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第204話 剣王の涙

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挿絵(By みてみん)

「うおおおおおおんんんんん!!」


 食堂いっぱいに響いていたのは、人の泣き声だ。すでに前菜が配られ、食前酒もほとんど空になっている。蜂蜜にビネガー、黒コショウを掛けた人参のラペをモリモリ食べながら、『剣王』アルヴィン閣下は泣いていた。


 決して料理が口に合わなかったわけではない。それは山盛りのラペをパスタみたいに食べていることからも明らかだろう。


 アルヴィン閣下が泣いているのは、クラヴィス父上から聞いた僕の生い立ちだった。


 僕がヤールム・ハウ・トリスタンの息子であること。虐待の末に山に捨てられ、それから300年間過ごしていたこと。その間、不老不死となり、料理や魔獣を獲るための知識を深めていったこと。そして今に至るまでの経緯などを赤裸々に語られた。


 それだけクラヴィス父上はアルヴィン閣下のことを信頼しているのだろう。それに閣下の前では下手な誤魔化しは通じないと考えたのかもしれない。


 料理が出てくるまで30分。

 料理が出てきて、30分。

 1時間に及ぶの僕の話は終わった後、アルヴィン閣下はまさしく号泣した。


「かわいそ過ぎるだろ。父親に捨てられるとか。その間300年、死ぬこともできずに過ごすとか……。うおおおおおんんんん!!」


 また泣き始める。

 よっぽど僕の生い立ちに感情移入してしまったのだろう。リアクションが違うけど、クラヴィス父上に話した時のことを思い出してしまう。


 それまで泣いていたアルヴィン閣下は突然席を立つと、僕の席まで来て、ガッシリと肩を掴んだ。


「お父さんと言ってもいいんだぞ」


「ダメですよ、閣下。ルーシェルは私の子どもです」


「なんだよ、クラヴィス。ケチケチするな」


「ルーシェルは閣下の玩具ではありません」


「むーっ」


「頬を膨らませてもあげませんよ、閣下」


 アルヴィン閣下は本当に面白い人だな。

 中庭では時折、鬼のような形相を浮かべていたのに、食堂ではまるで子どもみたいだ。

 どれが本物のアルヴィン閣下なのだろうか。どれも本物で、どれも偽物みたいに見える。自分の性格を悟らせないのも、武人としての心得の1つと、昔ヤールム父様に言われた時もあったけど、閣下はかなり特殊だ。


 どうやらクラヴィス父上の説得はダメだと判断したらしい。閣下は自分の席に戻ると、赤ワインを空けて、こう言った。


「レーネルよ。お前はどう思った?」


「え? ぼくですか?」


「ルーシェルはお前の教師であり、切磋琢磨する仲間でもある。だからこそ、この場にいることを許可した。率直に述べなさい」


 レーネルはジッと僕を見つめる。

 僕は思わず背筋を伸ばした。


 アルヴィン閣下と相手した時よりも緊張する。僕のスペックは子どものそれではない。はっきり言うけど、「化け物」と言われてもなんの違和感もないだろう。だからこそ息が詰まる。もうレーネルがただの生徒ではないからだ。もう僕たちは友達同士なのだから。


「驚きました。……でも、それ以上に安心しました」


「安心?」


「ルーシェルを見た時、只者ではないことはすぐにわかりました。しかし、見た目は子どもです。だからこそ怖かった。……でも、生い立ちを聞いて、少し安心しました。ルーシェルの強さが、決して法外な方法で手に入れたものではなく、300年間の研鑽によって生まれた努力の賜物であることを。これが普通の5歳の強さなら、ぼくは立ち直れなかったと思います」


 レーネルらしい言い方だな。


 僕に敗北した時、レーネルは否定したかったのだろう。才能が努力に勝る瞬間を。レーネルの血筋は一級品だ。才能でいえば、僕以上にあるし、本人も努力に余念がない。

 それでも、僕という才能が出てきて、血筋も、自分がやってきたことも、すべて壊されてしまった。自分が才能側だっただけに、かなりショックだったはずだ。


 でも、それは違っていたことを聞いて、レーネルは心底ホッとしたのだろう。もし、才能も努力も否定されたら、自分が何をするべきかわからなくなるから。


「ならば聞くが、レーネル。もしルーシェルのそれが才能であるとすれば、お前は剣を辞めたか」


「辞めた……かもしれません。ダメでしょうか、父上?」


「ダメも何も、俺は昔からお前が剣を取ることに反対していたからな」


 驚きの発言だ。

 娘が剣を取ることに、『剣王』本人が反対してるなんて。


「何を驚くことがある。可愛い娘に切った張ったなんて率先して勧める親がどこにいるのだ」


 意外だ……。そういう所は割とどこの家庭にでもいる父親の感覚なんだな。


「ルーシェルさん(ヽヽ)


「は、はい」


「これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


 レーネルは深々と頭を下げた。


「よ、止してよ、レーネル。いや、僕は君の先生ではあるけど、前にも言ったけど友達ではありたいんだ。同じ強い父親のもとに生まれた子どもとして。だから、ルーシェルでいいよ」


「……わかった、ルーシェル。これからもよろしくね」


 僕としては学校の中に、家族以外で生い立ちを知る人間ができたことはありがたい。

 こういうことは、多分今後増えるだろう。

 前にクラヴィス父上が言っていたけど、僕の力を利用したりする人は必ず現れる。その時、僕は周りを傷付けずに済むのか、ちょっと心配になってきた。今回はたまたま『剣王』とその家族だったけど、今後は話す相手は慎重に選ばないと。


「いいことを考えたぞ。ルーシェルがレーネルと結婚して、我が家の婿養子として迎えれば」



「「閣下!!」」



 若干ほろ酔い状態のアルヴィン閣下にツッコミを入れたのは、クラヴィス父上と……り、リーリス? え? なんで?


「す、すみません、閣下。わたくしったら」


「ぷは……。あはははは……。なるほど。そういうことか」


「そういうことなんですよ、閣下」


 クラヴィス父上が頷く。

 さらにカリム兄様、ソフィーニ母上も頷いている。

 不機嫌そうにしているのは、ユランぐらいなものだ。


 なんか妙な空気になっちゃったな。

 そろそろメインの料理が出てくると思うのだけど。


 僕の予感は的中した。

 食堂のドアが開くと、野性味溢れる香りがすぐに鼻腔を突いた。


「おお。良い香りだ。これは何の料理だ。牛でも、豚でもないようだが」


「アルヴィン閣下、そちらの料理は我が息子が作ったものです」


「ほお。……では噂の魔獣料理というわけか。それは楽しみだな」


 アルヴィン閣下はニヤリと笑う。


「はい。それではご紹介しますね」



 王の料理を……!


新刊の方も是非よろしくお願いします。

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