第200話 それは必然の流れだった
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いよいよ『剣王』アルヴィン・ギル・ハウスタン閣下をお迎えする日がやってきた。
公爵家は朝からというより、3日前ぐらいから大忙しだ。
これはクラヴィス父上の言葉だけど、今回の接待相手は、この国の王に匹敵するほどの地位と格式を持っているという。そのため準備に余念がない。屋敷の方はソフィーニ母上が中心となり、さらにヴェンソンさんが向こうの執事長と会って、入念に打ち合わせが行われていた。
警備においても、わざわざ向こうのお抱えの騎士団がやってきて、フレッティさんとともに確認して回っている。
僕はレーネルを通し、『剣王』閣下にお目にかかるようにお願いしたけど、改めて考えてみると、とんでもない人を呼んでしまったのかもしれない。
クラヴィス父上にその事を伝えると、父上は「ははは」と笑ってこう答えた。
『それなら、私だって公爵家の当主だぞ』
うん。別に忘れていたわけではないのだけど、家族だからか、その威光のようなものを感じられなくなる時がある。それだけクラヴィス父上が、ジーマ初等学校にいる生徒やその保護者のように威張り散らしていないからだと思うけど。
さて、ついにアルヴィン閣下を乗せていると思われる馬車がやってくる。客車も、それを引く馬も大きくて、立派だ。数十騎の騎士と騎馬に囲まれながら、我が家の玄関前に横付けする。おめかしした僕は、家族と一緒に閣下を出迎えた。
やがて客車のドアが開くと、まず見慣れた人物が降りてくる。
「レーネル」
「レーネルさん」
僕とリーリスが声をかけると、向こうも反応し、ニコリと微笑む。
いつもとちょっと違う感じがするのは、学校の制服ではなく、レーネルがドレスを着ていたからだろう。
生地の色は透明感のある淡い水色。暗すぎず明るすぎないところが、レーネルの奥ゆかしさがとても現れている。質感は薄く、柄もないシンプルなデザインだけど、結び方によって大きな花模様を作ったりしていて、全体的に非常に凝っていた。
「る、ルーシェル。あんまりジロジロ見ないで。恥ずかしい」
「べ、別にジロジロ見てたわけでは……。学校では制服姿しか見たことがなかったから、その……ドレス姿は珍しいというか」
「そ、そう。で、でも、その……あんまりこうヒラヒラしたのは似合ってなくて。スースーするし」
「そんなことないよ。とっても似合ってる」
「あ、ありがとう」
レーネルは下を向く。頬は勿論、頭の上の耳も赤くなっていた。
僕の意見にリーリスも同調する。
「似合ってますわ、レーネル。お姫様みたいです」
「あ、ありがとう、リーリス。き、君も似合ってる。むしろリーリスの方がお姫様みたい」
リーリスも今日はおめかしをしていて、ドレス姿だ。濃い目の青の生地に、レーネルとは対照的な厚手の生地。華美な装飾はないけど、所々でフリルをあしらい、濃淡を演出している。肩を見せた、ちょっと大人っぽいドレスだった。
「わははは。よく来たな、我が根城に」
偉そうな声を上げたのは、ユランだ。
こっちもおめかしをしていて、リーリスやレーネル同様にドレス姿だ。
ちょっと大人びた感じの珍しい紫色のワンピースドレス。ただ不思議なことに銀髪のユランにはよく似合っていた。ただがさつな喋り方のおかげで、雰囲気をぶち壊してるけど。
「あなた…………………………誰?」
「ユランじゃ! お前を助けてやったじゃろ」
「あ。ああ! ごめん。ドレスを着ていたから誰かわからなかった」
めっちゃわかる。
馬子にも衣装というか。服1つで全然人の印象って変わるよね。
3人の女子たちと会話していると、ソフィーニ母上が僕を手招きする。
「ルーシェル、ちょっとちょっと」
「なんですか、母上」
「可愛いわね、あの子たち」
「え? ええ。そうですね」
「それで? ルーシェルは誰が好み?」
「ふぇ! ちょっ! 母上、いきなり何を言い出すのですか?」
