第199話 王の料理
コミカライズ、今週土曜更新です。
よろしくお願いします。
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『剣王』アルヴィン・ギル・ハウスタンを招いてのパーティーは、5日後に決まった。
他には娘のレーネルや、向こうの騎士団や騎士団長も参加される予定だ。
クラヴィス家の方は家族全員でおもてなしするつもりだから、賑やかなパーティーになるはず。勿論食いしん坊な食客も含めてね。
それもあって、僕は早速パーティーに出す料理の下拵えしていた。詳しく話すと、以前仕留めたブルーバットベアーの解体だ。
「ルーシェル、そろそろ休憩しませ――――キャッ!!」
リーリスが屋敷の裏手にやってくる。
僕と顔を合わすなり、リーリスは悲鳴を上げた。持っていたトレーと、それに載った冷たい水が落ちそうになったが、間一髪ある人物に支えられる。リーリスのピンチを救ったのは、背後についていたヤンソンさんだ。さらにその後ろには、ソンホーさんもついてる。
「リーリス、大丈夫」
僕は心配して近寄ろうとしたが、ヤンソンさんが手を止めた。
「お前、自分の恰好を見てから他人のことを心配しろ」
「恰好?」
何故リーリスは僕を見て驚いたのだろう。
自分の姿を見る。真っ白なエプロンにベッタリと血の痕がついていた。持っている包丁も同様で、刃に映った僕の頬にも血がついている。なるほど。リーリスが驚くのも無理はない。
僕は授業でも使ったクラウドスパイダーを取り出す。一旦身を綺麗にする。
「驚かせてごめんね、リーリス」
「い、いえ。そのルーシェルだけじゃなくて。後ろの……」
「後ろ?」
振り返ると物干し竿にブルーバットベアーが吊されていた。毛を剥ぎ取られ、一部は内臓が露わになっている。頭を下にして血を抜いていたから、これまたショッキングが光景だ。
「わわわわ! ごめんごめん」
「大丈夫です。いきなり目に入ったので、ビックリしましたけど」
リーリスは自分を落ち着かせるように息を整える。
僕がリーリスを心配する横で、ヤンソンさんとソンホーさんが興味深そうにブルーバットベアーを見つめていた。
「にしてもデカいな。さすが魔獣。そこらの熊が可愛く見えるぜ」
「肉質は悪くなさそうだがな」
ヤンソンさんが大きさを讃えれば、ソンホーさんは実際肉に触る。
僕はリーリスが持ってきてくれたお水を一口含んだ。
「ブルーバットベアーを扱うのは2回目なんですけど、強い肉の旨みと独特の甘みを兼ね備えています」
「それを聞いたら食べたくなってきたわい」
「勿論、料理長には試食してもらいます」
「それは楽しみだが、いいことばかりではないのだろ?」
さすがソンホーさんだ。
まだ口にしていないのに、説明だけでブルーバットベアーの弱点に気づくなんて。
「はい。強い旨みの代償といいますか、クセというか、少々臭みが強い食材です」
「熊料理を作る時もそうだ。あいつらの肉は鹿や猪と比べても随分臭いからな。お前さんが入念に血抜きをしているから、すぐわかったわい」
ソンホーさんは熊料理の経験もあるのか。
経験豊富で、百戦錬磨の戦士のようだ。
「そんな臭みのある食材をどうするんだ?」
「やることはあまり変わりません。湯通しをしたり、数種類の野菜と一緒に長時間煮込んだりするだけです」
「ルーシェルにしては地味だな。なんかスゲー食材を出して臭いを消すのかと思ってたんだが……」
「色々試したんですが、基本的なやり方が一番早くて、手っ取り早いということがわかりました」
僕の意見にソンホーさんが頷く。
「時間をかけたからといって、良い料理とは限らん。かといって、手を抜くために時間を惜しんでは良い料理はできぬ。調理とは奇を衒うものではない。大事なのは基本だ」
「肝に銘じます、料理長」
ソンホーさんがたしなめると、ヤンソンさんは素直に頭を下げる。
リーリスもちょっと遠巻きに解体されたブルーバットベアーを眺めていた。
「立派なお肉ですね。こんなに大きいとどこの部位を使うか迷っちゃいますね」
「アルヴィン閣下にお出しする部位は決まってるよ」
「え? どこですか?」
「これだよ」
僕は吊されているブルーバットベアーのある部位を持ち上げた。
「え? そこを食べるんですか?」
「おいおい。まさか」
「ほう……」
熊の手か……。
大きな肉球に、ナイフより少し小さい鋭い爪。見た目はなかなかワイルドだ。
およそ食材とは思えない。そもそも手を食材とする野生生物が少ないはず。
しかし、その中で熊の手は食材としての美味しさもさることながら、1つの意味を表していた。
「小僧、お主――『王の料理』を知っておるのか?」
「王の料理?」
リーリスは首を傾げたが、僕は知っていた。
何故なら僕は300年前、その料理を食べていたからだ。
ヤールム・ハウ・トリスタンと一緒に。
「300年前よりもっと前に大きな王国があってね。そこである料理人が作った料理に、当時の国王が大層気に入ってね。その日に出された8種類の料理を王にしか出してならないと御触れを出したんだ」
「その8種類の料理が『王の料理』なんですね」
「うん。即ち――――」
熊の手。
サメの塩漬け卵。
鮫鰭。
ガチョウの肝臓。
地中茸。
ボラの卵巣。
エットウツバメの巣。
大王巻き貝。
「どれも高そうな食材ばかりですわ。それに『巣』って食べられるんですか?」
「食べられるよ。といっても、エットウツバメの唾液を固めたものだけどね」
「ルーシェルは食べたことがあるんですね」
「昔の家でね」
「あっ……。すみません。思い出させてしまって……」
「いいんだよ。剣の修業はともかく、料理人たちが作ってくれた料理の思い出は、僕にとって貴重な思い出なんだから」
トリスタン家にいた頃の記憶が全て悪いものだったかと言われれば、そうではない。
いい思い出も沢山ある。だからこそ、僕は忘れられないのだろう。300年経っても。
「『王の料理』を魔獣料理で再現しようというのか。面白い試みじゃの」
「相手は『剣王』ですから。閣下も喜んでくれるかと思います」
僕の提案に、ヤンソンさんは笑った。
「なるほど。『剣王』だけに、か。考えたな、ルーシェル」
最後には僕の頭を乱暴に撫でる。
それを見ながらソンホーさんは頷いた。
「よし。メインはお前に任せた。今回も頼むぞ、ルーシェル」
「はい。任せてください」
僕は胸を叩くのだった。








