第213話 土壌を改良しよう
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
おかげさまで無事発売日を迎えることとなりました。
シリーズを支えていただいている読者の皆様に、改めてお礼を申し上げます。
引き続き息の長いお話にしたいので、第4巻もご賞味いただければ幸いです。
森の木を雑草みたいに刈っていたユランとレーネルは小休止していた。
2人とも額に汗を浮かべ、息を整えている。
顔に疲れを見せず、まるで互いを威嚇するように睨んでいた。
「やるではないか、獣娘」
「それはどうも。あと、その呼び方やめてくれる。ボクにはレーネルっていう名前がちゃんとあるんだけど」
「ならばレーネルよ。あえて言わせてもらうぞ。勝ったのは我だ」
「違う、ボクだ」
「いいや、我だ!」
「ボクだ!」
一触即発の空気になり、徐々に互いの顔が近づいていく。
いよいよキスするんじゃないかという時、ユランが言った。
「そこまで言うなら、競争だ」
「望むところだ!」
ユランが拳をかざせば、レーネルは剣を掲げる。
互いにニヤッと笑ったところで、第2ラウンドが始まった。
「ストップ! 2人ともそこまでだよ」
振り上げた拳を掴んだのは、僕だ。
「十分だよ。見えるだろ、ユラン。森の精霊が怒ってるのを。……レーネルも熱くなりすぎ」
振り返れば、かなりの数の森の木が伐採されていた。一時農園にするだけなら、過剰な広さかもしれない。おかげであっちこっちから森の精霊のクレームが聞こえてくる。レーネルには聞こえないかもしれないけど、聖竜であるユランには、怒りの声が聞こえているはずだ。
「ふん。精霊を怒らせたところで怖くともなんともないわい」
「ルーシェル、ご、ごめんなさい」
やっとそれぞれの得物を下ろす。
それでも森の精霊はお冠だ。
「2人とも農地で作物ができたら、精霊にお供えをすること。学校に在籍している間はずっとね」
「ええっ! 何故我がそんなことをしなければならないのだ!?」
「精霊にドラゴンでも効く腹痛の薬をもられたくなかったら、僕の言うことを聞いた方がいいと思うよ」
「ええ? 精霊ってそんなことをするの?」
あまり精霊に詳しくないレーネルは思わず声を上げた。
「するし。できるよ。彼らは森の支配者だからね。ここでできた作物に一服盛るぐらい朝飯前さ」
「ひえ~」
レーネルは顔を青くする。ユランは何も言わない。仏頂面のまま僕から顔を背ける。でも、僕の言っていることは聞こえているし、理解もできているだろう。
「精霊さん、ごめんなさい。作物ができたら必ずお供えするので、どうかお腹痛にするのはやめてください」
レーネルは素直に謝罪した。
すると、残っていた木々がざわめく。
森の精霊が反応したのだ。
「許してくれたかな」
「簡単ではないかな。でも、ひとまず機嫌は直してくれたみたい」
「良かった」
レーネルはホッと胸を撫で下ろした。
「ただ土壌の改良はこっちでやらないとね。本来精霊にお願いするものだけど」
「土壌の改良?」
レーネルは頭の上の耳を垂らして、小首を傾げた。
ちょうどいいので生徒を集めて、土壌の改良について説明する。
「突然だけど、レーネルの好きな料理は何?」
「うーんと……。やっぱりお肉かな。猪肉も好きだけど、牛が1番好き」
ちょっと頬を赤らめながら、レーネルは答えてくれた。
獣人のレーネルらしい答えだ。
ユランは……と聞こうと思ったけど、やめた。答えはわかりきってるからね。
「実は植物にも好き嫌いがあるんだ。もちろん植物はご飯を食べない。食べる植物もいるけど、この場合は好きな土壌ってことだね」
僕は植物の基本的な構造についてレクチャーした後、もう1度土の話に戻した。
「土の中にはたくさんの養分があるけど、植物はそのすべてを吸い取るわけじゃない。さっきも言ったけど、植物にも好みがあるんだ。みんなも好きな料理があれば、そっちばかりを食べたくなるだろ? つまり――――」
「それだけ成長が早くなるってこと?」
「レーネル、正解!」
僕が言うと、小さな拍手が巻き起こる。
その音を聞きながら、僕は足元の土を掬ってみせた。
「土は今、この森の植物が好むものでいっぱいだ。レーネルは牛肉が好きだっていったけど、脂を受け付けなくて苦手な人だっている。だから今ここで作物を育てても、あまりおいしくならないんだ。作るなら、おいしいものを食べたいよね」
『食べたい!』
生徒たちは声を上げる。
「理論はわかったが……。ルーシェルよ、具体的にはどうやるのだ。まさか植物にお前の得意な料理を食わせるわけではあるまい」
「似て非なるってところかな?」
「?」
僕は先ほどのスライムを皆の前で披露した。同時に悲鳴と驚きの声が上がる。僕の授業では魔獣が出てくることはお馴染みだ。慣れてる生徒は早速近づいて観察している。いきなり触りにいかないのは、僕の授業をよく聞いてくれているからだろう。無害のように見えて、危険な魔獣はいくらでもいるからね。
「す、スライムだ!」
僕の授業を受けたことがない上級生たちは10歩ぐらいソソソソッと後ろに下がり、様子を窺っていた。
「大丈夫。この子たちは僕の【支配】を受けているから襲ったりしないよ」
「し、支配?」
「でも、みだりに触るのはやめてね。特にアシッドスライムとソーダスライムは体質によっては肌が荒れたりするから」
忠告すると、我慢できず手を伸ばそうとしていた生徒が急に手を引っ込めた。
後退した上級生に魔獣の面白さを伝えて上げたいところだけど、今は割愛する。それは授業の中で話せばいいからね。
「ルーシェル先生、他のスライムは見たことないんですけど」
「赤いのは吸血スライム。名前の通り、血を好む性質があるスライムだね。さらにもう1つはアイアンスライム。これも名前の通り鉄を好むスライムだよ」
僕はそれらのスライムを農地に放つ。それぞれ所定の位置につくと、土の中にもぞもぞ動き始めた。まるでダンスでも踊っているような奇妙な行動に、生徒たちは目を丸くしている。
「先生、これは?」
「アシッドスライムやソーダスライムには、土壌の酸度の度合いを、吸血スライムとアイアンスライムには、リンや鉄分の量を調整してもらってるんだよ」
「えっと……」
「簡単にいうと、作物が好きな土壌に作り替えてもらってるんだ」
「魔獣ってそんなこともできるの? すごーい!」
生徒たちは目を丸くする。
先ほど驚いていた上級生たちも、土の中でモコモコと動き続けるスライムに興味津々といった感じだ。
「さあ、土壌の改良はスライムに任せて、みんなは木の加工を続けよう。ユランとレーネルは切り株の除去をお願いね」
「なんで、こやつと!」
「それはこっちの台詞だよ」
再びユランとレーネルは火花を散らす。
「ふ~~た~~り~~と~~も~~」
僕は2人を睨み付けると、ようやく大人しくなり、作業に入っていった。
ホワイトドラゴンと、獣人のレーネルに任せておけば大丈夫だろう。