第215話 リーリスの企画
こうして子どもだけのお祭りは秋開催に向けて準備が進んでいった。
もちろん学校の授業は間にあったし、その中で僕は色々なことを学んだ。ナーエルの幼馴染みであるカルゴはちょっと変わった上級生だけど、少しずつ距離を縮めていき仲良くなった。
夏季休暇の間は、レティヴィア領に戻って過ごした。緑が多い公爵領は王都よりも涼しく、過ごしやすい。僕たちが王都から離れている間の農園の管理は、ロラン王子とその家臣の方々にお願いした。恐れ多いことはわかっているのだけど、管理で頼れる人が他にいない。子どもだけのお祭りという原則から外れるけど、ゾーラ夫人曰く、学校ではできない体験をするのも夏季休暇の大事な過ごし方ですよ、と認めてくれた。
そもそも「子どもだけ」という原則もすでに崩壊しつつある。土地の提供だけじゃなくて、すでに色んな方面にゾーラ夫人、アプラスさんには動いてもらっている。クラヴィス父上にも動いてもらっている。
300年生きていて、料理も家を作ることも、音楽を奏でることだってこなすことができるけど、それでも僕にはまだまだできないことが山ほどあることに気づかせてくれた。それは僕だけじゃなくて、生徒たちも感じてくれてるみたいだ。
おかげで僕は、前に過ごした山に里帰りすることができた。そこで懐かしい人物との再会することができたし、いい思い出も作ることができた。
それはまた今度を話すことにしよう。
そして季節は巡り、学校祭が行われる秋が巡ってきたんだ。
◆◇◆◇◆
「できた!」
僕は汗を拭った。
指先は炭だらけになっていて、額にも大きく「一」の文字が刻まれてしまう。
周りがクスクスと笑ったことに、僕は何のことか気づけなかった。
出来上がったのは、正門に飾る文字だ。
「ジーマ子ども祭」。
この名前も生徒から募った。
いくつかの候補の中から投票で決まったものだ。
今日は決まった祭りの名前を、僕は炭を使ってデカデカと文字で書いていた。
学校祭の日が近づいてきている。
最初講堂で発表した時は難しいんじゃないかと思っていたけど、こうして正門に飾る文字の完成をみると、少々感慨深く胸が熱い。
始まった時は夏服を着てた生徒もいた。
でも今はもう冬服が当たり前なのも、季節の移ろいを感じてしまう。
「いよいよだな、ルーシェル」
同じく文字を見ていたロラン王子が僕の肩を叩く。さすがのロラン王子もここまで来るのは並大抵のことじゃなかったらしい。いつも溌剌としているのに、どこか疲れておいでだ。
それは僕も、リーリスやナーエル、ユラン、レーネル、カルゴさんも一緒だ。
「もうひと踏ん張りですね、王子」
「うむ。だが、今日はさすがに疲れた。ここで解散にしよう」
気づけば、もうすぐ夕方だ。
王宮には門限があって、陽が沈む前には帰らなければならない。
例え王族であろうとだ。
三々五々と学校祭委員会にあてがわれた部屋から生徒が出ていく。
「ルーシェル、相談があるんですが」
声をかけてきたのはリーリスだった。
胸に抱きかかえているのは何かの企画書何かかな?
そういえば、リーリスが考えた企画があったけど、進んでいたっけ?
