第196話 彼女たちの手
間一髪だ。
妙な魔力の気配があったから様子を見に行ったら、まさかこんなことになっていたなんて。
それにしても、ブルーバットベアか。
Aランクの魔獣がなんでこんなところにいるんだろ?
(それに……)
僕は近くの石の裏を見る。
確認すると、そこには魔力が込められた魔石が埋め込まれていた。似たような気配の魔力があと4つ。これは結界だね。自然にできたものじゃない。人為的に作られたものだ。
誰かが仕掛けたことは間違いない。
でも、一体誰が? そもそも誰を狙ったんだろう。
嫌な予感がするなあ。
それもロラン王子の事件と似た嫌な気配だ。
「ルーシェル先生」
振り返ると、レーネルがナーエルに支えられながら僕の方を見ていた。
やはり獣人化の影響が出ていたらしい。
さて、ここで先生らしい労い方ってなんだろう。
やっぱり「頑張ったね」と褒めて上げるべきかな。
「よく頑張ったね、レーネル。ナーエルさんも」
「え?」
「何より2人の仲が元に戻ったことが良かったよ」
ナーエルがボロボロのレーネルを支えている姿を見て、僕はホッとする。
2人の関係はよく知らないけど、他人から見て、彼女たちはお似合いな気がする。友人としてだけどね。
僕が言うと、レーネルとナーエルは目を合わせる。
お互い同じぐらい頬が真っ赤になっていた。
「ルーシェル先生。先生にも謝らせてください」
「いいよ。そんなの」
「え? でも……」
「実はレーネルが何を苦しんでいて、何に焦っているのかはだいたい予想がついていたんだ。僕にも似たような経験があるからね」
「先生が?」
「そう。君以上に突っ走って、周りが見えなくなって……」
そして何もかも失ってしまった。
家族も、友人も、多感な時を……。
だから、今僕は本来得ることができた家族と友人、時間を取り戻そうとしている。
「そういう点ではレーネルは賢いよ。僕が気づけなかった大事なものの存在にギリギリで気づけたんだから」
僕は側のナーエルを見つめた。
でも、レーネルは納得がいかないみたいだ。
「でも、ボクは先生に八つ当たり……」
「なら1つだけ僕の願いごとを聞いてほしい。……ああ。でも決闘の報酬とは別だよ」
「は、はい……」
「その……、先生というのはやっぱりどうも妙にくすぐったいんだ。教壇の上で呼ばれているならまだいいんだけど、そこから降りた時はこう呼んでよ」
ルーシェルって……。
「せ……。る、ルーシェル?」
「僕も混ぜてよ、レーネル。君たちの仲間にね」
僕は手を差し出す。
レーネルはナーエルに目で会話する。
2人の意志は固まっていた。
そして頬が緩む。
「もちろん。ルーシェル」
「よ、よろしくお願いします、ルーシェルせ……ルーシェルさん」
良かった。
僕とも仲直りだ。
まあ、僕の場合最初から敵意を向けられていたりするだけなんだけど。
「あ~あ。お前らが争ったら面白いと思ったのに。結局こうなるのかよ」
茂みの向こうからクモワースが現れる。
側にはいつも通り取り巻きのアーラと、シャイロも揃っていた。
「残念だったわね、クモワース。あなたの思い通りにいかなくて」
「そんな身体で粋がるなよ。お前が強いのは知ってるけど、今ならおれでも勝てるんじゃね?」
「なら、今からやってみる」
「上等だ」
2人が睨み合おうという時、割って入ったのはナーエルだった。
ボロボロのレーネルを守るように、クモワースの前に立ちはだかったのだ。
「クモワースくん。わたし、クモワースくんがみんなをだましていたことを言うから」
「はっ? 何を調子のいいこと言ってるんだよ。だます? はっ? いつみんなをだましたよ。証拠でもあるのかよ」
「しょ、しょうこ?」
「ほら。ないだろ。おれはさ。お前がスッ転んで、それをレーネルと一緒に助けてやっただけだ」
「違う! わたしはクモワースくんに言われて、ルーシェルさんを……」
「知らねぇなあ。……あまり調子乗るなよ、平民。そもそも平民の言うことなんて、誰も信じねぇよ」
「そんな……」
「もうこれでわかったろ。ルーシェル・グラン・レティヴィアはコネと立場を生かして、生徒たちを牛耳ってるんだ」
ぎゅ、牛耳ってる?
