第20話 再び来客
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こうしてフレッティさんたちは帰っていった。
僕はジュエルカメレオンの皮を取り、黙って見送る。
これが最後だと思うと、目頭が熱くなった。
そしてまた山へと戻っていく。300年、続けていた日常の始まりだ。
僕はいつも通り今日の夕食を求めて、家を出て行こうとしたのだけど……。
「やあ、また会ったね、ルーシェルくん」
3日後、気さくに手を上げるフレッティさんの姿が、樟の下にあった。
一瞬「夢?」と目を擦ってみたけど、優しげな顔をした騎士が、僕の視界から消えることはない。
「ふ、フレッティさん! 本物??」
僕が質問すると、フレッティさんは軽やかに笑う。
「ははははは! 足はこの通り付いてるよ」
「どうして、ここに?」
「家宝が奪われた話はしただろ。それを野盗の手から無事取り戻すことができてね。ようやく主君が待つ領地に帰還することができたんだ」
「えっと……。おめでとうございます」
実はもう知ってるなんて口が裂けても言えないね。
「こうして汚名をそそぎ、また主君の下で仕えることになったのは、君のおかげだ。君が匿ってくれなければ、我々は魔獣の腹の中か、野盗に斬られて全滅していたかもしれない」
「いえ。僕は困っていた人を助けただけですよ」
「そこでだ。迷惑でなければ、君に会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人?」
そう言えば、ミルディさんたちの姿がない。
フレッティさんが帰る時に、魔獣に会わないルートを教えたから1人でやってきたんだろうけど……。
それよりも会わせたい人って誰だろ?
「悪いが麓まで来てくれないか?」
僕は言われるまま山を下りた。
麓近くの街道沿いに大きな馬車が止まっていた。
その周りをガーナーさんたちが取り囲み、辺りを警戒している。
僕の姿を発見すると、真っ先に飛び込んできたのは、ミルディさんだった。
囲みを崩して、僕にぎゅぅっと抱きつく。
「久しぶり! ルーシェルくん、元気だった?」
元気といえば元気だけど、今久方ぶりの命の危機を迎えているんだけど。
ちょっ! ミルディさん、苦しい。
あとお胸がバンバン顔に当たってます!
「はあ……。この抱き心地……。間違いなくルーシェル君だわぁ……」
「ミルディ、それぐらいにしておきなさい。ルーシェル君が困ってるでしょ」
僕はパンパンとタップするが、ミルディさんはなかなか離してくれない。
見かねたリチルさんが注意してくれて、ようやく解放された。
ふぅ……。死ぬかと思った。
「ごめんごめん、ルーシェル君。なんだか懐かしくて」
「懐かしいって……。まだ3日も経っていないのよ」
「そうだっけ?」
ミルディさんがとぼけると、リチルさんは溜息を吐いた。
「即興喜劇はそれぐらいにしろ、ミルディ、リチル。我々がこうしてやって来たのは、ルーシェル君との再会を喜ぶだけではないだろう」
「はーい」
「別に即興喜劇では……」
ミルディさんが悪びれない態度を取れば、リチルさんは納得いかないという顔をしてみせた。
「それで、僕に会わせたい人って……」
「ああ。今、お呼びするよ、ガーナー」
あ……。ガーナーさんもいたのか。
無口な上に、存在感も希薄だからつい忘れがちになってしまう。
そのガーナーさんは客車の扉を開いた。
客車のステップに足をかけた瞬間、綺麗な金髪が草原を走る風に靡く。続いて、僕を差したのは大きなサファイアを思わせるような青い瞳だ。
白い肌は細く、純白のドレスと金髪の上に載せた白い帽子が良く似合っていた。
年の頃は、今の僕と変わらない。多分、10歳前後ぐらいだろう。
それでも、思わず目を引くぐらい少女は可愛いを通り超して、美しかった。
「ほう。この子か……」
少女の姿に見とれていると、穏やかな声が降ってきた。
いつの間にか側に立っていたのは、大きな肩幅と、立派な髭を生やした男の人が立っている。
(父上……?)
