第205話 熊の手の濃厚あんかけ煮込み
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「これがブルーバットベアーの手の濃厚あんかけ煮込みです」
アルヴィン閣下の目の前に置かれた銀蓋を僕自ら開ける。噴き出してきたのは、煙のような白い湯気だ。そして鼻をくすぐるような豊かな香りだった。
森林の空気を吸い込むようにアルヴィン閣下は匂いを嗅ぐ。そして湯気の向こうから現れた黄金色の煮込み料理を見て、目を剥いた。
「おおおおおおおおおお!!!!」
瀟洒な絵付け皿の上にのっていたのは、まさしく『the・手』だった。
コロッとした肉球に、それと似た丸い指。そこだけ見れば、ちょっと可愛くも見えないわけではないけど、指の先から出てる爪は獰猛な野生を想起させる。
ブルーバットベアーの肌は毛を抜けば、どちらかと言えば青白いのだけど、今は濃い餡かけに浸って、黄金色に光っていた。
まさに王の料理にふさわしい一品だ。
「なんと! 熊の手か!!」
「お気に召しませんか」
「いや……。この『剣王』と呼ばれる俺にとっては打って付けの料理だろう」
良かった。気に入ってくれたらしい。
王の料理といえど、野生動物の手を食べるというのは、どうしても抵抗がある。普通の肉ではそれがどこの部位の肉かわからず食べられるけど、手は特徴が多く、どうしてもその動物を想起させてしまう。
言わば、人に寄りけりの料理なのだ。
「早速、いただこう」
「はい。では、カットさせていただきます」
僕は自分の包丁で切る。
ちょうど指の間に沿って、縦に切った。
流石に爪は食べられないので、横に置いておく。
これは後ほど使うつもりだ。
「どうぞ」
「初めは肉感がなかったが、近くで見ると、中にぎゅっとおいしそうな肉が詰まってるではないか」
アルヴィン閣下はたまらず唾液を飲み込む。
ナイフとフォークを近づけていくと、ついに肉を頬張った。
「ぬほほおおおおおおおおおおおお!!」
う、う、うまい!!!
「肉がプルプルしておる。これは熊……いや魔獣の手の食感か!」
歓喜の声を上げた。
第一印象はバッチリらしい。
僕は心の中でガッツポーズを取る。
横で見ていたクラヴィス父上も、ホッと胸を撫で下ろしていた。
閣下はブルーバットベアーの肉にむしゃぶり続ける。
見ていたレーネルが圧倒されるほど、荒々しい食べ方だった。
「熊の手も食べたことがあるが、あれは少し臭みが強かった。だが、これは全然臭みがない。爽やかとまではいかないが独特の風味もたまらんし、肉質は軟らかく、食べやすいから、ドンドン食べられる」
「確かにブルーバットベアーも熊の手同様、臭みが強いですが、生姜や葱、あとティケの実を使いました」
「ティケの実? おいおい。それは魔法の実の一種ではないか。別名体力の実。1粒飲むだけで、1年分走り込んだ人間の体力以上になるという。魔法の実で臭みを取ったのか?」
「はい。実はティケの実は臭み消しに使えるんです、閣下。魔獣たちも香水として使ってるんですよ」
「香水?」
「野生動物も魔獣、人間では感じられない匂いを常に感じています。ティケの実はその典型ですね。他の魔獣との縄張り争いが起こると、このティケの実を潰して身体に塗るんです」
「戦化粧というわけか。魔獣にそんな習性があるとはな。なるほど。魔獣が自分の体臭を消すために使っているならば、肉の臭みを消すには持って来いというわけだ」
「その通りです」
「豪快な料理かと思えば、食べる人間からでは見えないところに創意工夫が凝らされているということか。……うむ。まさしく王の料理だ。天晴れだ、ルーシェル」
「ありがとうございます」
お褒めの言葉をいただいてしまった。
ブルーバットベアーの手を気に入ってもらえたらしい。
「このプルプルした食感たまらぬな。幼少の時に食べた噛みつき亀を思い出す」
「豚や牛というよりは、確かに亀の肉の食感と似てますね。美肌効果も期待できますし」
「美肌……!」
「効果……!」
反応したのは、ソフィーニ母上。さらにレーネルもピンと耳と尻尾を立てて反応している。2人とは裏腹に、リーリスだけがポカンと首を傾げていた。
それまでブルーバットベアーの手を遠巻きに見ていた母上は咳払いする。
「る、ルーシェル。熊の手はこれだけかしら」
「まだありますよ。ただ後ろ肢も含めて、あと3つしか提供できません。他の方には他の部位の肉を提供するつもりで」
「なら、あたくしがいただくわ」
「え? は、はい」
いつになくソフィーニ母上が食べる気満々だ。女性はこういう料理は苦手だと思っていたけど、どうもそうじゃないらしい。
いや、さっき僕が美肌効果といったから、気にしているのかもしれない。
レーネルはもちろんだけど、母上は今も全然綺麗なのになあ。ゾーラ夫人もそうだけど、女性にとって美肌効果というのは、魔法の言葉なのかも。
「レーネルちゃん、一緒に食べましょ」
「あ、ありがとうございます!」
「なんだ、レーネル。レティヴィア夫人からいただかなくても、俺のをやるぞ」
「お父様のはいいです。遠慮しときます」
「ガーンッ!」
レーネルがピシャリと言い放つと、アルヴィン閣下は涙目になっていた。
閣下……、ドンマイです。
僕は丁寧に切り分け、ソフィーニ母上とレーネルの皿にのせる。
2人とも同時に頬張った。
「はあああああああんんんん!」
「はあああああああああああ!!」
うまい……!!!
「何これ……! 信じられないほどお肉がプルプルしてる。それに噛んだ瞬間に広がるこの独特の旨みもおいしいわ。クセになりそう!」
「かかった餡もお肉の旨みとマッチしていて、おいしいです。それにお父様が言っていたように臭みがまるでありません」
パクパクと食べていく。
最初に反応したのはレーネルだった。
「あれ?」
気が付いた時にはレーネルが握ったナイフの柄の部分がひしゃげていた。
「す、すみません。僕ったら」
「ああ。大丈夫だよ。想定内だから。ところで怪我はない?」
「う、うん。でも、僕どうしちゃったの?」
「これが魔獣食の大きな特徴だよ」
「特徴?」
「食べた人間の身体能力を大幅に上昇させる。僕の強さのもう1つの源さ」
「身体能力を大幅に上昇……。それは危険はないのかい?」
「食べたらいきなり強くなったりするか、今のような危険はあるけど、魔薬のような依存性は皆無だし、有害物質が蓄積されて身体を壊すようなことはない。僕がいい例だ」
僕は手を広げる。
300年ずっと魔獣を食べてきたけど、おかげでお腹を壊したことは1度もない。危なさそうなものは、ローストしたり、入念に血を抜いたりしてるけど、それは普通の食品も変わらない。
ただ獲るのが難しいというだけだ。
「レーネル、君が良ければ、また僕の料理を食べに来てよ。広めたいんだ。色んな人に。魔獣食の素晴らしさ」
「是非! 僕からも頼むよ、ルーシェル。いっぱい食べて、お父様より……いや、君より強くなってみせる」
「それは楽しみだね」
レーネルの宣戦布告を聞いて、僕はニヤリと笑う。
「良い友を持ったな、ルーシェル」
「父上?」
「ただ仲良しなだけが友達ではない。切磋琢磨し、時に真っ正面からぶつかり合うのも人の形の1つ。大事にしなさい」
「はい」
うん。予感がする。
レーネルとはきっとこれからいい友達になりそうな気がした。
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