第194話 終局は早く
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「フーーーーーーーーッッッッ!!」
レーネルは強く息を吐き出す。
気のせいか獣人の体毛部分が伸びていってるように感じる。
いや、気のせいじゃない。
体毛が伸びていき、本当に獣のような姿になってきた。
体毛だけじゃない。
鼻が突きだし、体格も一回りほど大きくなる。鋭い瞳はさらに鋭角に吊り上がり、耳と尻尾をピンと立て、剣を持ったままレーネルは極端な前傾姿勢を取った。
見ていた学生の中から悲鳴が上がる。
子どもたちからすれば、今のレーネルの姿はひどく禍々しく映ったろう。
「それが君の……いや、ハウスタン獣剣術の本当の姿なんだね」
「そうだよ。父上以外に、これを使ったのは初めてだけど」
僕はそんな彼女を見て、少し悲しくなった。
何故なら、彼女の背後に薄く見えるそれは、ナーエルを助けるという信念でも、勝利したいという欲望でもない。
ただただ負けてはいけない、という義務感のようなものを感じたからだ。
「やはり君は僕と似てるね」
「先生と似ている? 違うわ。先生とボクは違う。背負ってる覚悟が違うの、よ!!」
レーネルは飛び出す。
さっきより断然早い。
筋肉が鋼の撥条ででもできているのだろうか。
驚異的な瞬発力で、一気に間合いを制圧する。
「うらっ!!」
裂帛の気合いとともに、上段を振り下ろしてくる。
(受けられるけど、これは受けちゃダメだ)
僕はあえて避けた。
当然レーネルはそれだけじゃない。
狼のように唸りを上げながら、僕を睨む。
さきほど同様に木刀を返し、地面を抉り飛ばしながら、切り上げへと繋げていく。
レーネルは次々と連撃を繰り出してくるけど、僕はそのことごとく避けていった。
「逃げてばかりじゃ、ボクには勝てないよ」
「逃げてるわけじゃない。何故僕が回避に徹するのか。それがわからないようじゃ君は一生僕に勝てないよ」
「偉そうに!!」
「態度に出ていたなら謝るよ。でも、一応僕が教師であることを思い出してほしいな」
攻防は5分ほど続いただろうか。
最初は食い入るように見つめていたクモワースも飽きてきたのだろう。ふわっと欠伸をしていた。
だが、終局は唐突に迎えた。
(そろそろだね。……あっ!)
僕が反撃に転じようとした瞬間、足を取られる。レーネルが周囲の地面を荒らしたおかげで、地中にあった石の一部が露出していた。
僕はその石に足を取られたのだ。
(単に振り回していたわけじゃないんだ。環境利用までちゃんと戦術に組み込んでいる。やっぱりレーネルは強いし、何より賢いや)
「とった!!」
レーネルは強く踏み込む。
態勢が不十分でもお構いなしだ。獣人の強い体幹が肉体を制御すると、尻餅をついた僕に容赦なく木刀を振り下ろした。
悲鳴と、土煙が上がる。
果たしてレーネルの木刀は僕の脇の横を抜け、僕の木刀の切っ先は彼女の喉の前で寸止めされていた。
森の中は静まり返っている。
ただレーネルが荒く吐き出す息の音だけが聞こえていた。
「クモワースくん」
「え? あ……? な、なんだよ」
「君、審判だろ? こういう場合、どうする? 試合続行? それともまだ僕たちを戦わせる」
「あ……。そ、そうだな」
クモワースは今一度、僕とレーネルの方を見る。お互いの木刀の先を確認した後、クモワースは声を上げた。
「勝負あり。勝者る、ルーシェル」
忌ま忌ましげに吐き捨てる。
自分の思うように行かないのはわかるけど、態度に出るのは審判としてどうかと思うよ。クモワースらしいけどね。
勝者を告げられ、レーネルは何も言わずに木刀を引いた。一礼すると僕の方に顔を見せずに振り返る。
「レーネル、納得いってないのかい? もう1回やる?」
「……いえ」
「そうか。少し先生らしいことを言わせて。君の剣術は素晴らしい。努力の賜物だ。でも、獣人変化を使うのは、子どものうちはやめておいた方がいい。最初はまだコンパクトに剣を振っていたけど、段々大振りになっていた。筋力は上がるけど、その分体力と集中力の消耗が激しいんだろ? むしろ子どものうちに多用する技じゃない」
「だから……」
「そう。僕は逃げた。君が体力を切らすのを待っていたんだ。最後の一振り。君が万全だったなら、勝負はわからなかったかもね」
「…………」
レーネルは何も言わなかった。
ややふらつきながら、ナーエルに近づく。
「ごめん、レーネル。負けちゃった……」
レーネルは謝るけど、ナーエルはそれどころじゃなかった。
自分のために泥だらけになりながら、戦っていた少女を見て、震えていたのだ。必死に口に手を当てながら、悲鳴を押し殺していたんだ。
「ナー……エル…………?」
「ご、ごめんなさい!!」
ナーエルは背を向けると、レーネルから逃げていく。
その後ろ姿を、レーネルは呆然と見送った。
「追いかけないのかい、レーネル?」
「ナーエルはボクを怖がってた。……ボクの姿を見て。ボク……、ボクは……」
「追いかけて!!」
声を張りあげたのは、僕じゃない
リーリスだ。頬を真っ赤にしながら、泣きそうな顔でレーネルに向かって叫んだ。
きっと泣きそうになっているのは、リーリスの感受性の強さゆえだ。優しいリーリスだからこそレーネルのことも、ナーエルのこともよくわかっているのだろう。
「大丈夫。ナーエルさんはちょっとビックリしただけだと思います。だから、早く!」
「行った方がいいよ。正直に話した方がいい。どんな結果になっても……。お互いに……」
僕もリーリスの意見に同調する。
何も言葉を交わさないままなんて勿体ない。
どんなに親しくても、言葉にしなけれならない思いはあると思うから。
ユランと僕の関係のように……。
「先生、リーリスさん……。ありがとう!」
レーネルは目をゴシゴシと擦る。
ナーエルの後を追い、森の奥へと走って行った。
いい瞳だ。
きっとあの瞳で戦われていたら、勝負はまた違ったものになったかもしれない。