第193話 身体に染みこんだ記憶
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コミックス3巻、本日発売です。
レティヴィア家で暮らすようになったルーシェル。
そこで起こった事件とは? おいしい料理に、魔獣レシピも公開です。
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十中八九、レーネルとの諍いは仕組まれたことだと、頭では理解していた。
ただ僕にも僕なりの狙いはあったし、何より『剣聖』ヤールムの息子として、今の『剣王』の息女の実力を純粋に計りたかったことは事実だ。
どんなに否定しても、家族が変わっても、不老不死になっても、僕の中に流れる血は変わらない。
レーネルを前にして、トリスタン家の血が疼いていた。
始め!!
合図とともに、レーネルはダッシュする。
速い。とても6歳の子どもの速度じゃない。
獣人という身体能力の高さに加えて、全身を撥条のように動かす技術。
一朝一夕では身につかない努力の跡が見える。
しかもレーネルは強かだ。
正面から来ると見せかけて、フェイントを1つ入れる。
ほぼ直角に身体を曲げ、僕の脇にうまく滑り込んだ。
最初から真っ向勝負しないということは、前回の経験を通じて最初から考えていたのだろう。レーネルの強い覚悟が見て取れる。この戦いは多分彼女にとっても大事な戦いなのだと思う。
何よりこれはレーネルにとって、友達を守る戦いだ。
そういう人は強い。レティヴィア騎士団のフレッティさんがいい例だ。
「よっ!」
「ッ!!」
レーネルの奇襲気味の横薙ぎに僕はあっさり対応する。
彼女にとって渾身の初撃だろう。
しかし、僕は簡単に受け止める。
レーネルはわずかに眉宇を動かした。
「ダメだよ。止まっちゃ」
僕は相手の木刀を受けると、一瞬態勢を崩したレーネルに向かって突きを繰り出す。
ほぼ顔面を狙った突きに対し、レーネルはかろうじて頭を振り、避ける。
タンッと地を蹴ると、十歩ほど後ろに下がって、距離を取った。
いい反応だ。
レーネルの実力なら躱せると思ったけど。若干余裕がなかったのは、最初の一撃をレーネルが考えた以上に、僕があっさり受け止めたからだろう。
それにしても凄いなあ。
竜でも、精霊でもない。
たった6歳の獣人の剣士がここまで剣術を極めているなんて。
「何を笑ってるの。今は決闘中だよ」
「ごめん。感心してたんだ。僕以外にもこんなに強い子どもがいたんだなって」
「気に入らないわ」
「え? ごめん」
「強いくせに……。そうやって謝るところとか!!」
レーネルは再び突っ込んでくる。
僕は思わず「はっ」とした。
(低い……!)
そう。低いのだ。レーネルの姿勢が……。
狼……、いやそれよりも低い。
走るというよりは、高速で地を這っているような動きだった。
レーネルは躊躇なく僕の間合いに入り込んでくる。
僕は木刀を振って迎撃するけど、躱された。これが姿勢の低い利点だ。普通に正面で戦う相手と違って、木刀が届く時間が遅くなる。
僕の振りは決して遅くなかったはずだ。
けど、木刀が届く時間は刹那遅かったことから、回避する時間が取れたとも言える。
それに目もいい。
僕の木刀を躱したレーネルは半身ほど横にずれる。
驚いたことに超低空姿勢でありながら、レーネルは地面に手をついていない。
つまり、木刀を持った手は自由だということだ。
「あなたの足をもらうわ。ハウスタン獣剣術――――」
【牙喰剣】!!
木刀が僕の足に喰いつかんとばかりに伸びる。
見事な剣術だ。
低姿勢でも崩れない獣人特有の強い体幹を生かした一撃。
剣術家にとって重要な足を封じる一手。
「本当に見事だ」
僕は跳躍する。
受けの対応は間に合わない。
なら回避するしかなかった。
僕がいた足場の上を、レーネルの木刀が通っていく。
ハウスタン獣剣術【牙喰剣】は文字通り空振りに終わった。
回避されるところまで読んでいたのだろう。
顔を上げたレーネルの視線は鋭い。
飛んだ僕の位置を確認すると、地面を叩く。
その反動を利用して、飛び上がった僕に木刀の切っ先を向けた。
「ハウスタン獣剣術――――」
【跳喰剣】!
