第211話 褒賞
◆◇◆◇◆ ミルデガード国王 ◆◇◆◇◆
ミルデガード国王は多忙な日々を送っていた。送られてくる貴族の嘆願書、それに付随する家臣からの資料、さらに実行に移した場合の確認書類に目を通し、判を押していく。気が付けば、夜中なんてことはざらだ。我ながら良く身体を壊さないな、と感心することもある。国王は贅沢な暮らしをしていると民は言うが、現実とはこんなものだ。君主こそが民の奴隷なのである。
最後の書類に判を押し、ミルデガード国王は背もたれに深く寄りかかった。外を見るとやはり夜だ。執務室から確認できる炊事場の明かりが消えているところを、もう真夜中らしい。
目を1度揉んだ後、誰かを呼んで机の上を片付けさせようとした。すると、机の端に引っかかった手紙に目が留まる。妙に気になり、手を伸ばしてみると、良い香りがした。花の香りではない。恐らくハーブの類いだろう。おかげで無自覚に張った力が抜けていくようだった。おそらく国王が多忙であると知っている者の犯行であることは明らかだった。
こんな小洒落たことをするのはどこの貴人かと思い、差出人を確認してみると、ロランからだった。
意外かといえば、そうではない。
生まれこそ遅く、未だに6歳であれど、ロランは賢く、また粘り強い。少々寛容さに欠けるが、歳を重ねれば改善されていくはずだ。
ただ玉座を戴くには、様々な障害をくぐり抜けなければならない。時々ロランがもう少し早く生まれたらと思わないわけではないが、考えても詮のないことであった。
そのロランがハーブ入りの香水まで手紙にかけてまで何を、父であり、国王に伝えたかったか。少し気になり、ミルデガード国王は手紙に目を走らせた。
直後、側近の1人が入ってくる。
顔を緩めた国王を見て、秘書もつい微笑んでしまった。最近あまりの激務のため、国王が微笑んでいるのを見るのが、久方ぶりであったからだ。
「陛下、どうされましたか?」
「ロランから手紙だ……、いや嘆願の類いか」
「欲しい玩具でもせがまれましたか。……おっと、失礼いたしました。つい」
「玩具程度ならいいがな。読んでみよ」
「よろしいのですか?」
国王から手紙を受け取った側近は、字の綺麗さと文章の正確さにまず驚く。とても玩具をせがむ子どもの字ではなかった。
しかし、問題は内容の方だ。
「陛下、まさか……」
「悪いが、その日の予定を空けておいてほしい」
「半年後ですか……」
半年どころか、国王のスケジュールは3年後まで埋まっている。時間があるように見えて、そこにスケジュールを入れることは、かなり困難なことであった。
「ロランの提案。とても面白い。この国……この世界の教育が変わるかもしれない。余はその成果を見たいと思っている」
「……かしこまりました。関係各所と相談させていただきます」
早速側近は執務室から出て行く。
結局、机の上は片付かなかったが、今の倍の仕事をしなければ、半年後のスケジュールなど空けられないことは自覚していた。
国王はもう1度椅子に座り直す。
「本当に惜しい……」
書類に視線を落とし、ポツリと呟くのだった。
◆◇◆◇◆
『ええええええええええええ!!』
ジーマ初等学校の講堂に、子どもたちの声が響き渡る。ちょっと悲鳴じみた叫びには、驚きの声が交じっていた。
特に行事でもないのに、全校の生徒が講堂に集められた結果、聞かされたのは「子どものお祭り」というとんでもない企画だ。飛び上がって驚くのも無理はないし、反発があるのは当然だろう。
壇上に上った僕、リーリス、ユラン、ロラン王子、レーネル、ナーエル、そしてナーエルの幼馴染みで2歳年上のカルゴ・フル・リンドリアは、ざわつく講堂を見下ろす。
「屋台はどうするの?」
「料理の材料は?」
「音楽も必要だし」
「演劇は??」
一気に疑問が噴出した。
それに対して、ロラン王子は真っ向から答える。
「そう。屋台も作るのも、材料を揃えるのも、その調理も、……勿論音楽もここにいる生徒全員がやる。警備は騎士団に任せる手はずになっている。まだ交渉中だけどな」
「そんな!」
「できるかな?」
「めんどくさいよ」
「なんで俺たちがそんなことを」
ロラン王子の説明に対して、怒りの声が噴出する。
王族である王子でこれなのだから、僕や他の人なら何を言われていたのだろう。
「俺たちは貴族だぞ! 何故下人のようなことをやらなきゃならないんだよ」
張りあげた声を聞いて、すぐに誰だかわかった。クモワースだ。
(こりないなあ、クモワースも)
レーネルとの一件で、アルヴィン閣下からミード家にきつめの注意が入ったそうだけど、クモワースは相変わらず元気だ。むしろ茶々を入れられて、逆ギレしているように見える。
「めんどくさいことは下人にやらせて、俺たちが楽しめばいいだけじゃん。それが祭りってもんだろ」
クモワースの例の件で同級生の間ではかなり信用を失ったそうだけど、意見に同意する生徒は多かった。
ただこれも想定内だ。
「そもそも下人の仕事を取り上げるってのか? おれ、知ってるぞ。そういうのを職分侵犯っていうだぞ!」
「それは違います、クモワースくん」
それまでクモワースのいじわるな声ばかり響いていた講堂の中で、一際綺麗な声が響き渡る。僕たちを守るように前に進み出てきたのは、顧問を引き受けてくれたアプラスさんだ。