「いいじゃない。お母さん、ちょっと気になっちゃって。ああ。これじゃあ、夜も眠れないかも」
よよよ、とばかりに額に手を当てる。
演技が丸わかりなんだよなあ。
母上ってお仕事の時はピシッとしてるけど、お茶目な時はひたすらお茶目なんだよなあ。
まあ、そんなところがソフィーニ母上のいいところで、可愛いところでもあるのだけど。
「これ、お前。アルヴィン閣下の前だぞ。ルーシェルをからかうのはそれぐらいに」
「ごめんなさい、あなた」
クラヴィス父上にたしなめられて、母上は舌を出す。
そう。今回のメインはアルヴィン閣下に会って、昔の話をしてもらうことだ。
そして僕はまだ閣下に会っていない。
すると、客車からヌッと大きな手が現れた。ただ手が客車の入口の上端を掴んだだけなのに、妙な存在感がる。それまで感じなかった強い気配に、僕は思わず構えそうになる。
濃い覇気の向こうから牛革のブーツがぬっと現れると、公爵家の玄関前に着地した。
「なかなかかまびすしい家ですな、公爵閣下」
豊かで張りのある声を響かせ、クラヴィス父上の前にやってくる。
(これが今代の『剣王』か……)
黒曜石を思わせるような長い黒髪。目は赤く、小さくて鋭い。いくつかレーネルと違う部分があるが、特に色白のレーネルと比べて、アルヴィンさんは褐色だ。獣人の雄と雌では、同種族でも毛の色に差が出るというのを何かの本で読んだことがあるけど、たぶんそういうことなのだろう。
もっと大柄で胸板が厚い、豪快な戦士かと思ったけど、印象はまるで違う。無駄な筋肉はなく、スラリとしていて、それこそ1匹の狼を思わせた。
最初に出迎えた父上は、深々と頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました、アルヴィン閣下」
「こちらこそ急な訪問を快諾いただき感謝する、クラヴィス公爵閣下。おそらくこうして面と向かって言葉を交わすのは初めてかと思うが、いかがであろうか?」
「国王主催のパーティーで、少し挨拶をさせていただいた程度でしょうか? 閣下はとても人気なためお話するのもままなりませんでしたが」
「何を言う。そなたも常に3、4人のご夫人に囲まれていたではないか?」
アルヴィン閣下は意地悪く笑う。
側のソフィーニ母上の眉宇が少しだけ動いたのを僕は見逃さなかった。
「閣下、そういう冗談はやめてください」
「フハハハハ。まだまだ夫婦仲は良好のようだな。結構結構」
クラヴィス父上が苦笑いを浮かべれば、アルヴィン閣下は大口を開けて笑う。
ちょっとジョークすぎるけど、場の緊張が少しほぐれたような気がする。
「立ち話もなんでしょう。ひとまず中へ。我が家の料理人が腕によりをかけて……」
「そのことなのだがな、公爵閣下。すまないが、公務が押して、昼の間食を先ほど摂ったばかりなのだ」
「なんと……。ならば、少し休憩をしてから」
「それには及ばぬ。最近公務ばかりでな。少し身体が鈍っておる。身体を動かし、腹の中のものをすっかり消化しようと思っておる。鍛錬に適した広々とした場所はないだろうか」
「我が家の中庭がいかがでしょうか?」
「かたじけない。公爵閣下、もう1つ我が儘を言わせてくれ」
「なんなりと」
クラヴィス父上が軽く頭を下げると、アルヴィン閣下は僕の方を向いた。
柔らかく微笑み、僕の前に立つ。
「君がルーシェルくんだね」
「は、はい。初めまして、アルヴィン閣下」
「娘がお世話になってるそうだね。少々じゃじゃ馬で手がつけられないだろう」
「い、いえ。レーネルはとても良い子ですよ。学習意欲も高く、授業に熱心に取り組んでくれています」
「ほう。……レーネルか」
「何かお気に召さないことでも」
「いや……。ところで君はうちの娘と決闘し、勝利したそうだね」
ここまで僕はアルヴィン閣下の思惑を読めなかった。でも、後で思い返してみると、この流れが偶然ではなく、必然だったのかもしれない。
「どうかね」
俺と勝負しないか?