名前の通り、木刀が跳ね上がるように僕の喉笛を狙う。
ハウスタン獣剣術はもちろん初見なのだけど、すべて獣の動きを模倣しているらしい。今のは野犬、あるいは狼の動きと似ている。
空中にいては動きが制限される。
加えて、レーネルの木刀は僕が思う以上に伸びてきた。
何だか思い出してきた。
(あまりいい思い出ではないけどね。自分が負けに負け続けてきた記憶なんて……)
さて……。あの時のヤールム・ハウ・トリスタンは、僕の剣をどうやって回避したんだっけ?
僕は木刀を返す。
襲いかかってきたレーネルの木刀に対して、柄の先を向けた。
トンッ!
レーネルの木刀と、僕の木刀の柄の先が接触する。
そのまま僕は力に逆らうことなく、後ろに引く。
ふわりと宙を舞って、着地した。
僕の特殊な受けに、レーネルは目を剥いていた。
「な、何を今の?」
「ん? わからなかったかい? 木刀の柄で受けたのさ。あの一瞬刃で受けるのはリスクがあったからね。僕の態勢も十分じゃなかったし。だから、木刀を杖のように使って、君の攻撃に対して逆らうことなく、後ろに下がった。それだけだよ」
一応理論的に説明してみる。
それでもレーネルは信じられないらしい。
だが、もっと信じられない人たちがいた。
周りのクモワースやリーリスだ。
さっきまで野次を飛ばしていたクモワースの取り巻きたちも、静まり返っている。
あれ? 僕、またなんかやったかな?
「な、なんだよ、今の」
「あれが人間の動きか」
「全然よくわからなかった」
クモワースとその取り巻きたちが、顔を青くしている。
リーリスも呆気に取られて、言葉も出ないらしい。
レーネルの実力があまりに面白くてつい集中してしまった。
本来、もっと周りの目を気にするべきだったろう。
こうなったら噂が噂でなくなっちゃう。
(妙なものだね)
こうやって人と剣を交えるのは、かなり久しぶりだ。
剣術の授業はクラヴィス家でも行っていた。
でもそれは教育としての剣術であって、殺し合いではなかった。
そう。トリスタン家では違った。
生きるか死ぬか。まさしく生存戦争だった。
(また思い出しちゃったな)
こうやってレーネルと交えていると、どうしてもトリスタン家の日々を思い出してしまう。もう300年も昔のことなのに。どうしてだろう?
いや、僕はちゃんと理解している。
だって、目の前のレーネルが昔の僕と重なるのだから。
「あなた……。何をしているの?」
「え? 何がだい?」
「気づいてないの?」
「え?」
ポタッ……。
地面に何かが弾けるような音を聞いて、僕ははたと気づいた。
そっと目元を指先で拭う。
見ると、かすかに潤んでいる。
僕……。
(泣いているのか?)
いつの間にか僕は泣いていたらしい。
何故かは、もうわかっている。
やはり名前は変わっても、300年という月日が経っても、あの頃の父様のことはどうしても思い出してしまう。
もう2度戻らない日々を、僕の中に染みこんだヤールム流の剣術が思い出させてくれる。
「ぼくの木刀は当たってないはず」
「うん。ごめん」
「謝らないでっていってるでしょ」
「ごめ――――。ちょっとね。思い出したんだ」
「思い出した?」
「遠い遠い過去の記憶だよ」
「遠いって……。あなた、まだ5歳でしょ」
「フフ……」
「何がおかしいの?」
「なんでもない。さあ、そろそろ決着を着けようか?」
「望むところだよ」
僕は切っ先を向け、レーネルもまた木刀を構える。
そしてこの決闘はクライマックスを迎えた。








