第223話 商売の才能
『魔王様は回復魔獣を極めたい〜その聖女、世界最強につき〜』1巻、好評発売中です!
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「このクリーム色したものはなんですか、ルーシェル。とってもおいしいです!」
リーリスが珍しく声を上げて絶賛する。
すると僕より早く反応したのは、カナリアだ。リーリスにそろそろと近づいていくと、小壺を差し出した。コルクの蓋を取ると、そこには例の黄色のクリームが入っている。
「百聞は一見に如かず、百見は一口に如かず言うてな。リーリス、一口――生で舐めてみるか?」
リーリスに差し出す。なんか表情が危ないお薬を売る売人みたいだ。。
よっぽどたこ焼きにかかっていた例のソースをお気に召したのだろう。リーリスはゴクリと喉を鳴らして、腕を伸ばしていく。指先にクリームを付けて、思い切って舐めてみた。
「うううんんんんんん!!」
ちょっと淑女が公で出してはいけない声を上げる。
「おいしい。程よい酸味と、コクがあって……。でも、なんでしょうか? 生クリームとも、ウスターソースとも違っていて」
リーリスの反応を見て、家族もペロリと小壺の中にあるものを舐めた。
「うむ。うまい」
「あら……。サラダにかけたらおいしそうね」
「サラダだけじゃない。何にでも相性が良さそうですね。麦飯にかけてもいいんじゃないですか?」
サラダは合うと思うけれど、さすがに麦飯はないかな、カリム兄さん。
いや、合うかもしれないけど。
「ルーシェル、これは確か卵と酢、塩だけで作ったと言ったな」
「はい、父上。僕はマヨネーズと呼んでます」
「古代語で〝卵と酢の混ぜたもの〟か」
「そう。マヨネーズ!」
カナリアが叫ぶ。
興奮しているのか、僕の首に手を回して肩を寄せる。
例のマヨネーズが入った小壺を皆に見せながら、彼女は宣言した。
「クラヴィス公爵様、このマヨネーズ……。たぶんめっちゃ売れまっせ!」
「売れ? え?」
「間違いあらへん。うちの商売人の魂がビンビンに反応してる。たこ焼きもおいしいけど、商売で売れるのは、やっぱ調理具とか調味料や。その中でマヨネーズは一級品。後世に残る大発見やで!」
「カナリア嬢、落ち着いて。る、ルーシェル、これはどういうことだ?」
「カナリア、僕はマヨネーズを売るつもりはないよ」
「ええ! めちゃくちゃ売れんのに。人がいいなあ、ルーシェルは。そしたら、うちらカンサイベーン家と独占契約しよ。開発、製造、販売、うちの家が一手に受けたるさかい。ああ。大丈夫やで、クラヴィス公爵様。一枚噛んでくれたら、儲けの一部もレティヴィア家に……」
カナリアは商売の話をまくし立てる。
目が金貨みたいに光っていた。こうなるとなかなか止められない。
「(なんやったら、こっちで作れば丸儲け)」
「自分で作ってもいいけど、混ぜ合わせるのに、一工夫必要なんだ。簡単にはいかないと思うよ、カナリア」
「あちゃ! 聞かれとった! いけずやなあ、ルーシェルは」
「マヨネーズの話はまた今度……。今はたこ焼きでしょ」
「商売はスピードが命なんやで。まごまごしてると、商売敵にビジネスチャンスを取られるかもしれへん」
「わかったよ、カナリア。子ども祭が終わったら、レシピを教えるから。今はたこ焼き作りに集中して」
「やったー! さすが頭取や!」
カナリアは景気よくくるくるとたこ焼きを回す。
結局、カナリアの言うことを聞くことになってしまった。南の人って、みんなこう押しの強い人ばかりなのかな? カナリアだけと信じたいのだけど。
「ふはははは。さすがのルーシェルも形無しだな」
「父上、他人事みたいに」
「いいではないか。カンサイベーン家は商売のプロだ。悪いようにはせんだろう」
父上は自分の髭を撫でながら、笑う。
その父上の胸を突いたのは、カナリアだった。
「ご当主はよくわかってる。あ。たこ焼きはサービスしときますさかい」
まさかたこ焼きの代金だけで、マヨネーズのレシピが買われてしまった。
本当に商魂たくましいな。
