第216話 鍛冶屋見学
ジーマ子ども祭が近づく中、僕は相変わらず慌ただしい日々を送っていた。
ロラン王子やリーリスはお祭りの配置や警備など全体を担当している一方、僕はお祭りで出す料理や、屋台の建築の指導などを行っている。これにプラスして農園の管理などもしているから、大忙しだ。
クラヴィス父上やソフィーニ母上は忙しそうにしている息子を見て、倒れないか心配しているけど、僕は元気だ。山で過ごしたことによって培われた体力もあるけど、とにかく祭りの準備が楽しかった。
自分の知識を人に伝える楽しさはもちろん、時々突飛な意見をしてくる生徒たちを見ているのも面白かった。ちょっと大げさにいうと「人間と接している」という気分になってくる。多分これは魔獣だらけの山で過ごした僕なりの感覚なのだろう。魔獣は喋らないし、考えて行動することはほとんどないからね。
それに新しい知識を得る良い機会にもなっていた。
本日は王都にある鍛冶屋に、数名の上級生とともに訪れている。ジーマ子ども祭で販売する鍋や食器を作るためだ。
「おう。お前ら、よくきたな!」
ここの店主はナーエルのお父さんの知り合いで、腕利きの鍛冶師だ。何でも一時王家にも製品を卸していたこともあるらしい。大きな声と豪快な挨拶に、初めは生徒たちは戸惑っていた。貴族社会ではあまり見かけないからだろう。
ちょっと言葉は荒っぽいけど、基本優しく、面倒見のいい店主だったので、生徒たちはすぐに懐いてしまった。
おかげで鍛冶仕事もめきめき上達していっている。貴族の子息ばかりだけど、元々興味があったらしい。本当は剣を作りたかったけど、さすがにゾーラ夫人に止められた。包丁もしかりだ。何か不測の事態が生じた時、最終的に責任を追及されるのは鍛冶屋になってしまう。それで店主が職を失うようなことになれば、もう子ども祭をやろうという気にはならなくなるだろう。
でも鍛冶屋で働く危険性は、作るものだけじゃない。高温の炉の近くで作業するからいつも危険とは隣合わせだ。そこで僕は火の精霊サラマンダーを呼んで、参加している生徒に一時的に「火の加護」を与えた。火や熱の耐性がついたことで、一先ず火傷する心配はなくなった。たまに指にハンマーをぶつけて悶絶する生徒もいるけど、それぐらいはご愛敬の範囲だ。
カーン……。カーン……。カーン……。
小気味良い音が鍛冶屋に響いている。
最初は恐る恐る作業していたから、ハンマーを叩く音もどこか鈍い感じがした。でも半年も経てば、人は成長する。子どもならなおさらだ。
「できた!」
1人の生徒ができあがった鉄鍋を掲げる。かなり大きな鍋だ。薄くて軽い。さすがに既製品と比べるとまだ洗練されていないけど、十分売り物になるレベルだった。
「うまいなあ。大人でもここまで立派な鉄鍋は打てないぞ。よくやったな、坊主」
店主は生徒の頭を撫でる。炭のついた手で撫でられることに最初は忌避感があった生徒も、すっかり煤まみれになってい。もう職人の顔だ。
「どうだ。大きくなったら、うちで働かないか? お前ならいい鍛冶屋になれるぜ」
「嬉しいけど……。ぼくは家を継ぐことになるから」
「そうか。残念だ」
店主は心底残念そうに項垂れる。
ここに生徒のほとんどは貴族の長男だ。たいていの家は長男が家長になることが決まっている。トリスタン家もそうだった。だからヤールム父様は僕を必死に育てていた。トリスタン家を継ぐのにふさわしい次期当主にするためだ。
これはあくまで妄想だけど、ここにいる子息たちは、本当は家長になるのではなく、自分がやりたいことやりたいと思っているのかもしれない。
項垂れている店主を見て、生徒は手を取りこう言った。
「来年も来るよ。子ども祭で作った鍋を売りたいからさ。な?」
生徒は振り返ると、他の生徒も笑顔で頷いた。僕も頷く。まだ来年やれるかどうかわからない。いや、やらなければならないと思う。こうやって子どもたちの笑顔を待ち望んでいる人たちのためにも。
店主は生徒たちパクリと食うように抱きつく。そしていつも通り豪快な声を上げて、泣き始めた。
「うぉーん! ありがとな! 絶対来てくれ! 待ってるぞ!! うぉーん」
こんな幸せな光景を見られただけでも、今回の子ども祭を実行できたのは良かったかもしれない。