僕は思わず心の中で呟いたのも無理はないだろう。
雰囲気こそ違うものの、体格や覇気は非常に父上と似ていた。
無造作に僕の腋に手を伸ばし、軽々と抱え上げる。
終始笑顔を僕に向けた。
「あ、あの……。あなたは??」
「クラヴィス・グラン・レティヴィア閣下。レティヴィア家の当主だよ」
説明してくれたのは、また知らない人だった。
先ほどの少女と同じ金髪に青い目。そして蜜のように甘いマスクをした20代ぐらいの男性だ。
さっきの少女も、そしてこの壮年の男の人も、貴族の服の上に外出用のローブを羽織っているけど、この人だけローブの下に剣を帯びている。
引き締まった筋肉から見るに、剣士なのだろう。
「おいおい。カリム、私の見せ場を奪わないでくれよ。レティヴィア家の当主と自己紹介して、驚く人間の姿を見たいのだから。ぬっはっはっはっ」
クラヴィスさんは豪快に笑う。
レティヴィア家の当主ということは、フレッティさんが仕える主君か。
もしかして、当主様が僕に会わせたい人ってこと?
「ご当主、そしてカリム様、どうかそれぐらいで……。十分戸惑っているようなので」
「ん? そうか? それは失礼したな」
フレッティさんはわざとらしく咳払いすると、クラヴィスさんはようやく僕を下ろしてくれた。
「改めて名乗ろう、ルーシェルとやら。私の名前はクラヴィス・グラン・レティヴィア。レティヴィア家の当主だ。この度は、私に仕える騎士団が世話になった。礼を申し上げる」
そう言って、クラヴィスさんは深々と頭を下げた。
この行動には、僕はおろか他の人も驚いたらしい。
1人例外なのは側についたカリムという人だけ。
横に立った少女も、大きく息を飲んでいた。
「フレッティはとても責任感の強い男でな。家宝よりも、騎士団員の命が大事だと言ったのだが、飛び出して行きおった」
クラヴィスさんが一睨みすると、フレッティさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「聞けば、団員の1人が生死を彷徨ったそうではないか。それを聞いた時は、心臓が止まるかと思ったぞ」
クラヴィスさんの声はよく響く。
当然、ミルディさんにも届いていて、当の本人は少々気恥ずかしそうに鼻の頭を擦っていた。
「野盗に追われ、我が騎士団を匿ってくれたのが、そなたと聞いた。ありがとう、ルーシェル君。騎士団のものにとっても、それを預かる私にとっても、君は命の恩人だ」
「お、大げさですよ」
僕は手を振るが、クラヴィスさんは頭を振った。
膝を突き、僕と目線をともにすると、優しげな瞳で微笑んだ。
「ありがとう、小さな勇者よ」
「勇者だなんて、そんな……」
「是非そなたの功績に報いたい。何か欲しい褒美はあるか?」
「いえ。僕はフレッティさんが困っていたからそうしたんです。褒美が欲しくてやったわけじゃ……」
と答えると、クラヴィスさんは僕の頭を撫でた。
「そなたの事情はフレッティから聞き及んでおる」
僕はちらりとフレッティさんを見つめた。
「すまない。だが、どうしても主君の耳に入れておきたかったのだ」
フレッティさんは頭を下げた。
クラヴィスさんは眉間に皺を寄せる。
「同じ親として、嘆かわしい限りだ。しかし、そなたはその親にあって、優しい心の持ち主だな」
「母が……」
「そうか。母上か。特殊な家庭にありながら、それでも真っ直ぐ育ったのは、母上のおかげだな」
クラヴィスさんは立ち上がり、フレッティさんの方を見つめた。
「お前の言う通りになったな、フレッティ」
「はい。ルーシェル君はとても優しい少年ですから」
「うむ。では、打ち合わせをした通り次のプランに変更するか……」
「プラン??」
僕が首を傾げると、クラヴィスさんはもう1度膝をついて、僕にこう言った。
「では、ルーシェル君。私の頼みを聞いてくれまいか?」
「頼み……ですか? 僕がお役に立てるなら」
「ああ。君しかできないことだ」
「僕にしか……」
「なあ、ルーシェル君。我が家に来てくれまいか?」
「え?」
その時、300年間ずっと止まり続けていた何かが動き出したような気がした。
ついにルーシェルの人生が動いて行くのか?
次話は夜に更新させていただきます。
引き続きよろしくお願いします。