「でも、このマヨネーズは売れると思いますよ。わたしも色々な料理に合わせてみたいですし。このソース以外にも」
「たこ焼きのソースは、マヨネーズが合うように作ってあるんだ」
「なるほど。だからおいしいんですね」
「それだけではないぞ、リーリス」
クラヴィス父上が2個目のたこ焼きを噛みしめた後に言った。
「本来、たこ焼きは生地と蛸の単純な料理。しかし、ルーシェルはソースやマヨネーズ、紅ショウガなどを入れて、味を複雑にしていった。淡白な蛸の味だけではなく、様々な味を加え、調和させたことによってこの味が生み出されているのだ」
「この小さな玉の中に、色んな味があるなんて不思議です」
「まるでオーケストラをギュッと凝縮したみたいね」
リーリスが不思議そうにたこ焼きを眺めれば、ソフィーニ母上は幸せそうにたこ焼きを頬張った。
「どれ。もう1つ」
父上は手を伸ばしたが、すでに皿は空っぽになっていた。鉄板に残っていたたこ焼きもない。犯人はユランだった。
「うまかった!」
満足そうにたこ焼きについていた串を使って、歯に付いた青のりを取る。貴族としてあるまじき所作だ。カンナさんが見たら、さぞ怒り狂ったことだろう。
残っていたたこ焼きを全部食べても、ユランは悪びれる様子もない。
「当然といえば当然だが、冷めたたこ焼きよりは、熱々のたこ焼きの方がうまいのぉ」
「そりゃそうだよ、ユラン。てか、みんなの分まで…………そうか」
僕はハッと顔を上げた。
「どうしました、ルーシェル」
「どないしたんや、頭取」
リーリスとカナリア、さらに家族が僕の顔を覗き見る。
「カナリア、注文を取ってからたこ焼きを焼くのはどうだい?」
「それなら熱々が食べられるけど……。たこ焼きを作るのって、結構時間がかかるで」
「そこはカナリアの話術と、テクニックだよ」
僕はニヤリと笑った。
1時間後……。
閑古鳥が鳴いていたたこ焼き屋の前に、人だかりができていた。
「さあ、見てらっしゃい。聞いてらっしゃい。ついでに嗅いでってや~。今からたこ焼き作りが始まるで。奇妙怪々なデコボコ鉄板を作って、まん丸お月様を作るんや。みんな、見てくんやでー!」
カナリアは景気の良い声をかける。流れるような口上に、集まった人たちは引き込まれた。子どもの頃から商売のイロハを叩き込まれた彼女に、これぐらいの口上は朝飯前だ。
カナリアが見せるのは、口上だけじゃない。しばらくして、今度は集まったお客さんたちはその手元に釘付けになっていった。デコボコの鉄板に、本当に満月みたいなたこ焼きが生まれてくる。おいしい香りが漂ってくれば、もうお客のハートを鷲掴みしたのも同然だった。
「1箱くれ!」
「オレは3箱」
「なら10箱だ!」
男たちが声を上げる。
みんな、成人を迎えた貴族たちだ。
よく見ると、人だかりは男の貴族がほとんどだった。
「うまくいきましたね、ルーシェル」
「うん。リーリスとユランに手伝ってもらったおかげだよ」
僕は魔法で生み出した紙に目を落とす。
そこには「たこ焼き屋」の宣伝が書かれていた。
特に大きく書かれていたのは、次のような文言だ。
『南の部族の言い伝えでは、蛸を食べた男はとても勇敢な戦士となると言われています』
少々控えめに書いたけど、これが貴族や騎士に当たった。特に見栄を重視する貴族にとって、勇敢であることは何より重要だ。勇敢でありたいと願うのは、貴族男子の誰もが思うことである。
だからこの文言は大人の貴族にとても利いた。普段、こんな迷信など信じない貴族も、一般的に怖いとされる蛸を食べることから連想して、たこ焼き屋に群がった。数枚の銅貨ほどの価値で、勇敢になれるのだ。これほどコスパのいい呪いはないだろう。
「あ! 頭取! やっぱあんた、商才あるわ。うちと今度、商売せえへんか? ――あ。え? 20箱? おおきに! ちょっと待っといてんかー」
カナリアは随分と忙しそうだったけれど、顔は笑っていた。
「ルーシェル、カナリアさんと商売するんですか?」
「いや。遠慮しておくよ」
僕はその場を後にする。
何せ僕の夢は商売人じゃなくて、料理人になることだからね。








