第218話 家族と合流
客入りは上々だった。
開催は生徒の体力を考えて1日だけ。基本的に子どもしか入ることができないけど、生徒の保護者や子どもを連れた親は参加できるようにした。
本当なら門戸をもっと広げたいと思っていた。子ども祭を広く知ってほしいとロラン王子などは考えていたからだ。けど、これはアルテンさんからの条件でもあった。ジーマ初等学校は貴族の子息・ご令嬢を預かっている。誰でも良いことにすれば、不審者が入ってくる恐れは、アルテンさんは初めから気にしてい。そこで妥協案として、大人は生徒の保護者か、子ども連れの親のみとしたのだ。
この妥協案を、僕たちはネガティブに考えなかった。
ロラン王子は来年ジーマ初等学校に入学しようと考えている貴族たちに積極的に呼びかけ、ナーエルやカルゴさんは下町にある孤児院の子どもたちを招待した。こうした地道な宣伝活動によって、たくさんの人が子ども祭に来てくれたのだ。
正直に言うと、僕は開催する準備に追われていて、お客さんの入りとか全然考えていなかったけど、ロラン王子たちはきちんと考えていてくれたらしい。300年生きているけど、商売っていう部分では、僕は全くの素人だ。
「ルーシェルくーん!」
僕は屋台の建て付けや、火の管理方法のチェックを確認していると、元気な声が聞こえた。と勢いよく僕を抱きしめたのは、ミルディさんだ。黄狐族の彼女は尻尾を振りながら、僕の頭を撫でる。
「会いたかったよぉ」
「会いたかったって……。朝も挨拶したじゃないですか。あと離して下さい。みんなが見てますよ」
「だって、最近ルーシェルくん、お祭りの準備が忙しくてなかなか構ってくれないんだもん。だからルーシェルくんを補給してるの。おおおおお! パワーが漲ってくる」
ああ。もう! めっちゃ見られてる。
すっごい恥ずかしいんだけど。
それにこんなことをしていると、あの人が……。
「ミルディ、何をやっているの?」
ゴゴゴゴゴッという謎の擬音を背負って、やはりリチルさんが現れる。眼鏡をピカーンと光らせ、僕とミルディさん(主にミルディさんの方)を睨んだ。
「うにゃにゃ! リチル、落ち着いて! これには深い事情が……」
「いや、さっきルーシェルくんを補給とか言ってたじゃないですか。それのどこが深い事情なんですか!」
「るるるる、ルーシェルくん! そういうのは言わないのが、大人の約束」
ミルディさんと口論になると、リチルさんは眼鏡をつり上げ、再びピカーンとレンズを光らせた。ついでに謎のオーラとともに、リチルさんの黒髪が浮き上がっていく。
「ルーシェルくんを補給?」
「ちちち、違う! リチル! 決してルーシェルくんが構ってくれなくて寂しかったなあ、とか」
「ミルディ!」
「は、はい!!」
「あなただけズルい! わたしもルーシェルくんを補給したい!!」
へっ……。
リチルさんは僕を抱きしめると、さらにミルディさんのように僕をなで回し始めた。
「はあ……。癒されていくわ~」
「わかる~。これもルーシェルくんが食べていた魔獣食のおかげかも」
そんなわけないでしょ!
なんでこの2人が、しかも完全武装でいるのか。それはレティヴィア騎士団がジーマ子ども祭の警護を行っているからだ。
しばらく僕は2人の玩具にされていると、救世主は遅れてやってきた。
「お前たち、何をやっているんだ」
僕を救出してくれたのは、【紅焔の騎士】ことフレッティさんだ。
「だって、ルーシェルくん最近遊んでくれなくて」
「わたしたちあまり出番ないし」
2人は涙ながらに語る。
「泣くことか。ルーシェルくんが困ってるだろ。離して差し上げろ。もうすぐご当主様も到着するしな」
「クラヴィス父上が?」
「ああ。ほら」
フレッティさんが指差す向こうに長身のエルフの夫婦と、若いエルフがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「クラヴィス父上、ソフィーニ母上、それにカリム兄様も……」
「頑張っておるようだな、ルーシェル」
「来たわよ、ルーシェル」
父上と母上は軽く手を振る。
もうその頃には、「ルーシェル」の補給が済んだらしく、ミルディさんもリチルさんも何食わぬ顔で立っていた。
「ルーシェル、お疲れ。しかし、本当に子どもだけで運営しているんだね」
カリム兄様はジーマ子ども祭に、早速興味津々らしい。クラヴィス父上やソフィーニ母上も同じのようだ。
「料理を作るのも、屋台を営むのも全部子どもか。これは面白い」
「でも、ルーシェル。子どもたちは安全なの?」
「母上のご心配はもちろんあります。ただ火の取り扱いや、対処法についてはみんなこの半年でみっちり学びました。建物の素材も火に強いものを選んでいます」
近くにあった屋台の柱を、僕は叩く。
すると、普通の木とは違う鈍い音が聞こえた。
学者肌のクラヴィス父上とカリム兄様は、屋台の柱をジッと見る。
「見たことのない木材だな」
「ルーシェル、もしかしてこの木材って……」
「あははは……。バレてしまいましたか。実はウィスパーガードという木の魔獣を建材して使ってるんです」
「「「ウィスパーガード!!」」」
父上も母上も、そしてカリム兄様も名前を聞いて、素っ頓狂な声を上げた。
「森の番人という高位の植物系の魔獣ではないか」
父上が白目になるぐらい驚けば、横でカリム兄様が頭を振った。
「Aランクの魔獣を建材に、しかも子どもの祭りに使うなんて……」
「ふふふ……。さすがルーシェルね」
ソフィーニ母上は驚いている2人を見ながらなんだか嬉しそうに笑った。
「ウィスパーガードは硬く丈夫で、火に耐性があるから建材にちょうど良くて。大丈夫ですよ。蘇ったりしませんから」
ウィスパーガードを使っているのは、火を扱っている屋台とその周辺だけに留めている。
農園を作る時に、大量の建材ができたからね。一部は売って、子ども祭の運営資金に当てたけど、こっちで使わないなんて勿体ない。
「さて、我々もお祭りを楽しませてもらおうかな」
「あなた、そろそろ行かないとまずいのでは?」
ソフィーニ母上が急かす。
僕は時間を確認すると、あることに気づいた。
「ああ。リーリスが出演している演劇がもうすぐ始まる時間ですね」
実はリーリスは演劇に出ることになっていた。リーリスが望んだというわけではなく、逆オファーされたのだ。役柄がリーリスにピッタリなのだという。
委員会の仕事もあるから、だいぶ迷っていたけど、やりたそうだったので、最終的に僕が背中を押すことにした。リーリスにとっていい経験になると思ったし、何よりリーリスは綺麗だしね。演劇映えするだろう。
「ルーシェルも行くだろ」
「はい。お供します」
どんな演劇かはリーリスから聞かされていない。
それでも役者リーリスの晴れ舞台。
とっても楽しみだ!