第202話 剣王との決着
始まる前の雰囲気とは打って変わって、試合の序盤はとても静かだった。
最初は飢えた狼みたいにアルヴィン閣下が襲いかかってくるのかと思ったけど、どっしりと構えて振りを誘ってくる。つまりは「かかってこい」というわけだ。
団長との戦いで僕の実力の一旦は見えたはず。それでも余裕を見せるということは、やはり相当強いのだろう、アルヴィン閣下は。
「来たまえ。俺が撫でてやろう」
「では、遠慮なく」
僕は地を蹴る。
飛び込みもタイミングも、先ほどの団長と変わらない。同じく側面を制圧。そのまま胴打ちで1本というところで、不思議な衝撃を受ける。
胴打ちはあっさりと弾かれ、軽い僕自身も木刀と一緒に飛ばされる。だが、すぐ体勢を整えた。何故なら、もう側にアルヴィン閣下がいたからだ。
「速ッ!!」
胴打ちを弾いて、間髪容れずに僕との距離を潰した。払いからの高速カウンター。こんなにすぐ反撃されたのは、初めてだ。ただし父様以外だけど。
ギィン!!
木刀とは思えない甲高い打ち込みの音が響く。
「ほお……。この返しを防いだのは、ここ10年で君ぐらいだな」
「早速褒めていただき光栄です、閣下」
まずいなあ。
ちょっと舐めてたよ。
ドラゴングランドを倒した全盛期の僕なら余裕かもしれないけど、今の僕は子どもの身体だ。魔法なしで、この『剣王』と本気でやり合うのはちょっとしんどいかもしれない。
まあ、向こうも本気を出してるかどうかわからないけど。
(集中だ。集中しよう)
他のことを考えていたら、簡単に決着がついちゃうぞ。
受けの姿勢から一転、アルヴィン閣下は猛火が押し寄せるが如く、僕に木刀を振り下ろしてくる。激しい剣術のように見えるけど、一振り一振りが多彩だ。どの斬撃も突きも1度として同じ角度で振られたことがなく、人体に対する狙いも違う。
僕はその度に受けの姿勢を変えて、対応する。
「レーネルに勝ったというのは、眉唾ではないようだな」
「信じてなかったんですか、レーネルの言葉を……」
「信じていたさ。だから確かめたくなったのだよ」
来るッ! 大振りが!!
僕は斬撃を読むと、受けずに横によける。
一瞬できた間を見逃さず、僕は一旦距離を空けて、息を整えた。
うわ~。ホントに強いや、この人。
人――いや、獣人か。それでも魔獣以外を相手にして、ここまで息が切れたのは何百年ぶりだろうか。
「俺の斬撃を受けずに躱すとはな。ちょっと驚いたぞ、今のは」
「閣下の斬撃が多彩ですが、大まかに分ければ5種類ほどしかありません。その組合わせは割と単調だったので、そこをつかせてもらいました」
「フハハハハ! 全く面白い。ここまで胸躍る試合は初めてかもしれん。君とは是非戦場で会いたかったものだな」
アルヴィン閣下がそう言うと、クラヴィス父上は眉を顰める。聞いていたリーリスも組んだ指に力を込めた。
「ごほん。少々失言だったな。すまん。あまりに楽しすぎて、高揚が抑えきれなかった。君ならわかると思うが」
「そうでもありませんよ」
「そうか。ほれ、自分の膝を見て見ろ」
視線を落とすと、膝が笑っていた。
怖いのではない。どちらかと言えば、騒いでいる。僕に流れる血が、目の前の好敵手を見つけて、喜んでいるのだ。
やはり僕はトリスタン家の血筋、【剣聖】ヤールム・ハウ・トリスタンの子どもらしい。
料理は大好きだ。世界一おいしい料理を作れる料理人になりたいと今でも思っている。他方、「戦う」ということに、興奮を抑えられない自分がいる。
