第188話 前菜の評価
「うまい! こんなにうまい前菜は初めてだ」
アルテンさんは絶賛する。
その言葉にゾーラ夫人も同調した。
「ええ……。しっとりしていて、お肉のテリーヌとは思えないぐらいまろやかな味わいで」
「なのにどっしりとした肉の味わいを感じる。ほのかに感じる甘みは玉葱かな。それに潰したくるみか。シャクッとした食感がいいアクセントになってるわい」
「どっしりと来る肉の後に……、これはクリームチーズかしら。程よい酸味が肉のテリーヌを食べたことを忘れさせてくれるほど、口の中が爽やかに感じますわね」
2人ともどうやらかなりの健啖家らしい。
入ってる調味料のことを悉く言い当てられてしまった。
使ったのは眠りラビットの肉に、玉葱、胡桃、クリームチーズ、あと生クリームなんかも入っている。
調味は少なめにして、素材の味を生かす調理を選んで玉葱の甘みを強め、肉の重い脂質をクリームチーズのまろやかな酸味によって軽くしている。
勿論、それだけが味の秘密じゃない。
なんと言っても、この料理の肝は眠りラビットの肉だ。
「眠りラビットは兎の魔獣らしく、高蛋白でとても柔らかい肉質が売りなんです」
「しかし、ルーシェルくん。この肉は何か普通の兎肉とは違う気がする」
「そうですねぇ。兎のお肉って、もっと淡白な味がしますのに」
「夫人の言う通り。これはもはや豚肉を食べた時の印象に近い。何か調理法でもあるのかね?」
首を傾げるゾーラ夫人の横で、アルテンさんは熱心に質問した。
「質問に答える前にアルテンさん、教えてください。今、胃がもたれたりしてますか?」
「いや、だからこそ驚いている?」
「どういうことですか、先生?」
事情を知らないクラヴィス父上が尋ねた。
「年のせいか。最近めっきり肉料理が合わなくてな」
「昔、動物の脂を飲む程好きだった先生がですか?」
「クラヴィス、それは言い過ぎだ……。ごほん! わしも若くないということだろう。しかし、眠りラビットの肉は違う。肉の、特に上質な脂の旨みを感じる」
「それが眠りラビットの最大の特徴です。肉の脂を楽しめて、かつ胃にもたれないのが、眠りラビットのお肉のいいところなんです」
「そんなお肉が……」
「あるんですよ。眠りラビットのお肉には、実は整腸作用があって、食べるそばから胃や腸の働きを助けてくれるんです」
山でお腹がおかしくなった時は、よく眠りラビットを食べていた。
お腹がおかしいなあって思うと、食欲もなくなる。でも、お腹が空いてくるから何か入れたいっていう気持ちになった時、よく眠りラビットを食べていたものだ。
眠りラビットのお肉を食べても、逆に胃や腸がよくなるだけだからね。
まあ、食べ過ぎには要注意だけど。
胃が元気になりすぎて、食欲が過剰になったりするんだ。
「つまり、お通じにもいいということかしら」
「え、ええ。そうですよ、ゾーラ夫人」
「まあ、お通じがよくなると、お肌の状態もよくなるといいますからね。さすがルーシェルくん。また美しくなっちゃいそうだわ」
ゾーラ夫人はペロリと眠りラビットの肉を口の中に入れる。
咀嚼する肌から、すでに満足感と多幸感が迸っていた。
あの~、夫人。
ご飯を食べている時に、さすがにお通じの話題は不味いかと。
なんかソフィーニ母上とリーリスがなんか真っ赤になってるし。
「側のソースも付けてみてください。うちの料理長が作ってくれました」
「ほう。ソンホーが……」
僕に促されて、父上が口を付ける。
「おお! うまい! これはいける!」
「マスタードソースです。今回は粗挽きの粒をご用意しました」
「先ほどの味とは打って変わって、これは……」
