第190話 ルーシェルの悪い噂
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「くそっ!」
声を荒らげたのは、クモワース・フル・ミードである。
ミード伯爵家の子息で、それもあってか学年の中で幅を利かせている。
野蛮で支配的なクモワースのことを怖がる子どもは少なくない。爵位は伯爵だが、ミード伯爵は歴史の長い名家だ。鉱山を1つ所有し経済的にも豊かで、王族からの覚えもめでたいという。
彼より爵位が高く、さらにミード家以上の名家は別として、そのネームバリューは他の貴族たちには効果抜群だ。ある者は恐れ、ある者は従属を誓う。まさにガキ大将だ。
そんなクモワースの威勢が削がれる事件があった。
最近魔獣学の教壇に立つ、1つ年下の教師に手玉に取られていたのである。
クモワースほど目立つ子どもなら、その噂が広がるのも早い。例の課外授業から1日も経たずに、その授業内で見せた醜態が広まってしまった。
そのためクモワースはおおっぴらに動けなくなってしまったのだ。
しかし、自分が巻いた種ゆえに怒りのやり場に苦労し、自分の家臣か目の前の分厚い牛肉に当たるしかなかった。
「どうした、クモワース? そんな怖い顔をして? 食事が合わなかったのか?」
「ち、ちげぇよ」
「最近、魔獣学の教壇に立った先生に痛い目にあったのよ、あなた」
見かねたミード伯爵夫人が口を出す。
クモワースの顔はたちまち赤くなった。
「ま、ママ! 今いうことじゃないだろ!?」
「誰のおかげで、今日学校に呼び出されたと思ってるのです? あなたからも叱ってやってください」
「痛い目? クモワースはいじめられたのか?」
事情を知らないクモワースの父ドラードは、同母のレベリーからジーマ初等学校であった話を聞く。
「なるほどな」
「ぱ、パパから言ってやってよ。あいつ、年下なのに生意気なんだ」
「レティヴィア家と言えば、我らミード家よりも歴史は浅くとも、公爵家だ。さらに王家の歴史を編纂する大事な役目をになっている家系故に、我ら以上に王族との結び付きは強い。レティヴィア公爵家と事を構えたくはない。それも子どもの喧嘩でもな」
「じゃあ、おれが悪いってのか?」
「その通りよ」
母レベリーは口元を軽く拭いながら、素っ気ない口調で言う。
学校に呼び出されたことを、密かに腹を立てているらしい。
ドラードとレベリーは20歳以上年が離れている。若い新妻の制御の仕方には、ドラードも頭を悩ませていた。一方、クモワースはドラードが50歳の頃に生まれた子どもだ。孫ほどの年が離れているから可愛くて仕方がなかった。だからなのかレベリーのように叱る気にはならない。むしろ妻とは違って、その怒りの矛先はルーシェル、そして公爵家に向けられた。
「お前はやり方が直接すぎるのだ。わしのようにもっと頭を使え、頭を……」
「頭?」
「直接くださなくとも、その者にダメージを与えることはできる」
その発言に横で聞いていたレベリーが目くじらを立てた。
「あなた、何をしようというのです? 相手は公爵家なんですよ」
「レベリー、落ち着け。ジーマ初等学校は爵位のしがらみなく、学校生活を送れる自由で啓けた教育機関を謳っている。そういうのは関係ないだろ」
「それは建前でしょ」
「わしの可愛いクモワースが屈辱にまみれたのだ。その借りはきっちり返してもらう」
うちに怒りを秘めたドラードの顔は、横で食事を摂る息子と同じ顔をしていた。
◆◇◆◇◆
「こんにちは」
魔獣学を受けている生徒を見かけて、僕は挨拶をした。
僕は教師でもあるけど、向こうは先輩だ。こちらから挨拶するのは当然だと思っていた。でも、向こうから挨拶が返ってくることはなかった。返ってきた冷たい視線だけだ。
何故かこういうことが、ここ数日よく起きている。
