろうなと思ってたけど……。それぐらいには、僕も成長したってことかな……。
僕が遠い目をしていると、突然クラヴィス父上とカリム兄さんが騒ぎ始めた。
「カリム、こうしてはいられないぞ」
「はい。父上!」
いきなりどうしたんだ、父上も兄さんも。
二人はがっしりと肩を組むと、またホラーハウスに入ると言いだし始める。
「ゴーストを間近で観察するチャンスだ!」
「こんな機会、滅多にありませんからね!」
興奮した様子でレティヴィア親子は、ホラーハウスに再び突撃していく。
すると、父上と兄さんの高揚した声が、聞こえてきた。
僕は母上とともに、呆れた様子で見つめる。
どうやら今回やらかしているのは、僕だけではなさそうだ。