第186話 前菜の特徴
☆★☆★ コミカライズ更新日 ☆★☆★
ヤンマガWEBにてコミカライズ更新されました。
ついにルーシェルとホワイトドラゴンが対面?
一触即発の最新話を是非見てくださいね。
(月曜日にはニコニコ漫画にて、追いかけ更新してます。そちらも是非)
生徒としても、教師としてもジーマ初等学校に慣れてきた頃、レティヴィア家に学校司祭長――つまりアルテンさんを招くことになった。
普通学校司祭長が、生徒が住む屋敷に来ることはないそうだ。
でもアルテンさんは、クラヴィス父上とは旧知の仲。しばらくお互い離れて暮らしていたこともあって、ゆっくり話そうということになったらしい。
学校司祭長が来るというだけあって、レティヴィア家の別荘は朝から騒がしい。
来るのは明日なのだけど、領地にある屋敷と違って、こっちの人員は半分以下だ。そのため仕事が倍になっている。明日には屋敷から増援が来る予定だと、ソフィーニ母上が言っていた。
炊事場もピリピリムードだ。
久しぶりのお客様である。
それも僕やリーリスが通う学校の司祭長となれば、失礼があってはいけない。
そのためソンホーさんも、メニューに頭を悩ませているらしい。いつもの時間から少し遅れて、炊事場で会議が始まった。
僕も参加する。
メニューを真剣に眺めながら、僕はあることに気づいた。
「ソンホーさん、前菜が書かれてませんが」
「ああ。小僧……、今回は前菜を担当せい」
「え? 前菜??」
「不服か?」
「い、いえ。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
今までメインや肉料理を任せてもらったことはあったけど、前菜を担当するのは初めてだ。
「メニューは任せる。ヤンソン、お前はサポートだ。いいな」
「またっスか? そろそろお守り……」
「不服か?」
「い、いえ! やらせていただきます?」
ヤンソンさんの不満を、ソンホーさんは目力だけで黙らせてしまった。
「気を付けろ、ルーシェル。今回の料理長はかなりカリカリしてるぞ」
「あは、あはははは……」
耳打ちするヤンソンさんの言葉に、僕は苦笑で返す。
たぶんソンホーさんがピリピリしてるのはわざとだろう。空気を引き締めるために、故意にイライラしてるんだ。
初めて料理を食べてもらうお客様だからね。
これぐらいの緊張感はあってしかるべきだと僕も思う。
人の口に入るのだから。
「何か言ったか、ヤンソン。小僧に代わって、お前が皿洗いをするか?」
「い、いえ! とんでもありません! 全力でお守りをさせてもらいます」
「よし。じゃあ、小僧を連れて、いつものところに行ってこい」
最後にソンホーさんはヤンソンさんに指示を出す。
いつものところってなんだろ?
市場かな?
◆◇◆◇◆
「へぇ~。剣王の娘が1個上にいるのかよ」
通りを歩きながら、僕はヤンソンさんに学校であったことを話していた。初めは世間話程度だったのだけど、話しているうちに止まらなくなってしまった。
ヤンソンさん曰く、随分と僕は学校を楽しんでいるらしい。
300年生きていて、初めての学校だから、はしゃぐのも無理ないかもしれない。
「とっても強い女の子でした」
「でも、お前にはかなわなかったんだろう」
「それは僕が彼女より長く生きてるからですよ。同い年なら、負けていたと思います」
病に冒されていたとはいえ、【剣聖】であるヤールム父様にあと1歩というところまで追い詰めた(ただし奇襲に近く、同じ手は2度と使えない戦術を用いて)。
おそらくその頃の僕でも、今の彼女には勝てなかったかもしれない。
「で、ヤンソンさん。どこへ向かっているんですか? 市場ならあっちですよ」
「あってるよ。ほら、ついた」
「え? ここって……」
ヤンソンさんがやってきたのは、立派な屋敷だった。
青銅の柵に囲まれていて、奥には立派な庭が見える。
白い壁に、オレンジ色の屋根もなかなかお洒落だ。
「知らないのか? ミュンスター家のお屋敷だ」
「ミュンスターって? え? アルテンさんの?」
何か本人と料理のことで打ち合わせするのだろうか。
首を傾げていると、ヤンソンさんは使用人が出入りする裏口に回る。
入口をノックすると、使用人と思われる中年の女性が現れた。
ヤンソンさんは丁寧に挨拶する。
「ああ。レティヴィア家の方? この度は我が主人がお世話になります」
「いえ。……ところで」
ヤンソンさんはいくつか質問を始める。そのほとんどがアルテンさんに出す料理のことだ。アレルギーや苦手なものを聞く。
(なるほど。おもてなしする人の好みや苦手なものをリサーチしにきたのか?)
