第214話 懐かしき旋律
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1ヵ月後……。
木々が伸び伸びと繁茂していた森は、畝や水が流れる立派な農地になっていた。
土は思わず食べてしまいたいほどホクホクで、土の精霊に溢れている。
ミミズなどの生物もデッカくて、元気だ。
勿論、1ヵ月でここまで土壌改善するのは普通のやり方では難しい。僕が先のスライムや、他にも魔獣の一部なんかを使ったりしたせいもあるのだけど、地道な作業をコツコツと行い続けた生徒たちのおかげだった。
最初脱落する生徒もいるかなと思ったし、その事を両親に話して妨害してくる家もあるんじゃないかと予想もしていた。ただ意外と言ったら失礼だけど、特にこの1ヵ月誰も欠けることなく、作業を進めることができた。クレームもゼロだ。こう言いたくはないけど、ロラン王子がぶら下げた人参があまりに大きかったのだと思う。
ただきっかけはそうでも次第に自分たちの手で森が様変わりしていく様子を見て、今己が何をなしているのか、誇りに思う生徒も出てきたみたいだ。中には自ら考え、率先して次の作業を始める子どももいる。意外とここから将来の大地主が現れるかもしれない。
その生徒たちは畝作りを終えて、ヘトヘトだ。
今日はもう帰ってもらう予定をしている。あまり疲れを残すと本来の授業で居眠りしてしまうかもしれないからね。
「大丈夫?」
「まさか農地を作るのが、こんなに大変なんて知りませんでした」
「よく頑張ったね。……でも、みんなの口に入るものはすべて大変で地道な作業の中で作られたものなんだよ」
ちょっと説教臭い言い方になってしまったけど、僕の言葉なんかより身体に染みこんだ疲れがその大変さを物語ってくれていることだろう。
「もう疲れて動けない」
「わたしも~」
「おれ、お腹空いてきた」
みんな疲れて動けないらしい。
今日はみんなだいぶ頑張ったからね。
そういう時のために、用意しておいたものがある。
「じゃ~ん。そんなみんなのためにおにぎりを作ってきたよ」
僕はさっきこっそり焚いていた銀米をみんなの前で披露する。
カッチリとかためられた白いお米を見て、生徒たちは目を輝かせた。
早速、がっつくと大口を開けて食べ始める。
「うめぇ~」
「おいしい」
「おれ、普段パンだけど米ってこんなにおいしいんだな」
「塩加減もちょうどいいし」
汗をいっぱい掻いたからね。
ちょっとだけ岩塩を多めに振っておいた。
農作業の後はやっぱりおにぎりだよね。普段、今の時間ならティータイムでケーキやクッキーなんかを食べてるかもしれないけど、労働の後に甘ったるいものって、なんか受け付けない。かといってお肉を食べるといっても、疲れてかみ切れなかったりする。
その点、銀米は軟らかくてモチモチしてるから食べやすい。程よい塩みが身体に浸透していくような心地よさがなんかいいよね。
「畑仕事の後のご飯ってとってもおいしいでしょ。これも醍醐味なんだよ」
おにぎりを食べる生徒の笑顔を見ながら、僕は教師としての喜びを噛みしめていた。
◆◇◆◇◆ 一方 ◆◇◆◇◆
農園が完成する中、リーリスやナーエル、ロラン王子もそれぞれの分野で力を発揮していた。
リーリスは他の薬師カリキュラムを終えた上級生と一緒に、花屋をやりたいという生徒たちと一緒に、苗の育て方や剪定の仕方などを教えている。
「リーリス、順調そうだね」
「ルーシェル! ええ。上級生たちも手伝ってくれて。わたくしが言うことがないくらいで」
「そうでもないよ」
僕との会話を聞いていた上級生がこちらにやってくる。
「リーリスさんは本当によく勉強している。初等学校では学べないようことも知っていて、むしろこちらが学ぶことが多いよ」
どうやら上級生からも、リーリスは一目置かれているようだ。本人は照れて、僕の影に隠れて黙っちゃったけどね。
リーリスはソフィーニ母上の体調が戻った後も、薬学に関しての知識を収集しつづけている。学校がお休みの日には王都にある図書館に行って、難しい本を読んで勉強していたりする。カリム兄さんの話では、リーリスはこのまま薬学の知識を使った職に就くんじゃないかと言っていた。
