第187話 眠りラビットのクリームチーズテリーヌ
本日コミカライズお休みです。
なんか更新日って書いてたのは、誤報です。幻覚なので忘れてください。
12月19日拙作原作「劣等職の最強賢者」コミック4巻が出ます。
よろしければ、こちらもよろしくお願いします(後書き下にリンクあります)
レティヴィア家の別邸前に馬車が止まったのは、ちょうど太陽が王都を囲う城壁に隠れた頃合いだった。
頑丈な馬車から現れたのは、2人の人物。
1人は本日のメインであるアルテン学校司祭長。
もう1人のその学校司祭長にエスコートされながら、煌びやかなドレスを身に纏ったゾーラ伯爵夫人だった。
「世話になるよ、クラヴィス」
「先生、ようこそお出でくださりました」
僕と同じく出迎えたクラヴィス父上は気さくにアルテンさんを出迎える。
そう言えば、アルテンさんと初めて会った時、父上の〝師匠〟だと話していたっけ?
「その呼び方懐かしいな。お前に言われると、少しむずがゆくなる」
「何を言います。私の先生は今も昔も、アルテン先生だけですよ」
お互いの肩を叩きながら、微笑む。
いいな。大人になってもこうやって笑い合える関係って、ちょっと羨ましい。
「クラヴィス父上とアルテン先生はいつ頃出会ったのですか?」
「まだクラヴィスがほんの小さい頃だよ。ルーシェル君よりも、もう少し大きかったぐらいかな。あの頃は悪戯好きの悪童でな」
「え? 父上が悪童??」
「せ、先生。そういう話は子どもの前で話さないでください」
「ん? どうしてじゃ? 事実であろう」
「そ、その……大人の威厳というものが……」
「わっはっはっは! 悪童が大人の威厳か。それは良い。クレームなら、昔の己に言うのだな。あの頃、わしを困らせた罰じゃ」
「ぬぬぬ……」
普段は威厳たっぷりのクラヴィス父上が何も言わずに黙っている。
これは相当な悪童振りだったのだろう。
今度こっそり教えてもらおうかな。
「急な申し出にもかかわらず、この度はお招きありがとうございます、公爵閣下」
2人の話がまとまったところで、ゾーラ伯爵夫人が頭を下げた。
元々アルテン学校司祭長だけの予定だったけど、どこからか噂を聞きつけ、ゾーラ伯爵夫人も同行することになったらしい。
ゾーラ夫人が慌てて今回のパーティーに参加したのには理由があった。
「ようこそお出でくださいました、ゾーラ夫人」
「ありがとう、ルーシェルくん。制服もいいけど、その服も似合ってるわよ」
「ありがとうございます」
「ところで魔獣の料理を食べられると聞いたのだけど」
「え、ええ? ご興味ありますか?」
「勿論! あなたのことだから、きっとお肌にいいのでしょう?」
「ま、まあ……」
ご夫人はさらに綺麗になりたいらしい。
僕の目から見ても、ゾーラ伯爵夫人はかなりお綺麗になったように思う。
特に肌がプルプルだ。毎日僕が作った化粧品を使っているからだろう。
「立ち話もなんだ。どうぞ屋敷の中へ」
クラヴィス父上が2人をエスコートする。
こうしてパーティーが始まった。
◆◇◆◇◆
アルテン学校司祭長とゾーラ伯爵夫人を迎えた後、僕はエプロン姿になり、炊事場に戻る。
そこでは料理人たちが慌ただしく、動いていた。
料理はまだできていない。
出来立てを食べてもらうためは勿論、少しでも食材の鮮度を保つのが目的だ。
「ルーシェル、前菜はできてるのか?」
ヤンソンさんがソースを作りながら、僕に確認する。
僕は「大丈夫です」と返事した後、水場に向かう。
そこには加工された牛肉のように大きな袋がぶら下がっていた。
僕は結んでいた紐を緩めて、中から昨日仕込んでいた料理を取り出す。
包丁を軽く火で炙り、皿に盛り付けた。
昨日仕込んで、ブリザードブルの冷たい胃の中に入れておいたのだ。
