第206話 魔女リスティーナ
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王の料理『熊の手』をアレンジしたブルーバットベアーの手は、大好評を得て、晩餐は終わった。
僕たちは場所を居間に移し、各々会話を楽しんでいた。特に上機嫌なのは、アルヴィン閣下だ。余程ブルバットベアーがお気に召したのだろう。その後も、酒杯を片手に、料理のお話をしておられた。食事の席でも随分とお酒を飲まれていたけど、あまり顔色は変わらない。お酒に強いのもそうだけど、かなりの辛党なのだろう。
「レーネル、少し席を外しなさい。お前たちもだ」
いよいよ陽も暮れようという頃、アルヴィン閣下は盃を片手に人払を指示した。閣下の意図を察したクラヴィス父上は、ソフィーニ母上に合図を送る。それを見た母上はソフィーニとレーネルを伴って、部屋から出ていった。
残ったのは、僕、アルヴィン閣下、父上、そしてカリム兄様だけだ。
僕に話をしやすい環境を作ってくれたらしい。
「ご配慮ありがとうございます、閣下」
「良い良い。レーネルと決闘してまで、俺をここに呼びたかったのは、このためだろう。君とも約束があるし。どんなことでも喋ろうじゃないか。まあ、俺が知ってることは割と限られているが……」
さて、君の本当の父上について何が聞きたい……。
色々と回りくどい方法を取ったけど、僕の目的は最初からアルヴィン閣下から、僕のもう1人の父様――ヤールム・ハウ・トリスタンのことを聞くことだ。
「お話しましたが、僕は300年間山にいました。その間、地上であったことはほとんど知りません。魔族と戦争していたことも、そして父が裏切り、魔族に加担したことも」
「魔族との戦争を知らないか。君は相当山深いところにいたようだね。まあ、あいつらが専ら標的にしたのは、人間がいる街だったからあり得ないわけじゃないが……」
「父は何故人類を裏切ったのでしょうか?」
「裏切ったか……。その解釈は少し難しいところではあるな」
解釈の違い? そもそも裏切りに解釈なんてあるのだろうか。
「ヤールム・ハウ・トリスタンは確かに人類を裏切り、魔族側についた。でも、彼の行動自体は一環している。彼の剣は常にある人類側に向けられていたからね」
「それって、もしかして獣人ですか?」
以前少し話したけど、僕がトリスタン家にいた時、人族と獣人は非常に仲が悪かった。人族は獣人とは言わずに『蛮族』と呼んで、目の前にいるアルヴィン閣下のような獣人たちを敵視していた時代があった。
その獣人狩りの急先鋒だったのだが、僕の父様ヤールムだ。
「知っていると思うが、ヤールムは獣人を忌み嫌い、何千、何万という獣人を殺してきた」
「…………」
「そんな顔をしなくていい。言っておくが、俺は君に何のわだかまりもない。そもそも会ったことがないからな。それに幸か不幸か、ヤールムという大敵によって、人族と獣族が手を取り合うきっかけとなった。その点を見れば、必要悪だったという者もいるぐらいだ」
アルヴィン閣下の言う通り、ヤールム父様のおかげで、今日の人族と獣族の関係があると言ってもいい。でも、父様が奪った命が戻ってくるわけじゃない。だから簡単に割りきれなかった。
「ヤールムは英雄だった。少なくとも当時においては……。転機を訪れたのは今から290年前になる」
「聖霊教の教皇による獣人の一斉入信ですな」
クラヴィス父上は目を細める。
聖霊教というのは、今日でも指示されている聖霊リアマインを主とする唯一無二の宗教だ。
しかし、この世界には300年前もう1つ大きな宗教組織があった。それが聖カリバルディア剣教だ。剣神カリバルディアを主とする宗教で、剣を持つもの、あるいは武器を持つ騎士や戦士、冒険者が入信していた。この聖霊教と聖カリバルディア剣教が世界の二大宗派だった。