「リーリスさん、わたしの苗がおかしいんです」
「あたしも……」
「虫に葉っぱを食べられちゃって」
次々リーリスを頼りにして生徒たちが群がってくる。リーリスは1つ1つ丁寧に解決策を教えていた。これは僕と同じくリーリスが教鞭を振るう日も近いかもしれないね。
◆◇◆◇◆ ロラン王子 ◆◇◆◇◆
ジーマ初等学校にある音楽室の前を通りかかると、緩やかな音色が聞こえてきた。なんの曲かはわからないけど、どこか春のうららかな昼のような、午睡を誘う美しい音色だ。
部屋を覗き見ると、ロラン王子がバイオリンを弾いている。
「すごい……」
「当然です。ロラン王子の腕はすでにプロレベルですからね」
僕が感心していると、いきなり横にクライスさんが現れた。本当に油断のならない人だ。側近とはいえ、学校の中では部外者だけど、ロラン王子が王子だけに、同行を特別に許されていた。
「クライスさん、いたんですか」
「ええ……。ずっと」
「…………」
「なんです?」
「いや、なんでもありません」
一瞬、背筋が寒くなったけど気のせいかな。
そもそもこの人、なんか苦手なんだよなあ。
しばしクライスさんと睨み合っていると、ロラン王子が廊下に立っていた僕を見つけた。
「よぉ、ルーシェル。農園の方はどうだ?」
「おかげさまで順調です。ロラン王子もさすがですね」
「まあ、手習い程度にはな」
いや、プロレベルで手習いってどういうことだよ。
音楽室には他の生徒もいて、先ほどまでロラン王子のヴァイオリンに聞き入っていた。みんなの手元にはヴァイオリンを始めとした管弦楽器が握られている。心なしか女性陣が多いのは、気のせいではないだろう。
「楽団の方がどうですか?」
「聞いてみるか、ルーシェル。すごい」
え? すごい。
この楽団の中には、学校の課外活動で音楽をやっている生徒も含まれる。そこからさらに希望者を募り、集まったのが今のメンバーだと聞いている。始まって1ヵ月。すでに仕上がってきているとは驚きだ。ロラン王子はヴァイオリンを下ろし、代わりに手を上げる。どうやら王子自ら指揮をするらしい。
そして手を振り下げた。
「ワン、ツー…………」
ギギギギギィ……ビミョミョミョミョ…………ボボボボボ……ドンダンドンダダダ……。
な、なんだ? この不快な音は?
これが音楽? 何か曲なのか? それにしてもあまりに前衛的過ぎないかな。
ていうか、みんな……。まったくロラン王子の指揮を見ていないような気がするんだけど。
やがて曲が止まる。
「どうだ? ルーシェル」
「頭がクラクラします」
まさか元から音楽活動をしていた生徒も含まれているのに……。
「大丈夫。秋には間に合わせるから」
「そうしてください。じゃないと、ロラン王子と僕だけの独演会になりそうな気がするので」
「ん? ルーシェルも弾けるのか?」
「……ロラン王子、ヴァイオリンを貸してください」
僕は王子から楽器を借りる。
弦の張りを確認してから、ゆっくりと確かめるように引き始めた。
緩やかな曲が流れてくると、ロラン王子と生徒の目の色が変わる。
(ヴァイオリンを弾くのは、300年ぶりだな。あまり得意ってわけじゃないけど)
レティヴィア家にもヴァイオリンはあったけど、僕はあえて弾かなかった。誰かの楽器を勝手に弾くのはマナー違反というのもあるけど、理由は他にもある。
リーナ母様のことを思い出してしまうからだ。ヤールム父様は料理と同じく、僕のヴァイオリンを1度も聞いたことがなかったけど、母様は僕のヴァイオリンが好きで練習の時はいつも付き添ってくれた。
母様のあの笑顔は300年経っても忘れられない。
そしてもう会えないと思うと、少し泣けてきてしまう。
ふと演奏を止める。
僕は泣いていないけど、何故か生徒が泣いていた。
「すごい。良かった」
「感動した」
「でも、涙が止まらないよぉ」
ええっ! ど、どうしてみんなが泣くの?
昔爺やが言っていったけ?
音楽は自分の心を映す鏡だって。
もしかしたら、僕の悲しみが旋律の調べに出たかもしれない。
「ルーシェル!」
そんな時、ロラン王子は僕の肩をがっしりと掴んだ。
何か慰めの言葉でもいただけるのかなと思ったけど違う。
「余と世界を目指すぞ」
いや、なんでそうなるの?