第207話 その王子は突然に……。
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父様――ヤールム・ハウ・トリスタンが裏切った原因の1つとして考えられるのが、僕のリスティーナ母様だった。それも魔女だったという。
振り返ってみれば、不思議な人だった。
同じ場所に住んでいたのに、いるのかいないのかわからない感じの……。こうして真剣に考えてみると、僕はあの人のことを何1つ知らない。弟シュトゥルムのことはよく知っているのに……。
「リスティーナ母様はまだ生きているのでしょうか? それとシュトゥルムは……」
「記録に寄れば、シュトゥルムは亡くなっている。戦場でね。どうやら最後までヤールムは『剣聖』の称号を譲らなかったようだ。弟さんにはその力がなかったのかもしれない」
「そうですか……」
アルヴィン閣下の話を聞いて、僕は反射的にこみ上げてきた涙を堪えた。
シュトゥルムの死は半分僕のせいでもある。大人しく、良い子だった。剣の道なんて全く似合わなかっただろう。その弟が半ば強制的に父様の覇道に付き合わされたのだとしたら、胸が苦しくなる。
俯くと、クラヴィス父上は僕の肩に手を置いた。
「ルーシェルが気に病むことではない。トリスタン家の子どもなら、戦場に出ていくのは必定。シュトゥルムの死は、お前のせいではない」
「クラヴィス殿の言うとおりだ。すべての元凶は君の父親であり、魔女リスティーナだ。君が気にかけることではない」
クラヴィス父上とアルヴィン閣下は励ましてくれる。
おかげで少し落ち着きを取り戻すことができた。
「さて、肝心のヤールムだが、伝え聞いていると思うが、ヤツはまだ生きている」
「父様は……、ヤールム・ハウ・トリスタンはどこにいるんですか?」
僕の問いにアルヴィン閣下は東を指差す。
「東だ。魔族たちを閉じ込めた島――ゾルディルにいる。噂ではそこでトリスタン王国を宣言し、統治していると聞く。まさに魔王だ」
話に聞いていたけど、やはり事実だったんだ。
「リスティーナ母様は……」
「魔女リスティーナの所在は明らかではない。だが、世界各地にて彼女らしき姿を見た人間はいる。とある国のブレインとなって、暗躍しているという噂もあるな。いずれにしろ、こちら側にいることは間違いないらしい」
背筋がぞくりとした。
リスティーナ母様も生きている。
もしかしたら、今こうして話している時も、母様はどこからか僕を見ていて、監視しているかもしれない。
そう考えてしまうと、僕のことよりも今の家族のことが心配になった。
「最後に君に1つだけ、俺の師匠が生前言っていた言葉を贈ろう」
「はい……」
「『強かった……。戦ったことを誇りたくなるほどに』」
「え?」
「ヤールムは裏切り者だ。しかし、その戦い方はあくまで正道だったそうだ。策も弄さず、卑怯な手も、人質を取ることもしなかった。ただ正面からぶつかり、必ず敵を蹴散らした。所謂王者の戦いを、魔族に魂を売り渡してからも続けたそうだよ」
「……父様らしいですね」
多分、僕の中にヤールム・ハウ・トリスタンを明確な悪として断定できないのは、父親であること以上に、その性質にあるのだと思う。
父様は卑怯な戦い方を何より憎む。
それと同じぐらいに手を抜くということもしない。だから、子ども相手でも常に全力でぶつかってきた。その姿勢を相手にも求め、武に忠実でなければ女子供だろうと容赦はしない。
以前、父様にパイを焼いたことがあった。それをお出しした時、ヤールム父様は激しく激昂した。父様から見れば、パイを焼く時間があれば、訓練をせよ、ということなのだ。
「どんなに武人として立派であろうと、ヤールムが裏切り者であることは偽りのない事実だ。君の前でいうのもあれだが、何よりヤールムは俺の師匠を殺した仇でもある。俺はそれを一生忘れない。話は以上だ。俺が知っていることはすべて話した」
「ありがとうございます、閣下」
「礼には及ばない。……ところで話は変わるが、レーネルのことだ」
……と閣下が話を切り出したところで、僕はピンと来た。
王都の森であったブルーバットベアーの件だろう。
「今のところ、誰がどのように持ち込んだかは不明だ。だが、反獣人権派と考えていいだろう」