ヤールム父様は熱心な聖カリバルディア剣教の熱狂的な信者だった。その熱心さは時々、聖霊教の信者に剣を向けたことすらある。同族であってもだ。
獣人が聖霊教に入信したこの電撃的な入信事件は今も教科書に残る大事件だったらしい。
「獣人はヤールム率いる剣教騎士たちに数を減らされ、絶滅寸前だった。その時、たまたま通りかかった聖霊教の導師が入信を勧めたのだと聞くが……」
「クラヴィス閣下、それは事実です。何故ならその頃は、聖霊教の信者が激減していたからです。獣人たちが入信すれば、信者の数が回復すると考えたのでしょう。それに弱者救済は聖霊教の教義にもマッチしますから」
アルヴィン閣下は説明を補足する。
「でも、そんなことをすれば……」
「そう。君の父上はその出来事に怒髪天を衝く思いだったろう。宿敵が、怨敵と組んだのだからね。そしてヤールム・ハウ・トリスタンが人類に対して刃を向けたのはこの頃さ。といっても、この頃はまだ魔族に鞍替えし、人類の敵になるとは誰も予想していなかった。だからヤールムを敵視する人以上に、英雄視する人は沢山いた。ただ彼が変わった決定的な転機は、妻を亡くしたことと。再婚相手にあると聞く」
「妻って……。リーナ母様のことですか?」
「ああ。そうか。それも知らないのか。君のお母さんは亡くなった。おそらく君が山に捨てられて、15年ほど後だ」
「そう……ですか……」
リーナ母様が死んだのはわかってはいた。300年も経っていたのだから、生きている方がおかしい。それでも面と向かって言われると、やはりショックだ。それも僕が山に捨てられてから15年後だなんて……。
「疲れたかい。少し休憩するかね?」
「いえ。続けてください。僕なら大丈夫です。それで父は誰と再婚したのですか?」
「リスティーナのことは知っているかな?」
「え? は、はい。父の側室で僕の異母兄弟であるシュトゥルムの母親です」
当時、国王以外に側室を持つことは、どれだけ偉大な貴族であろうと揺るされていなかった。『剣聖』ヤールム・ハウ・トリスタンを除けば。
『剣聖』の血は、ただそれだけで宝だ。
だから、国と王はヤールム父様にだけ側室を持つことを許した。
といっても、当の父様本人はリーナ母様同様に、側室も子を生むための道具としか見ていなかったけど……。
側室から正室になるために、確か1度婚約する必要があるはず。
なるほど。再婚というのはそういうことか。
「リスティーナと面識があるのか。どういう人だった?」
「あまり……よく知らないんです。リスティーナ母様はシュトゥルムの教育にばかり熱心で、僕のことは目障りな跡継ぎとしか見ていなかったと思います」
僕の言葉に、クラヴィス父上は眉を寄せる。いつになく険しい表情には、怒りが滲んでいた。
「リスティーナ母様がどうしたんですか?」
「彼女は魔女……だった」
「リスティーナ母様が魔女?」
真っ先に思い出すのは『氷の魔女』と呼ばれていたアプラスさんのことだろう。強力な魔力と、不老の力。そして長年培った知恵。その3つの能力によって巨大な力を持った存在だ。
「彼女は魔女でありながら、主人たる精霊を殺した希有な魔女だ」
「精霊の嫁たる魔女が、精霊を殺すなんて。どんな大罪を……」
「我々も詳しくは知らない。どうやらそこに魔族が絡んでいるようだが……」
「魔族……」
可能性は大いにある。
魔族の力は精霊をも上回っていたと聞く。
アプラスさんは精霊に感謝していたけど、魔女の中には精霊に反目する人も少なくない。魔族と結託し、その契約を破棄した魔女がいてもおかしくなかった。
「どんな方法を使ったかは知らないが、リスティーナは『剣聖』ヤールムを狂わせた。ヤールム・ハウ・トリスタンの向かうべき道を歪な覇道へと向かわせたのは、間違いなく魔女リスティーナだろう」
僕は二の腕をさする。
少し肌寒い夜だった。
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