第189話 父との食事
「魔獣料理を生徒に……!?」
アルテン学校司祭長の言葉を聞いて、僕は固まった。
今でこそ、家族の間の中では魔獣料理は定番になりつつある。
でも、魔獣料理を作る僕が言うのも何だけど、一般人からすれば「魔獣を食べる」というのは、なかなかハードルが高い。
「そんなに意外なことか、ルーシェル。お前、貴族の息子たちに魔獣を使ったお菓子を与えていたではないか?」
クラヴィス父上は僕の反応を意外そうに見つめる。
確かにあの頃は、何も考えずに割と美味しい魔獣料理を紹介していた。特にあの時は、子どもたちを喜ばせるために、お菓子の家を作ることに躍起になっていて、そこまで頭が回らなかったのだ。
こうして迷ってしまうのは、魔獣を教える立場になったからだろう。
最初に見せた生徒たちの拒否反応。あれを見た時、僕の感覚が少し違っていたことを自覚した。
生徒たちに魔獣料理を食べさせるのは素敵な体験だと思うし、是非カリキュラムの中に組み込みたい。
けれど、果たして生徒が、あるいは親御さんが納得するだろうか?
「ルーシェルくん、すまない。わしも少々考えなしに思いつきを言ったかもしれない」
「いえ。アルテンさんが悪いわけでは……」
「生徒に体験させることは悪いことではない。魔獣は毒でもないし、むしろ薬にも、美味しい食材にもなる。それを知ることは、魔獣を知ることに対する一助になることは間違いないだろう」
「それは僕も同意見です」
「他方、生徒の保護者に対して説明する必要はありそうだ。貴族たちは頑固だからな。全ての貴族がルーシェルくんの父上のように寛容というわけではない。まあ、クラヴィスは別の意味で頑固じゃがな」
アルテンさんは悪戯を仕掛けた子どものように笑う。
「自分で話して、自分の話の腰をわざわざ折ることはないでしょう、先生」
「場の空気を和ませたかっただけじゃよ。……ごほん。ふむ。その貴族たちを納得させられるだけの根拠があればいいのだが」
アルテンさんは腕組みをする。
僕以上に、生徒に魔獣食を体験してほしいようだ。
よほど気に入ったと見える。そこまで熱心に布教しようとする姿を見て、胸の辺りが熱くなった。
けれど、結局いい案が浮かばない。
そうこうしてるうちに、時間が来てしまった。
最後にアルテンさんが何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「そういえば、クラヴィスよ。お主の会いたいと言っていた『剣王』の話だが……」
「おお。アポが取れましたか?」
そう言う父上は僕の方を向いてニコリと笑った。
どうやらアルテンさんを通して、例の『剣王』とのアポイントを取ろうとしていたみたいだ。
「忙しい奴での。なかなかスケジュールが合わんくて、難儀しておる。あいつもあいつで、頑固な奴だからな」
「お手数煩わせてすみません、先生」
「なんのなんの。普段手紙すらよこさぬ悪童の頼みならば断ったが、その息子となれば骨を折る価値はあろう」
「は、ははは……。先生」
クラヴィス父上は顔を引き攣らせる。
2人のやりとりを聞いて、ゾーラ夫人が反応した。
「あら。『剣王』様のご令嬢なら、ルーシェルくんの授業を受けてますわよ」
「なんと!」
「本当か、ルーシェル」
「え? あ、はい。僕もつい最近知ったんですけど」
アルテンさんは自分を戒めるみたいに軽く頭を叩いた。
「うっかりしてたわ。確かに『剣王』の娘が、今うちの学校に通っておる」
「先生……。ボケるのは早いですよ。ルーシェル、どんな子だった?」
「とても強い生徒でした」
「ほう。お前が言うのだから、相当だな」
「そうじゃ!」
アルテンさんがポンと手を叩く。
「『剣王』に魔獣を食べさせよう!」
「ええ!!」
「せ、先生!?」
アルテンさんの突拍子のない提案に、僕と父上は思わず声を上げた。
「『剣王』もまた貴族だ。特に奴は他の貴族から恐れられているし、当然一目置かれている。奴が食べて問題ないと宣言すれば、誰も文句は言わぬであろう」
「名案とは思いますが、果たして応じてくれますかな、先生」
「まあ、なんとかしよう。ところでルーシェルくん」
「なんですか、アルテンさん」
「君からも娘さんを通じて、お願いしてくれないか?」
「え?」
「結局、他人をあてにしているじゃないですか……」
クラヴィス父上はやれやれと首を振る。
うーん。それは難しそうだな。
先生という立場でお願いしても、逆に心象が悪くなりそうな気がするし。何というか、レーネルさんって一匹狼って感じがするんだよな。
どこか昔の僕に似ているんだ、あの子は。
強くなることを定められ、孤立していってるというか。
周りが見えなくなっているというか。
そんな生徒だからこそ、僕は伝えたいのかもしれない。
強くなること以外に、大事なことがあることを……。
◆◇◆◇◆
レーネルにとって、父アルヴィン・ギル・ハウスタンとの食事はどこか拷問めいていた。
傍から見れば、貴族のどこにでもある家族との食事風景。
しかし、本来あるべきものがない。
食堂はしんと静まり返り、食器の音だけが響いている。
食事の席であるにもかかわらず、どこか達人同士が切り結ぶような緊張感があった。
その中、当主の席に座ったアルヴィンはワインをグラスの中で転がしている。芳醇な香りがふわっと湧き立つと、黒鼻を近づけて楽しんでいた。
「そういえば、レティヴィア公爵家の当主が俺に会いたがっているそうだ」
沈黙の食事会の中で、アルヴィンが言葉を発する。
一瞬、レーネルの手を止まったことを目ざとく見つけた『剣王』は問うた。
「どうした、レーネル。何か知っているのか?」
「いえ。何もありません」
レーネルは即座に否定するのだが、その横で母ナーエルが口を挟んだ。
「レティヴィア公爵家のご子息が、今レーネルの教師をやってるんですって。確か……魔獣学というのだったかしら」
「ほう。確かあそこの長男は勇者だったな」
「いえ。長男ではなく、クラヴィス公爵閣下が自らお迎えになった養子で……。それがレーネルとさほど歳の変わらないというのですよ」
「お母様、もういいです」
レーネルは止めた。
このまま進めば、あのことも話さなければならないと思ったからだ。
しかし、アルヴィンは興が乗ったらしい。
グラスを机に置き、やや前のめりになりながら話に耳を傾けた。
「レーネルとほぼ変わらないということは、子どもか?」
「詳しくは知らないわ。変わり者のレティヴィア公爵家らしいですけど」
「いくつだ、レーネル」
父が尋ねる。
レーネルは最初こそ黙っていたが、他に話題を変えることができず、結局白状した。
「…………たぶん、1歳下です」
「その様子だと、何かあったようだな、レーネル」
「な、何もありません」
「話せ……」
レーネルも人狼族。
当然、父も人狼族だ。
その圧力は獅子を前にすること以上に恐ろしい。
娘とはいえ、圧力から逃れることはできなかった。
「授業の一環で……。立ち合いを」
「ほう。それでどっちが勝ったのだ?」
「い、言いたくありません。それだけは……」
それは口が裂けても言えない。
年下に負けたなど。
おそらく今、この国で、いや全世界において1番強く、武人たる偉大な父の前で言えるはずがない。
しかし、そこまでの反応を見せれば、父も察しようはずだ。
前のめりになっていた身体が戻し、椅子に深く腰をつける。
「そのものの名前は?」
「確か……。
ルーシェル……。ルーシェル・グラン・レティヴィアです。








