第219話 剣王の忠告
「公爵家の料理番様」のコミカライズ第2巻がまた重版いたしました。
これで4刷り目でです。電子書籍が隆盛の時代ですが、こうして紙の書籍も買っていただけて、とても嬉しいです。ご家族でも楽しめる内容だと思うので、引き続きシリーズをご愛顧いただきますようよろしくお願いします。
リーリスが演じた演劇の内容は、魔王に攫われたお姫様を助ける勇者の物語――というオーソドックスな英雄譚だ。
初めの頃は、見たこともない演劇にしようと盛り上がっていたみたいだけど、さすがにそんな脚本を書く能力はなく、また演じる才能も経験もなかったらしい。残酷だけど、こればっかりはしょうがない。
でも、話はオーソドックスでも全体にきちんとまとまっていて、面白かった。かなり生徒や子どもに受けていたしね。
演劇の中でリーリスの役柄はもちろんお姫様――と言いたいところだけど違って、勇者を導く吟遊詩人の役だった。
主要キャラの1人で台詞はあまりない。
でも1つ重要なシーンがある。傷付いた勇者を癒やすために歌を歌うシーンがあった。
「~~♪ ~~♪」
リーリスの美声が会場となった講堂に響く。歌が上手いことは家族の間で周知の事実ではあるけど、この日のリーリスの歌は本当に綺麗だった。
会場の全員がリーリスの声に圧倒され、聞き入る。終わった時には演劇の最中だというのに、拍手さえ鳴ったほどだった。
「すごいなあ、リーリス」
「うむ。リーリスの歌声は天下一品だからな」
「あなたったら……」
「あれで本人はまったく歌に興味がないというのだから、驚きですけどね」
演劇が終わり、観客全員でスタンディングオベーションをして、リーリスを含めた演者たちを賛美する。
無事に演劇を終えて、リーリスもホッと胸を撫で下ろしていた。
講堂から出て、リーリスと合流する。
リーリスはまだ吟遊詩人の姿をしていた。
演劇はあと1回あるから、宣伝のために役柄の恰好のまま今日1日過ごすことになるらしい。
ちなみにだけど、例の国王様の褒賞は投票で決めることになった。ジーマ子ども祭の参加券はそのまま自分が良いと思った催しの投票券にもなっている。参加券は3つに分けることが可能で、1人3つの催しを投票が可能だ。
演劇のように各催しは、創意工夫を凝らして投票権を狙っている。
「リーリス、とっても良かったよ。……って、リーリス? どうしたの?」
リーリスは突然二の腕をさする。
顔も真っ赤だ。もしかして病気?
「舞台にいる時はなんでもなかったんですけど、終わってから急に恥ずかしくなってきて」
「恥ずかしいって……。舞台にいる時は、あんなに堂々としていたのに」
なんかリーリスらしいや。
吟遊詩人の姿をしているけど、中身はやっぱり僕の知っているリーリスらしい。
家族全員でそんなリーリスを労っていると、クラヴィス父上が顎髭をさすった。。
「それにしても1番驚いたのは……」
「もちろんあれですね、あなた」
「ええ……。間違いありません」
クラヴィス父上、ソフィーニ母上、カリム兄様は1つ頷いた後、隣を見つめる。そこには凜々しい鎧姿の勇者が立っていた。銀髪を揺らし、腰には立派な剣を下げている。
「ん? なんじゃその目は……」
僕たちを黄金色の瞳で睨んだのは、ユランだった。
そう。今回の演劇で勇者を演じていたのは、ユランだったのだ。
実は先ほどの演劇で勇者を演じる生徒が昨日から風邪を引いてしまって寝込んでしまった。どうやら役の演習に根を詰めすぎてしまったのが原因らしい。それはそれで残念でならないけど、急遽代役を探すことになった。
すでに出来上がっていた鎧のサイズが合う人間で、多少のアクションもこなせる生徒ということで、絞られた結果、ユランに白刃の矢が立ったというわけだ。
僕やロラン王子でも良かったのだけど、僕たち2人はさすがに忙しい。基本的に力仕事で、当日時間を持て余していたユランは適任だった。
問題があるとすれば台詞だ。
でも、ユランだって何千年と生きるホワイトドラゴンである。その気になれば、台詞ぐらいは覚えられるらしい。アクションも1度通すことで覚えてしまい、ぶっつけ本番で今日に至ったというわけだ。
舞台上でのユランもなかなかだった。
台詞がちょっと舌っ足らずなところはご愛敬だったけど、肝心のアクションは完璧で、洗練された動きは観客を魅了していた。
ユランは美少女だけど、髪を纏めれば美少年になる。その姿に惚ける女性ファンも少なくなかったみたいだ。今もユランが通ると、振り返る女子生徒が後を絶たない。
ビックリするだろうな。
中身は女の子で、しかもドラゴンなんて。
「頼まれたから仕方なく演じてやったが、我はどちらかといえば、敵役のドラゴンの方が良かった。なんで我が我の仇でもある勇者なのだ」
そんなことをすれば、勇者を倒してしまう前代未聞のドラゴンが爆誕してしまうかもしれない。
「おお。クラヴィス殿ではないか」
振り返ると、ターバンに黒眼鏡をかけた男が立っていた。あからさまに怪しい恰好に、僕は思わず構えてしまう。けれど、体格にはどこか見覚えがある。もしかして知り合いだろうか。
「ルーシェル……」
長身の男の物陰からひょこりと顔を出したのは、レーネルだった。
え? レーネルが側にいるってことは、まさか……。
「もしかしてアル――――」
「しー! しー! それ以上言うな。これでもお忍びなのだ」
やっぱりアルヴィン閣下だ。
ようやく匂いでわかった。間違いない。
いや、見違えた。変装するとこんなにも印象が変わるんだな、この人。でも、どっちかというと変装のセンスの問題だろうか。
「これでも王都では有名人でな。顔を晒した途端に、祭りをぶち壊しかねない」
なるほど。
爵位ではクラヴィス父上が上だけど、王都で有名なのはアルヴィンさんの方だ。英雄譚から戯曲に至るまで人気の【剣王】が祭りに参加していたなんて皆が知れば、人だかりができて身動きができなくなるほど、パニックになっただろう。
「それに自分で言うのもなんだが、敵も多いのでな」
そういうとアルヴィン閣下は僕に顔を近づけ、耳打ちした。
「数人参加者に紛れて、きな臭い匂いを放つ者が追った」
「え? 誰ですか?」
「さすがに人が多くてな。俺の鼻でもわからなかった。気を付けよ、ルーシェル」
「ご忠告ありがとうございます」
「手を貸してほしくば遠慮無くいうがいいぞ。少々最近運動不足でな。……さて、レーネル。行くぞ。次は射的だ」
レーネルの手を引き、射的の屋台へと突撃していく。相変わらず自由奔放な人だ。これじゃあ、どっちが子どもなのかわからない。
「閣下はなんと?」
「貴重な忠告をいただきました。でも、大丈夫です、父上、母上。対策はとってありますので」
「お前やロラン王子のことだ。心配はしておらんが、気を付けるのだぞ」
「はい。それより父上、母上、お腹が空いてませんか?」
「おっ! 実はな。その通りなのだ」
「わたくしも……。さっきからとってもいい香りがするんだもん」
ソフィーニ母上は無意識に自分のお腹を撫でる。
「それでは今回の催しのために、僕が開発した料理は如何でしょうか?」
「ルーシェルが開発した料理?」
「はい。名付けて――――」
たこ焼きです!