鍛冶屋での作業も今日で終わりだ。
僕たちは店主に別れを告げる。
馬車の荷台には、たくさんの食器や鍋が並んでいた。
「面白かったな」
「俺なんて皿を200枚作ったぞ」
「おれは210枚」
生徒たちは学校へ戻る馬車の中で充実感を露わにしていた。
学校に戻ると、子ども祭実行委員の部屋に戻る。ロランとナーエル、カルゴさんが必要な備品、食材に加え、それらにかかった経費の計算に追われている。僕が帰ってきたのに、こっちを見ようともしない。
生徒の引率も大変だけど、部屋に篭もってひたすら事務をするのも大変そうだ。
「みんな、たまには空気を入れ換えたら」
僕は部屋の窓を開ける。
その前にロラン王子が反応した。
「ちょ! 待っ――――」
窓を開けた途端、風が入り込む。
すると、机に置いていた書類が風に流されてしまった。
まるで紙吹雪のように舞うと、虚しく床に落ちる。
「しまった……」
「ルーシェルぅぅぅぅううう!」
「ルーシェルさん!」
「ルーシェルくん!」
振り返ると、ロラン王子、ナーエル、カルゴさんが獰猛な野犬のように僕を睨み付けていた。
「ご、ごめんなさい。すぐに戻します」
「すぐに戻すって……」
【巻時】
魔法を唱えた瞬間、その場にいたあらゆるものが5秒までの状態に巻き戻ってく。慌ててこぼしてしまったロラン王子の紅茶も、割れたカップとともに元に戻ってしまった。
「時の魔法か。こんなものまで使えるのか、お前は。相変わらずだな」
「すみません。いいよ、別に。それよりルーシェル、リーリスにはあったか?」
「授業が終わった後から、まだ……」
「そうか。鍛冶屋への引率が終わったなら、顔を出してやれ」
「実はこの後、農園に行こうと思って」
「忙しい奴だな」
「王子も人のこと言えないじゃないですか」
「まったくだ。じゃあ、レティヴィア家に戻ったら顔を合わせてやれ。何か相談したがっていたぞ」
「リーリスが? わかりました」
何だろ?
◆◇◆◇◆
農園を一回りした後、僕はレティヴィア家に戻っていた。居間を見ると、ユランがソファで眠りこけている。側には食べかけの苺ショートが置かれていた。どうやら完食せずに寝てしまったらしい。食いしん坊なユランにしては珍しいことだった。
「普段なら寝ながら食べているのに」
ユランも僕と同じく色々動いてくれている。冒険者に引率して、魔獣の素材を集め、それを加工して、子ども祭に出品するためだ。未晶化が苦手なユランだけど、忙しい僕と代わってくれたんだ。
「お疲れ、ユラン」
収納の中から布団を取り出し、かけてあげる。
さて肝心のリーリスだけど、部屋にはいなかった。
「となると……。あそこかな」
秘密の植物園へ行ってみると、リーリスを見つけた。こっちもユランと同じだ。机に突っ伏して、寝ている。リーリスも疲れているらしく、起きる気配がない。
「相談は明日かな」
僕は部屋までリーリスを担いでいく。
ベッドに寝かせるも、結局リーリスは起きなかった。
「おやすみ、リーリス。子ども祭、絶対に成功させようね」
「ルーシェル……」
「え?」
「こう……や…………さい……」
なんだ、寝言か。
起こしてしまったのかと思ったよ。
後夜祭についての相談だったのかな。
まあ、明日聞くことにしよう。
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本日『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、 なぜか勇者と聖女の師匠になる』の更新日です。ニコニコ漫画で読むことができます。魔王ちゃんがめちゃくちゃ可愛いから絶対見てくれ!
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『アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』
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どっちもおっさん主人公の作品ですが、
毛色がまったく違う話となっております。
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