どんなに年をとっても、食べられないものは出てくる。ソフィーニ母上などは、脂っこくて、しつこいものをあまり好まない。さしの入ったお肉よりは、赤みの方を好む。それは父上や、リーリスも同じだ。エルフの身体が、過度な脂を受け付けないからだろう。
ただアルテンさんはそうでもないらしい。
「うちのご主人は意外と脂っこいものが好きでね。でも、お歳を召してからすっかり変わってしまったけど。ご本人は時々グーゼの丸焼きが食べたいと、仰っているわ」
グーゼというのは、鴨の仲間で鳥肉の中では非常に脂分が多い。その脂分を固めて、蝋燭にすることだってできるほどだ。
そのまま丸焼きにしては、脂分が多すぎて、口の中にギトギトになってしまう。軽いエールなんかで流し込みながら食べるのが、酒飲み流の食べ方だ。
アルテンさんは昔、そのグーゼをパクパクと食べていたらしい。
相当胃が強かったに違いない。
ヤンソンさんの質問が落ち着いたので、僕も1つ尋ねる。
「今では全然お肉は食べないのですか?」
「食べるわよ。でも、やっぱり脂分が恋しいみたいだけど」
「なるほど」
要は胃に重くならない程度のお肉ならいいということか。
脂の性質によっては、アルテンさんに楽しんでもらえるかもしれない。
ある程度、話を聞いたら、僕たちはミュンスター家を出ていく。
ヤンソンさんは使用人に見てもらったメニュー表に、メモを入れる。
明日出すメニューについて、意見を聞くためにわざわざ屋敷にやってきたのだ。
「料理人の方って、こういうこともするんですね?」
「初めて料理を作る相手なら必ずやってる。といっても、各家の料理の責任者によるけどな。それで前菜の料理は決まったか?」
「はい。イメージが浮かびました。ヤンソンさんありがとうございます。僕の料理のために、同行するように言ったんですよね」
「オレはお前のお守りだからな。……で? わかってっか? 前菜は2つの役目を求められるって」
「はい。1つは見た目。もう1つはメインの料理との相性ですよね」
前菜は初めてテーブルに並ぶ料理となる。
見た目のインパクト。まず料理を食べたいと思う気にさせることが重要だ。さらにその食欲をメインに繋げることが、前菜の役目となる。
たとえば、メインがガッツリとした肉料理なら、前菜はあっさりとした魚や野菜を使った料理にするとかだ。
今回のメインは魚料理……。
なら、作る料理の方向性と、今回聞いたアルテンさんの好みはうまくマッチする。
「そう言えば、料理長からの言づてを忘れてた。今回は魔獣料理もありとのことだ。客人からも望まれているみたいだぞ。頑張れよ」
「ありがとうございます、ヤンソンさん」
よし。イメージが固まってきた。
早く帰って、料理がしたいな。
◆◇◆◇◆
炊事場に戻り、僕は早速コック帽を被ってエプロンの帯を締める
早速、明日のパーティーの前菜の仕込みを始めた。
「玉葱に、卵黄、そしてクリームチーズか。何の肉かはわからないが、なるほど。そう来たか、ルーシェル」
炊事場に並んだ食材を見て、ヤンソンさんはニヤリと笑った。
「はい。明日、僕の前菜はこの料理で行こうと思います」
眠りラビットのクリームチーズテリーヌです。
☆★☆★ 祝!! 全巻重版!! ☆★☆★
おかげさまで、「公爵家の料理番様」コミックス1、2巻が重版いたしました。
1巻は4刷り、2巻は3刷り目となります。
お買い上げいただいた皆様、ありがとうございます!
WEB、書籍の方もよろしくお願いします。