実はジーマ初等学校では子どもの授業外活動制度というのがあって、教師はその顧問に最低1つ担当しなければならない。ほとんどの教師が何かしらの顧問になっていたのだけど、アプラスさんはこの学校に来たばかりだから、どこにも所属していなかったのだ。
僕たちが今回のことを説明すると、2つ返事で顧問になってくれた。僕たちがやろうとしていることにも協力的で手伝ってくれるという。
ひとまず7人の会員と顧問を揃え、僕たちは「ジーマ学校祭運営委員会」という名前で活動が許された。
今回、その活動の1歩目というわけだ。
さて前に出たアプラスさんは、鋭い口調で訴えた。
「職分侵犯ではありません。何故ならこれはジーマ初等学校の生徒のお仕事だからです」
「はあ? 何を言ってるんだ?」
「クモワースくんは、屋台に必要な木の切り方を知っていますか? 料理に必要な小麦粉の作り方はどうです? あるいはバイオリンの弾き方は……」
「そんなものを知ってるわけないだろ」
「そう。だから学ぶんです。そして学ぶことこそ、学生の本分であり、お仕事なのだと、私は思います」
「学ぶことが? 仕事? だったら、給与を寄越せよ。へへ、授業を聞いてるだけでお金がもらえるなんて夢のようじゃないか」
クモワースの無理難題にアプラスさんはクスリと笑った。
「クモワースくんは自分で学費を払っているのかしら?」
「は? それはパパが……」
「そう。教育を受けているのはクモワースくんよね。でもあなた自身は学費を払っていない。あなたの親御さんがあなたの将来のために払ってくれるものよ。ジーマ初等学校で学びを得て、将来をいずれ大きな“給与”としてあなたに返ってくるために」
「それはすごく先のことじゃないか!?」
「そうね。でも、あなたが今バイオリンを学ぶことを始めれば、その音色を聞いたクモワースくんが好きなご令嬢の気を引けるかもしれないわ。料理の作り方を知っていれば、将来美食家になって家の名を上げることができるかもしれない」
「そんなこと……」
「あり得ない? 本当に……?」
アプラスさんが問うと、ついにクモワースは黙ってしまった。
思い当たる節があるのか。クモワースの顔が少し赤いように感じる。なんかチラチラとユランの方に視線を向けてるような……。それに気づいて、ユランの方はすごいおっかない顔でクモワースを睨んでるけどね。
「だから、私たちは一緒に学び、成長していくんです。学校で、いえ……学校祭で得た知識や学びが、給与以上の宝物となって現れるように」
アプラスさんは弁舌を打つ、拍手が聞こえた。講堂の壁際に立って様子を見ていたゾーラ夫人だ。横にはアルテン学校司祭長も出席していて、同じく拍手を打つ。新米教師の言葉に何か胸を打たれたものがあるのだろう。
すると風向きが変わってきた。
「あの私、お花屋さんがやりたいのだけど、綺麗なお花を咲かせるにはどうしたらいいの?」
それは女子生徒の素朴な疑問から始まった。
「それはわたしが責任を持って、お教えすることになると思います」
前に出たのはリーリスだ。
「あなたが?」
「わ、わたしはまだ1年生ですけど、薬学のカリキュラムを終えてて。家でも育てているので、教えることができます」
「すご! 1年生なのに。薬学のカリキュラムを終えてるって。あれってすごく難しいのに」
そこに僕やロラン王子が加わる。
「木の切り方とか建築も僕が教えることができるよ」
「音楽は任せよ。……他に我々がわからないものでも、その手のエキスパートに手伝ってもらうつもりだ」
説明すると、徐々に生徒もやる気になってくれていた。
というより、反発する生徒もいれば、興味を抱く生徒もいたのだろう。
「アプラスさん、ありがとうございます」
「いいえ。こういうのは得意なの。今までも貴族の息子さんや娘さんの家庭教師をしたことがあるから」
さすが元魔女。新米だけど、子どもの扱いには誰よりも慣れてるわけだ。
「では、そろそろあれを発表するか、ルーシェル」
「お願いします。ロラン王子」
再びロラン王子は前に出る。
すると、ニヤリと笑った。
「最後に付け加えたいことがある。学校祭ではそれぞれ企画した催しに点数を付けようと思う。その点数が1番高い催しを企画した者たちに褒美を与えることにした」
褒美という言葉に、場内が静まる。
全校生徒の視線が、ロラン王子に集中した。
「褒美とは即ち――国王陛下との謁見、そして頭を撫でられる栄誉だ」
生徒たちはピンと立って動かなくなってしまった。
あまりに驚きすぎて、何も言えないのだろう。
貴族の子どもにとって、国王陛下はまさに殿上人だ。
神様と言い換えてもいいかもしれない。
そんな国王陛下が王族でもない貴族の子どもと謁見し、かつ頭を撫でてくれるという。まさに子どもわかるほどの大変な栄誉なことなのだ。
『うおおおおおおおおおおおお!!!!』
ついに怒号のような叫び声が講堂を包む。
それまで反対していた生徒も、やる気を漲らせ、学校祭を成功させようと鼻息を荒くしていた。
「お前ら! 絶対1番になるぞ!!」
さっきまで反対していたクモワースも完全に手の平を返している。
「はは……。効果てきめんだな。最初からこう言っておけば良かった」
壇上から獣みたいに騒ぐ生徒を見て、僕とロラン王子は苦笑するのだった。
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