なんか噂におひれがついてるんだけど。
まあ、元凶がクモワースだから仕方ないけど……いや、仕方なくはないか。
「レーネル……。お前らがチビ先生に就くなら、お前たちも同様に悪いヤツだ。覚悟しろよ」
「悪人が何を言ってるのさ」
「悪人? おれのどこが悪人だよ。証拠はあんのか? あんまりうるせえとめいよきそんで訴えるぞ!!」
証拠か……。証拠はないが、証人ならいるぞ……。
「え? ユラン?」
突然ひょこっと現れたのは、ユランだった。側にはリーリスもいて、神妙な顔をしている。
現れた銀髪の少女を見て、クモワースの頬が少し赤くなる。
しかし、ユランはそんな反応などお構いなしだ。
一体どこにいたんだろう。
決闘には興味ないみたいなことをいって、王都の別荘で大人しくしているのかと思っていたのに。
ユランはズケズケとちょっと胸をそびやかし気味に、中心にやってくる。
「な、なんだよ、お前……」
「ふふん。……おい。出てこい」
ユランはパンパンと召使いを呼ぶみたいに手を鳴らす。
出てきたのは1人の学生だ。
その学生にユランは質問した。
「改めて問うぞ。ルーシェルの悪い噂を流せとそなたを脅したのは、クモワースだな」
「う、うん。そ、そうなんだよ。クモワースが言えって!」
クモワースの方をチラチラ見ながら、学生は訴える。
それはクモワースとは別の何かに怯えているようだった。
その発言を聞いて、クモワースは絶叫する。
「はあ! お前、何を言ってんだよ!」
「な、何って……。本当のことだ」
「なっ! お前まで裏切んのか? いいのか。そんなことをして! お前に悪い噂を流して、学校に――――イテテテテ」
がなり立てるクモワースの耳を、ユランが引っ張る。ユランにとって最小限の力なのだけど、元は竜だ。ちょっとの力だろうと、大人につねられるよりも痛い。
「ほら。証人を連れてきてやったぞ。そこの娘に、今証言したそやつの2人がお前に脅されたと言っておる」
「はあ? だから、おれは知らねぇって。2人がおれを……」
「2人では不十分か。そういうことだな」
「はっ?」
「なら、もっと集めようか」
再びユランはパンパンと手を叩いた。
すると、茂みの向こうからゾロゾロと5、6歳ぐらいの子どもが出てくる。性別も学級も関係ない。ただみんな一様に何かに怯えていた。
集まった学生たちを見て、顔を引きつらせたのはクモワースだ。取り巻きたちも青い顔をしている。覚えがあるのだろう。
「お主たちはどうじゃ?」
ユランが言うと、子どもたちはクモワースを指差した。
「クモワースくん言われました」
「クモワースくんに脅されて」
「クモワースくんが怖かったから」
「学校にいられなくするぞって、クモワースくんが」
クモワースくんが……、クモワースくんの……、クモワースくんは……。
次々と浮かぶクモワースの所行。
それに囲まれたクモワースは何も言わない。ただ呆然として、1歩も動けないようだった。声と言葉に囲まれたそれは、まるでクモワースを捕らえる檻のように見える。
つまり、クモワースに迷惑していたのは、ナーエルだけじゃない。ここにいる全員だったのだろう。
それにしても……。
「(ユラン、何をしたの?)」
「(我は何も……。ただリーリスに頼まれてな)」
「(リーリスが?)」
僕はリーリスに振り返ると、絶妙な微笑みが返ってきた。
どうやら僕には内緒の行動だったらしい。
「(どうやって、この子たちを説得したの? ユランと接点なんてないでしょ?)」
「(な~に。ちょっと夢見を悪くしてやっただけだ。我の本来の姿でな)」
「(夢見って……)」
うわ……。
なんか想像できる。
夜、トイレか何かで起きた生徒を、竜の姿で脅すユランの姿が……。
夢の出来事ととはいえ、さすがに効果が強すぎないかな。トラウマになっちゃうかも。
まあ、神のお告げならぬ、竜のお告げなら有り難がる子どももいるかもしれない。現にみんなこうして証言しているのだから。。
「こらっ! 何をしているの、あなたたち」
なんともタイミングよく現れたのは、ゾーラ夫人だ。
きっとこれもリーリスの仕込みなのだろう。
ゾーラ夫人は生徒たちの中心で真っ青になっているクモワースに近づいていく。
「クモワースくん、お話があります。聞かせてくれますね」
「せ、先生……」
ついにはクモワースは泣き始めてしまった。それを見て、取り巻きまで泣き始めてしまう。
「ご、ごめんなさ~~い。ぼく、ぼく……。ぶえええええええんんんんんんん!!」
「はいはい。とりあえず落ち着いて。学校も来られるかしら」
「う、うん」
ゾーラ夫人は手際よくクモワースを誘導する。手を引き、その場を後にした。
味方と思っていた学校の生徒がすべて敵に回ったのだ。これで懲りたろ。
しばらくはナーエルのような気の弱い生徒を脅したりしないはずだ。
それにナーエルには心強い騎士がいるからね。
僕と一緒にクモワースが連行されていくのを、レーネルもナーエルも見つめていた。
お互いの手は握りしめながら……。
遅れましたが、あけましておめでとうございます。
2024年も「公爵家の料理番様」のシリーズをよろしくお願いします。
また元日に発生しました能登半島地震に被災された方にお見舞い申し上げます。
一刻も早い復旧、生活が戻ることをお祈り申し上げます。