第220話 凹んだお鍋
ジーマ子ども祭より3ヵ月前。
レティヴィア家の本家で夏休みを過ごしていた僕は、炊事場を借りて料理をしていた。
「ルーシェルくん、何をしているんですか?」
炊事場に顔を出したのは、カンナさんだ。
手には鍋を持っている。おそらく家臣の方々に作った料理の鍋を返却しに来たのだろう。
「ジーマ子ども祭に出す新しい料理を考えていて」
「新しい料理? 子ども祭のことは聞きましたが、ルーシェルくんは今回裏方なのでは?」
「うん。でも、どんな料理を出すかは僕が決めることになってるんだ。僕とそんなに変わらない子どもが作ることになるから、なるべく簡単で、かつおいしい料理を提供できればいいなって」
「なるほど。今決まっているのは、どんな料理ですか?」
「ピザ、フランクフルト、飴とアイス、あとフライドポテト、ドーナツかな。油じゃなくて、魔法の熱風で仕上げるつもりだよ」
「なるほど。確かに……。アイスも工夫次第によれば、子どもでも作れますからね」
「うん。ただありきたりなものが多いから、まだみんなが見たことがないような料理とか出せたら、子ども祭の名物にもなっていいんじゃないかなって」
「良い考えですね。それで何かいいアイディアが浮かんだのですか?」
「それがさっぱりなんだ。色々試しているんだけど、調理工程の制約が結構厳しくて」
「子どもでも簡単に作れる料理ですからねぇ」
「カンナさん、何かいい考えはない?」
カンナさんは吸血鬼族だ。700年近く生きていて、僕よりも色んな経験をしてきている。魔族との戦いでも医療班として従軍し、世界のあちこちを旅してきたそうだ。
「私はルーシェルくんほど料理に精通していないので、あまりお力になれないかと」
「カンナさんが生きてきて、おいしかった食べ物とかでもいいのだけど」
「……おいしかったというわけではないのですが、とても意外なものを食材にしている部族に出会ったことがあります」
「意外なもの?」
「蛸ですわ」
「え? えええええええええええ?? 蛸ってあの足がいっぱいあって、にゅるにゅるしてる? あの蛸のこと?」
僕は思わず大声を上げてしまった。
そんな僕のリアクションを見て、カンナさんは口元に手を当てて、上品に笑った。
「おや。ルーシェルくんは食べたことがないんですね。てっきりこの世の食材は一通り食べたことがあるのかと」
「僕が過ごしていたのは山だからね。たまに海にも出向いて、釣りをしたこともあるけど、蛸は食べたことなかったかな」
あのグロテスクの見た目がちょっと苦手なんだよ。多足生物なんて魔獣も含めると、そんなに珍しくないけど……、それにしてもその蛸を食べる人がいるとは思わなかった。
「どんな味なんだろ?」
「その部族曰く、焼いても茹でてもおいしいそうです。生きたまま刺身にして食べる人もいるそうです」
ゾ~ッ!
あれを刺身って……。
ちょっと何を言っているのかわからない。
個人的にお腹の中に入ることにすら、拒否感を抱くのに。
生で食べるとかありえない……。
「食感が独特でコリコリしてるそうです」
あまり口に入れたくないけど、蛸の料理を子ども祭で出せるなら、インパクトは十分かもしれない。
でも、どんな料理にすればいいんだろ。
今のところ見当がつかないや。
子どもでも調理ができて、可能な限り持ちながら食べられるものがいいな。もちろんおいしいは大前提だけれど……。
やっぱり一朝一夕ではいかないな。
「お役に立ちそうですか?」
「実際食べてみないとなんとも言えないかな。ありがとう。検討してみるよ」
「良かったです。ああ。それとこのお鍋なのですが……」
カンナさんは持っていた鍋を掲げる。
よく見ると、穴の底が丸く凹んでいた。
「先ほどユランが廊下を走っていたので、引き留めたら、逆襲に遭いまして」
「逆襲!?」
ユランったら……。
いくらカンナさんでも殴りかかったりしたらダメだろう。
「咄嗟に鍋で防御してしまい、このような形に……。申し訳ありません。料理長には私の方から謝罪しますので」
「僕からもユランにきつく言って――――うーん」
「どうしました、ルーシェルくん」
僕は鍋の凹んだところを注視する。
たぶんだけど、箒か何かの柄で突いたのだろう。ちょうどお団子ぐらいのサイズに、丸く凹んでいた。それも無数にだ。
「……面白いかも」
僕は小麦粉、卵、牛乳を適量に混ぜ合わせる。それをカンナさんから借りた凹んだ鍋に投入し、火にかけた。
「ルーシェルくん、何を作ってるんですか? 見た目はパンケーキを作ってるように見えますが……」
「パンケーキを作ってるんだよ。ただしちょっと変わったね」
「変わった?」
半熟ぐらいになったところで、僕は凹みの上で焼いていた材料をくるりと回す。すると綺麗に焼けた半円状のパンケーキができた。さらに反対側を焼き固めると、子どもの手のひらサイズのパンケーキが完成する。
「おお! なるほど。この小ささなら歩きながらでも食べやすいですね」
「もう少し大きくした方が、子どもの誤嚥も防げるかな。……でも、これだとまだインパクトが足りないなあ」
「歩きながら食べられるパンケーキというだけでも、十分あると思いますが……。作り方も面白いですし」
「ありがとう。でも、もうちょっとこだわりたいんだ」
僕は料理道具一式を【収納】の中に入れる。
そのまま炊事場から出ていこうとした。
「ルーシェルくん、どこへ?」
「ちょっと海に行ってくるよ。お土産に蛸を釣ってくるから楽しみにしていて」
僕はカンナさんに向かって手を振ると、飛翔の魔法を使って、南へと向かったのだった。