気が付けば、僕の方に視線を向けては、何やら陰口を叩いている生徒もいた。僕の聴力ならすぐにわかるのだけど、あえて無視している。
学食のごはんをもらい、テーブルに着く。
不安げな視線を向けたのは、リーリスだった。
「大丈夫ですか、ルーシェル」
「ん? 何が?」
「ルーシェルに変な噂が立っています」
「言わせておけばいいのだ。他人の陰口など」
リーリスの横で先に食べ始めてしまったユランが、パンをかじっている。
この後、騎士団の昼訓練があるらしく、急いでいるようだ。
「ありがとう、ユラン」
そう。最近周りで、何かしら僕に対する悪い噂が流れている。
影で同級生をいじめているとか。
学校にお金を積んで、入学させてもらったとか。
莫大な給金を要求してるとか。
本当によく出てくるなという根も葉もない噂ばかりだ。
けれど、僕は山育ちだけど公爵家の子息。
爵位が高い貴族ほど、偉そうにしているイメージが付き纏うから、結構信じている人が少ない。
僕が教師をして、学校で特別扱いされているのも1つの要因になっているようだ。
どうして、こんな噂が立っているのか。
正直に言って、僕もわからない。
なんとなく想像は付くけどね。何せ噂が立ったのは、例の課外授業の後だ。
その出所を特定するのは難しいことじゃない。でも残念ながら証拠がなかった。
僕自身に直接影響がないこともあって、放置していたのだけど、さすがに看過できなくなってきていた。
「やはりアルテン学校司祭長様か、お父様に相談した方が……」
「それだと逆効果かもしれないね。噂の内容を考えると」
僕がアルテンさんや父上に、優遇された学校生活を送っている――ということが、噂の反感を買う原因になっている。
だからアルテンさんや父上に相談するのは、逆効果かもしれない。
「ルーシェルが遠慮してるのはわかりますが、最後はやはり……」
「うん。わかってる。いざという時は、アルテンさんに相談するつもりだよ。でも、あとちょっと――――」
「そうではなくて」
「え?」
そう言って、リーリスは僕の手を取った。
「わたくしもいます。だから、微力ながらわたくしにも手伝わせてください」
「リーリス……。ありがとう。うん。その時には頼りにさせてもらうよ。……もちろん、ユランもね」
僕は椀を掻き込みながら、チラチラと僕の方を見るユランにも声をかけた。
「うぐ……。べ、別に我は心配などしておらんぞ。ルーシェルにそんな必要などないからな」
「僕を信じてくれているんだね」
「べ、別に……」
ユランの白い耳たぶが赤くなる。
急いで残りの食べ物を食べると、椀と皿を重ねて立ち上がった。
「訓練に行ってくる」
「うん。頑張って、ユラン」
「ふん。我のことより、さっさと口でしか喧嘩できないヤツらの口を黙らせよ」
これってユランなりの励まし方なんだろうな。
「ありがとう。ユラン」
というと、ユランはふっと顔を赤くして、食堂から出て行った。
「僕たちも行こうか、リーリス」
「はい」
ユランと別れ、僕たちは中庭に向かう。
渡り廊下を歩いている時、不意に横合いから人の影が現れた。
「あっ!」
避けることは可能だったのだけど、場所が悪い。
少女が避けると、目の前の薔薇の木に突っ込む可能性があった。
僕は少女を受け止めることを選択したのだけど、今度は向こうが先に態勢を崩してしまった。
「あぶない!!」
転けそうになったのを見て、僕は少女の頭を抱え、一緒に倒れる。
そのまま少女に馬乗りするような形になってしまった。
見ると、少女に怪我はない。
ホッと息を吐いたのもつかの間、少女の目から涙がこぼれた。
「いやああああああああ! ルーシェル・グラン・レティヴィアにいじめられるぅううううううううう!!」
え? いじめ??