この中に入れておくと、常に低い温度でキープできる。ものが腐りやすい、夏や雨期に入れておくと便利なのだ。
「如何でしょうか、ヤンソンさん」
「お。うまそうだな。どれ……?」
ヤンソンさんが手を伸ばすと、その前に別の手が伸びた。ソンホーさんだ。
ひょいっと口の中に入れ、モグモグと咀嚼する。料理長が自ら味見とあって、僕は思わず息を呑んでしまった。
時間にして、10秒もなかったと思う。
しかし、その咀嚼時間は1時間近く感じた。
「どうですか、料理長」
尋ねたのはヤンソンさんだ。
すると、ソンホーさんは手を動かし始める。
手早く近くにあった材料を取り、小皿の中で混ぜ合わせた。
最後に皿の上に、出来上がったソースを振りかける。
見た目にも美しい仕上げになった。
「これにはこのソースじゃろ」
ソンホーさんは「どうだ?」とばかりに口角を上げる。
僕とヤンソンさんは味見してみる。口の中に広がった味に、思わず目を丸くした。
◆◇◆◇◆
前菜が置かれた荷車を引きながら、僕は緊張していた。
お客様に料理をお出しするのは、これが初めてというわけじゃない。
でも、これまでは自由にさせてもらっていたけど、今回は違う。
ヤンソンさんやソンホーさん、他の料理人が作る料理とのバランスを考えなければならない。
特に前菜はお客様が今夜初めて見る料理になる。味はもちろん、見た目のインパクトも重要。そこをクリアできないと、次の料理への期待が薄れてしまう。
食堂のドアを開けて中に入る。
それまで華やかな談笑が続いていた部屋内は、僕が現れたことによって小さく歓声が上がった。
「今日の前菜はルーシェルか」
「楽しみですね」
「ルーシェル、早く食わせろ!」
クラヴィスさんとリーリスがお互い顔を合わせて、ニコリと微笑む。
その横で、ユランが食器を鳴らして怒っていた。お行儀が悪いよ。
リーリスもユランもおめかししている。前者は青のドレスを、後者は淡いピンク色のドレスだ。
僕はコック帽を取り、カリム兄さんやソフィーニ母さん、客人であるアルテンさん、ゾーラ夫人に会釈した。
「お待たせしました。それでは前菜を並べさせてもらいます」
「待ってたわよ。楽しみね~」
「ゾーラ伯爵夫人、お行儀が悪いですぞ」
身を震わせるゾーラ伯爵夫人を、アルテン学校司祭長がたしなめる。
僕はクスリと笑って、給仕と一緒に皿を並べていく。一斉に銀蓋を取ると、現れたのはふわふわの雪を固めた四角い料理だった。
「まあ、何と美しい」
「綺麗……」
「うむ。いい匂いだな」
ゾーラ夫人、リーリス、そしてユランが息を呑む。
料理の正体について、最初に尋ねたのはアルテンさんだった。
「こんな料理、見たことがない。真っ白だ。これは一体……」
「こちらは眠りラビットのクリームチーズテリーヌです」
「眠りラビット!」
「テリーヌ!」
アルテンさんとゾーラ夫人が同時に声を上げた。
僕が作る魔獣料理をよく知る家族も目を丸くしている。
「眠りラビットとは、あの眠りラビットかね。Dランクの……。一部の森だけに住むという」
「はい。その眠りラビットです」
学校司祭長らしい驚き方だな。
父上の師匠だけあって、魔獣にも詳しいみたいだ。
一方、ゾーラ夫人は別の意味で驚いていた。
「色々料理は見てきましたけど、こんなに美しい料理は初めてですわ」
その言葉を聞いて、ちょっと僕はホッと撫で下ろす。
おそらく見た目のインパクトは十分だろう。
今度は味の方だ。
「先生、夫人……。どうぞ見てばかりいないで、そろそろ味わってみてはいかがですか?」
「そうだな」
「では……」
アルテンさんとゾーラ夫人は同時に口を付けた。
「むっっっっ!」
「これは……」
「「ふおおおおおおおおおおおおおお!!」」
2人の絶叫が響き渡るのだった。