「マスタードソースのつんとくる辛みと、クリームチーズの酸味が合わさって、また口の中の料理が軽く感じますね、あなた」
クラヴィス父上とソフィーニ母上は気に入ってくれたらしい。
お互いに顔を綻ばせながら、咀嚼する。
「いい味変だね。前菜でここまで手を尽くした料理は初めてだよ。うまい。腕を上げたな、ルーシェル」
「おいしいですわ、ルーシェル」
「うん。おかわり!」
「ありがとうございます、カリム兄様。気に入ってくれてありがとう、リーリス。……ちなみにおかわりはないよ、ユラン」
「なんだ! ないのか。つまらん」
「そんなにおいしかった?」
「うむ! おいし…………ふ、ふん。まあまあだな。むろんドラゴンステーキに負けるが。ああ! ドラゴンステーキが早く食べたいものじゃのぉ(棒読み)」
相変わらずこのホワイトドラゴンは強情だ。
でも、ソースを作ってくれたソンホーさんには感謝だな。
僕の料理を食べただけで、人の料理をここまで進化させるなんて。
まだまだ僕は料理長の足元にも及ばないや。
ディナーは進み。
ついに、メインの魚料理が出てくる。
やって来たのは、ソンホー料理長だ。
「鯛の塩焼きと、キノコのバター和えでございます」
皿に乗ったお洒落な料理に、僕も他の家族やお客様も驚く。
薄く焼けた鯛の塩焼きの下に、みじん切りにされたキノコのバター和えが敷かれている。
「綺麗だな。それに小さいのに、大きい」
皿の上にちょんと置かれた芸術的な料理だ。
大きさは僕が前菜と出したテリーヌとほぼ変わらない。
でも、皿に乗った料理長のメニューは小さいのに大きく見える程のインパクトがあった。
「ルーシェルの料理も良かったが……」
「これはまた深い何かを感じる料理ですな、料理長殿」
アルテンさんに声をかけられ、ソンホーさんは「恐縮です」と軽く頭を下げた。
僕も驚いている。
ソンホーさん、こんな料理もできるんだ。
見た目のインパクトは凄い。おいしそうはもちろんだけど、存在感に引き込まれる。
「では早速いただきましょう」
アルテンさんは口を付けた。
料理長のメインの魚料理は、本当においしかった。
塩だけで、淡白な魚の旨みを最大限に引き出した塩焼き。そこにバターやワイン、クリームを加えて、重なる味の層を作ったキノコは絶品の一言。キノコの旨みと、バターの芳醇な味わい。そこに鯛の身を合わせることによって、口の中に星空が生まれていくような感動が広がる。
特にキノコの芳醇な香りが最高だ。
バターが加わったことによって、さらに強化されているような気がする。
さすがはソンホー料理長だ。
300年、僕も料理をやってきたけど、まだまだ知らない味と調理方法があるのだ、と教えられる。
さて、問題はこのソンホー料理長のメニューの味に僕の前菜が美味く効いていたかどうかだね。
「ありがとう、ルーシェルくん」
口元を拭いながら、アルテンさんは言った。
「こんなに料理で満足できたのは、久しぶりだよ」
「お礼なら料理長と、僕の先輩に言ってください」
「いや、君の料理が1番の功労者だよ。この年だ。正直、パーティーやそこに出てくる料理を食べるのは、億劫なところがあってね。でもルーシェルくんはその悩みを吹き飛ばしてくれた。本当に礼を言う、ありがとう」
頭まで下げる。
恐縮するのはこっちの方だ。
慌てて僕は顔を上げると言った。
「いえ。僕はアルテンさんが何の気兼ねもなく、料理を楽しんでくれればそれだけでいいです」
「……ふふ。純粋だな、君は。クラヴィスよ。お前は悪童だったが、良き息子を持ったな」
「私には少々勿体ない息子です」
「しかし、魔獣がこれほどおいしいものとはのぅ。ルーシェルくん、この料理を生徒たちに食べさせることはできぬか」
「え?」
魔獣料理を?