「反獣人権派?」
僕の問いに、それまでずっと黙って話を聞いていたカリム兄様が教えてくれた。
「名前の通り、獣人が人族の都に住むことをよく思わない勢力のことだ」
「例の聖霊教に獣人たちが入信して、もうすぐ300年が経つというのに、未だにその獣人が人族と同じコミュニティで生きることを良しとしない連中が多いのだ。特にハウスタン家は目の敵にされていてな」
脅す程度ぐらいならまだ可愛いものらしく、今回のように事故に見せかけて要人を殺したり、娘を攫って身代金を要求したりするらしい。さらに極反獣人権派となれば、獣人だけの集会場を狙った大規模な魔法攻撃なんかも実行する派閥もあるそうだ。
「ひどいですね」
「我々も苦労している。そういう意味では、まだ君の父上の方がわかりやすかったかもしれないがね。すまないが、ルーシェル」
「お任せください。レーネルのことは僕が守ります」
僕がそう言うと、アルヴィン閣下は一瞬何か驚いたような顔をした。
(あれ? 僕、何か悪いことを言ったかな)
すると閣下は笑った。
「いや、なんでもない。ふふ……。君ならば……」
「閣下?」
「何でもない。心強い宣言だが、無理はしないでくれ。君の方がずっと重要人物なのだから」
こうしてアルヴィン閣下との会談は終わった。
魔王になるまでの父様のこと。
リスティーナ母様が魔女だったこと。
アルヴィン閣下の人となりや、獣人が今置かれている立場など、色んな話を聞けた。
それに――矛盾しているかもしれないけど、久しぶりにトリスタン家の話ができたことで、僕の胸の中にあるもやもやが少し晴らせたような気がした。
忌まわしい記憶しかないけど、僕を産んだのは間違いなくヤールム父様であり、リーナ母様だ。今や堂々と口にできない2人の話を存分にできた。僕はそのことに満足していたんだ。
◆◇◆◇◆
アルヴィン閣下との会食から、3日後。
安息日を挟んで、ジーマ初等学校の授業は再開された。
その初っぱな。僕は机に頬杖を突きながら考えごとしていた。
「うーん」
「どうしたんですか、ルーシェル? 悩み事なら聞きますよ」
「また悩みごとか。お前はゴチャゴチャ考えすぎなのだ。この前、やっとアルヴィンとかいうヤツから父親の話を聞けたというのに」
リーリスが心配すれば、向かいに座ったユランが銀髪を揺らしながら、僕に忠告する。
「別に悩み事というわけじゃ……。なんか忘れているような……」
「見つけたぞ、ちび教師!!」
突然教室に殴り込んできたのは、クモワースとその取り巻きだ。
わざわざ下級生の教室にまで殴り込んできたクモワースは、僕が座っている場所までやってくる。
「よくもやってくれたな。特にお前――――イタタタタタタ!!」
クモワースはユランを指差す。
ところが、その手を取ると、ユランはあっという間に関節を決めてしまった。
いつの間にあんな技を……。騎士団の訓練に参加しているとは聞いてるけど、まさかあんなことができるなんて。ゆ、ユランが成長してる?
「人を指差すな、わっぱ」
「離せ! 離せよ」
「うるさい蠅じゃのう」
ユランはあっさり解放するけど、クモワースの態度は変わらなかった。
本当に強情というか、つま先から頭頂まで愚かというか……。
そもそもクモワースって、ゾーラ夫人にこってり絞られたんじゃなかったかな。
それで懲りてないって相当な強心臓の持ち主だ。
「いいか。あの時はうまくいかなかったけどな、今度こそうちの家を上げて、お前をぶっつぶしてやる!」
何をぶっつぶすのだ?
妙に聞き慣れた声に気づいて、僕もリーリスも反応する。
クモワースも振り返ると、立っていた金髪の少年を見て、「かっ!」と変な声を上げ、鼻水を垂らしたまま固まった。
金髪の少年はゆっくりと僕の机に近づいてくる。
その少年の存在に気づいた他の生徒は慌てて立ち上がり、その人の登場を歓声と共に迎えた。
「もしかして、ルーシェルのことを言ってるんじゃないだろうな。言っておくが、その者は余の一番の友だぞ」
「な、なんで……。ここにいるんですか、王子?」
突如、僕たちの前に現れたのは、ジーマ初等学校の制服を着たミルデガード家の八男ことロラン・ダラード・ミルデガードだった。








