第201話 息子の実力
本日コミカライズの更新はありませんが、
延野原作のコミックス『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』の4巻の発売日となります。後書きの下にはリンクがありますので、連休中に書店にお立ち寄りの際には是非よろしくお願いします。
『剣王』アルヴィン閣下との勝負は、あっという間に進んでしまった。
最初、クラヴィス父上も渋ったのだけど、閣下の目は本気だ。
もはや野獣となったアルヴィン閣下を止められる人間は、レーネルを含めていなくて、寸止めならと条件を付けて試合が決まった。
スタイリッシュな見た目と違って、結構好戦的な人物みたいだ。獣人らしいといえば、らしいのだけど、ちょっとモヤモヤする気持ちはある。閣下が戯れ程度で考えているならいいのだけど、僕は娘を負かした男の子だ。親として仇を――と、そこまで短絡的な人でないことを願いたい。
中庭の中央にはすでに上着を脱ぎ、袖の腕を捲ったアルヴィン閣下が立っている。その手には訓練用の木刀が握られていた。魔法がかかっていて、人には絶対に接触しないようになっている。
審判役としてフレッティさんが駆けつけ、いよいよ試合が始まろうという時、アルヴィン閣下の前に1人の騎士が進み出た。閣下の近衛として付いてきた騎士団長だ。
「閣下、ここは私にお任せください」
「団長、俺から楽しみを奪うのか?」
「相手は子どもとはいえ、レーネル様を破った男の子と聞きました。しかし、閣下の手をわずらわせる必要はありません」
「味見をさせろ、と」
「あるいは毒味かと……」
「面白い。……良いかの、ルーシェルくん」
うーん……。
僕は構わないのだけど、家族が納得のいかない顔をしていた。
子どもに大人が最大2人でかかるというのだ。
僕の強さを知っているとはいえ、心配するのは当然かもしれない。
それに1度決めたことを直前になって変更するのは、ちょっとフェアじゃないような。
「わかりました。その代わり交換条件ということで如何でしょうか?」
「交換条件?」
「僕がその人と閣下に勝ったら、閣下は今日1日、僕の言うことを何でも聞く――というのは如何ですか?」
「ほお……。面白い。乗った。良いかな、クラヴィス殿」
クラヴィス父上を1つ髭を撫でてから、頷いた。横のソフィーニ母上は心配そうにしていたけど、父上は僕の意図を汲んでくれたのだろう。即ちヤールム父様について話をしてもらうためだ。
「始めましょう」
僕と騎士団長が進み出る。
「突然すまないね」
「お構いなく。よろしくお願いします」
わざわざ手を差しだしてきたので、僕は握手に応じる。
途端騎士団長の顔色がみるみる変わっていった。
僕の手を握る手にも力を込めてきたのだ。
「うちのお嬢の仇は私が獲る!」
囁き声だったけど、めちゃくちゃ殺気が籠もっていた。
あははは……。もしかして、レーネルって家の中でも凄く愛されてる。
それで僕、結構目の敵にされているのかな。
「ごほん。2人ともそろそろ」
フレッティさんが間に入ってくれたおかげで、僕は団長から解放された。
アルヴィン閣下のごり押しのせいで、ちょっと予定が押してる。すでに調理を始めてる料理もあるし、炊事場で働いているヤンソンさんやソンホーさんのためにも早めに終わらせないと。
「始め!」
おっと。集中しなきゃ。
他の事を考えている場合じゃないな。
「手出しが遅れたな、ルーシェルくん。少々集中力が欠けているようだ。もしかして、もうおじさんに勝ったつもりでいるのかな」
「そんなことはありませんよ」
「へっ?」
間合いを詰めてきた団長に対し、僕もまた向かって行く。
あっさり側面を制圧すると、僕は抜け様に木刀をお腹に打ち込んだ。
ドォォォォオオオオオンンン!
身体に接触しないとはいえ、物理法則がねじ曲がるわけがない。
接触はなくとも、衝撃はしっかりと団長のお腹を貫いた。
そのまま後方の花壇へと吹き飛ばす。
「qあwせdrftgyふじこlp」
団長は目を回し、気絶する。
花の蜜をなめに来た蜂にチクチクと突かれていた。勝負ありだ。
「団長をたった一振りで倒すなんて……。やっぱりルーシェルは僕と次元が違う」
レーネルは目を丸くしていた。
家族も最初の1勝目に喜んでくれる。
クラヴィス父上もホッとした様子だ。
中でも1番声を張りあげたのは、ソフィーニ母上だった
「ルーシェル!!」
「勝ちましたよ、母上」
「違います。あれはあたくしのお気に入りの花壇なんですよ。今年やっと咲いた花だってあるのに」
大変ご立腹だ。
しまった。決着を急ぐあまり少々派手にやり過ぎてしまった。以後気を付けよう。
でも、母上とは逆に僕の一撃を見て、火が付いた人がいる。
アルヴィン閣下だ。
「面白い! さすがはレーネルに勝っただけはあるな」
「そ、それほどでも……」
凄い気迫だ。闘気も漲っている。大して動いていないのに、薄らと汗を掻いてて、身体もナチュラルにほぐれているようだ。
獣人はどっちかといえば、戦闘に特化した身体をしている。準備体操などしなくても、寝起きだろうと、0から一気に100の力を引き出せるのだろう。
問題は僕がその100の力を受け止められるか、ということだけど。
「休憩の必要はあるかね、ルーシェルくん」
「いえ。このままやりましょう」
料理の賞味期限が切れる前に、早めに終わらせないとね。
こうして僕とアルヴィン閣下は対峙する。
背後ではリーリスが指を組んで、見守っていた。その横にはレーネルが立っている。
「ルーシェルは勝てるかしら、レーネル」
「大丈夫。ルーシェルは強いわ。でも……」
アルヴィン父様はもっと強いけど……。
「はじめ!」の号令がかかる。
『剣王』アルヴィンと、『剣聖』ヤールムの子ルーシェルの決闘が始まった。