「どうしたの?」
「それが……」
リーリスが話しかけた直後だった。
生徒の1人が部屋の中に入ってくる。
農園を管理している生徒の1人だ。
「ルーシェル先生、いますか?」
「何かな?」
事情を聞いてみると、子ども祭で使われる一部の作物の様子がおかしいらしい。
すぐに確認してほしいとのことだった。
「あ。でも、リーリスの相談の方が」
「いえ。わたしは大丈夫です。緊急じゃないので、そっちを優先してください」
「……わかった。先に帰ってて。家で聞くよ」
僕はそこでリーリスと別れた。
◆◇◆◇◆ 女の子たち ◆◇◆◇◆
「うーん。どうしよう……。ルーシェル、忙しそうだし、お祭りはもうすぐだし」
リーリスはまだ屋敷には帰らず、中庭の噴水前で肩を落としていた。すでに学校の外は暗くなっているが、中庭には魔法灯があって手にした企画書が見えるほどには明るい。
リーリスが手にした企画書には「後夜祭」と書かれていた。子ども祭を立ち上げるため、子どもの慰労をかねてリーリスが企画したのだが、ある問題に直面し、リーリスは途方に暮れていた。
「なんだ、リーリスではないか?」
突如、ユランがわっと顔を出す。
いきなりの登場に、リーリスは危なく腰掛けていた噴水の縁から飛び込むところだった。
「びっくりした」
「驚いたのは、こっちも一緒だ。なんでこんなところで1人でおる。学校の中とはいえ、夜は何かと物騒だぞ」
「あ、ありがとう、ユラン」
心配してくれるユランに感謝する。
普段は怒りっぽくて、どこかぶっきらぼうだが、こういう時ちゃんと心配してくれるユランのことが、リーリスは好きだった。
「それが……」
「なんだ。悩みごとでもあるのか? ほれ。言ってみせよ。我が即時に解決してやろうぞ」
「え? ほ、ホント?」
「我を見くびるな。これでも聖竜ホワイトドラゴンだぞ」
ユランは胸を張る。その堂々とした態度にさほど頼もしさを感じることはなかったが、少し心のつっかえが降りたような気がした。
「実は、後夜祭を企画したのだけど、参加者が全然集まらなくて」
「そう言えば、ロランに話していたな。具体的に後夜祭とは何なのだ?」
「子どもだけの社交界みたいなものよ。みんなでダンスを踊ったり、料理や果実酒を出して、頑張った生徒を労うつもり」
「ほう。料理も出るのか。……なのに、何故参加者が集まらんのだ?」
「それがお祭りが終わった後、家族と過ごすっていう生徒が多くて」
「なるほどのぉ。子どもすぐにでも労ってやりたいのは、親心だろう」
「うん。だから強制もできなくて。でも――――」
「リーリスは後夜祭をやりたいのだな」
「え? う、うん」
リーリスは素直に頷く。
「ならば、はっきりそう言えばいいであろう。お前はルララ草を咲かせたのだ。本来なら大願を持って行動できる女子なのに、どうしてそう消極的なのだ」
「で、でも……。あれはお母様に治ってほしいっていう一心で」
「性質は違えど、人の奥底にある願いの強さは変わるものではない。それはとても小さく、やがて様々な人間の願いが重なって、現実に現れるのだ。しかし重要なのは最初の願いだ。母親に治ってほしいという一心で、リーリスがルララ草を咲かせたように」
「つまり、みんなの願いを集めるルララ草のようなもの必要ってこと?」
「人が集めるとは、その願い――心を動かすことだ。かつて我が『願いを叶える竜』と呼ばれて、多くの人間と相対できたようなな」
「つまり、みんなが後夜祭に出たいと思わせるようなことを考えるのね」
リーリスがハッと気が付くと、ユランは深く頷いた。
しばし黙考していたリーリスは立ち上がる。
「そうだ。わたしの願いをそのままみんなの願いにすればいいんだわ」
「何か思い付いたのだな」
「うん。ありがとう! うまくいきそう!!」
リーリスの表情は王都を彩る満天の星空のように輝いていた。
翌日……。
リーリスはナーエルとレーネルなどの女子生徒を使って、ある噂を流してほしいと持ちかけた。
噂は瞬く間に広まり、その日の放課後には全校生徒に広まった。
むろん、ルーシェルにもだ。
「ねぇ、リーリス。後夜祭でその……好きな人をダンスに誘うと、必ず結ばれるっていう噂を聞いたのだけど、本当なの?」
「さて、それはどうでしょうか? 後夜祭をやってみないとわかりませんね」
リーリスは笑顔で応じる。
結局ジーマ初等学校のおよそ8割の生徒が、後夜祭に参加することになったという。
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本日『劣等職の最強賢者』の単話版がニコニコ漫画で公開されました。
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