剣術に対する未練が完全に抜けきったわけじゃない。僕は5歳で勝てない戦いを強いられた。負けてばかりの人生で嫌になることもあったけど、ただただ苦しかったわけじゃない。いずれ父様に勝つ、という目標の中で振るった剣は、僕に戦う決意を与えてくれていた。
今の心持ちは、少し父様と戦っていた自分に似ている。
はっきり言えば『剣王』アルヴィン・ギル・ハウスタンの実力は、『剣聖』ヤールム・ハウ・トリスタンより遥かに劣っている。
でも、僕は人生で一番といえるほど、一生懸命に剣を振っていた時のことを思い出させてくれるのに十分な相手と言えた。
「君の剣筋は最近得たものだな。だが、時々妙な動きをする。先ほどの躱し方や、俺の返しを受けた時もそうだ。現代剣術の洗練さからは遠い。粗野で実戦的で、血を纏うような古くさい剣の臭いがする。……なるほど。君が俺に条件を出した意味が、少しわかってきたぞ」
アルヴィン閣下は鼻をヒクヒクと動かす。
実際匂ったわけじゃないだろう。でも、打ち合いの最中、僕のクセのようなものに気づいて推察している。
経験か、学習か、それとも両方か。
なるほど。確かに『剣王』と呼ばれるだけはある。この人は剣だけで相手を丸裸にしようとしている。そういう意味では父様と似ている。
「解放したまえ」
「解放?」
「付け焼き刃の現代剣術では不利だ。しかし、身体に染みついた古い剣術なら、俺の首には届かなくとも、腕ぐらいなら獲れるかもしれないぞ」
アルヴィン閣下は持っていた木刀で軽く自分の手首を叩いて、狙いを示す。
僕は大きく息を吸い込んだ。
木刀を片手に持ち替え、ややスタンスを大きく広げて構えた。
「ルーシェルの構えが変わった。あんな構え、訓練でも見たことがない」
見学していたカリム兄さんが顎に手を当てる。側ではリーリスが相変わらず不安そうに見つめていた。
「ルーシェル……」
「大丈夫だ、リーリス」
「お父様?」
「何が起ころうと、ルーシェルは我が家の子どもだよ。私たちは信じて待てばいい」
不思議な構えに反応したのは、アルヴィン閣下も同様だ。
「構えを変えたか。面白い。見せてもらおうか、ルーシェル」
先に仕掛けたのは閣下の方だ。
極端な前傾姿勢はレーネルとの戦いでも見た。しかし、その迫力は父と子どもではレベルが違う。
一瞬にして僕の間合いを制圧すると、勢いそのままに振り下ろす。剣に纏う威圧感は火の如く、そのスピードは風の如くだ。
音を置き去りにした一撃は、僕の脳天に振り下ろされるかに見えた。
僕は冷静に回避する。
狙いは――――。
「回避したか。安心するのは早いぞ。お前の狙いは俺の打ち終わりの手首だろう」
アルヴィン閣下の手首に、僕の木刀が伸びる。それを読んだアルヴィン閣下は身体を振って、紙一重で避ける。逆に僕の手首を狙うつもりらしく、カウンターに備えて腕を上げた。
「決着だな」
「いいえ」
トンッ!
僕はアルヴィン閣下に向かって飛び込む。
そのまま脇に潜って、体勢を崩した。
「なっ! 体当たり?」
そう。それは術理でもなんでもない。
単なる体当たりだ。体幹の強い獣人なら、僕のような子どもの体当たりはさほどダメージにはならないだろう。
だが、一瞬崩すこと、それも読みにない攻撃……。
アルヴィン閣下の凄いところは賢いところだ。もっといえば、喋りながら相手を術中にはめて行く点だろう。
アルヴィン閣下は手首と首と宣言した。多分、僕がどちらかに攻撃するように心理的に誘導したのだ。
だから、僕はどれも選ばない。
現代剣術も、古い剣術も、血のことも今は関係ない。
僕が選ぶとしたら、今だ。
今のルーシェル・グラン・レティヴィアだ。
「いただきます」
「お見事……!」
体勢を崩したアルヴィン閣下に、僕の胴打ちが突き刺さるのだった。