第183話 実地授業
「僕は森の中に隠れるから、10を数えたらみんなで探しにきて」
僕はルールを説明する。
といっても、平たくいえば鬼ごっこだ。
ただし、鬼から逃げるのではなく、鬼を捕まえる鬼ごっこだけど。
大人から見れば、幼稚なごっこ遊びなのだけど、生徒たちは結構本気だ。「こんな遊びやってられるか!」って言いそうなクモワースも、口の端を吊り上げながら準備体操をしている。やる気がみなぎってる感じだ。自分が提案した授業方針に、生徒が乗ってくれるとこっちも嬉しくなる。
「おい。ちび教師」
相変わらず僕に対する態度をクモワースは改めない。
せめてその「ちび」っていうのをやめない?
僕から生徒に手を出すことはないと思うけど、クモワースだけ特別授業になるけど、いいかな?
「な、何かな、クモワースくん」
「お前を捕まえるなら、どんな手を使ってもいいんだな」
「もちろん」
「へぇ……。なかなか度胸あるじゃん」
クモワースは笑う。
それを聞いて、ゾーラ伯爵夫人は慌てた。
「ルーシェルくん、危険じゃない? 大丈夫?」
「今回、僕は魔獣役なので。実際の狩りにおいて、制約はないはず。魔獣相手なら尚更です」
「それはそうだけど」
「その代わり、僕以外の生徒に魔法や武器を向けたら、ダメだよ。その時は即刻授業から出ていってもらうから、そのつもりで。単位もつけないからね」
「た、単位も……」
「僕以外の人に向けなければいいだけさ。カウントダウンを始めようか」
生徒たちのカウントダウンが始まる。
僕は、森に隠れた。
さあて。ルーシェル・グラン・レティヴィアの屋外授業の始まりだね。
◆◇◆◇◆ 男子生徒の場合 ◆◇◆◇◆
「楽勝だろ。相手は年下の先生なんだから」
数人の男子生徒が固まって、森の中を練り歩く。
その反応は様々だ。虚勢を張る生徒、僕を侮る生徒、あるいは唯ならぬ気配を感じて、肩を竦める生徒。そんな生徒たちが徒党を組みながら、僕を捜している。
ずっと隠れて、生徒たちが僕を見つけてくれるのもいいけど、それじゃあ隠れんぼだ。ただ少し本気を出してしまうと、目の前にいても気づかなかったりするし。
今、生徒の後ろで歩いていても気づかないようにね。
「ごめんね。年下の先生で」
「「「「「わっ!」」」」
生徒たちは慌てて振り返る。
森の枝を折って作ったと思われる棒切れを僕の方に向けた。
「いつの間に?」
「さっきからずっとたよ」
「ちょうどいい。捜す手間が省けたぜ」
「覚悟しろ、先生」
「覚悟!」
徒党を組んでいるからかな。
授業では割とおとなしい生徒も、この時ばかりは鼻息を荒くする
こういう普段見せない生徒の様子を観察できるのも、教師ならではなのだろう。
「そんなとこに立ってないで。僕を捕まえてみたら」
「何を!」
「調子に乗って!」
「みんな、やるぞ!」
「「「「おお!!」」」」
数人がかりで僕に襲いかかってくる。
個々ではなく集団戦を選んだってことは、それなりに僕の実力を認めてくれているのかな。
生徒が持った木の棒の間合いに入った直後、生徒たちは僕の前から消えた。全員だ。そして、僕は覗き込む。
「大丈夫かい?」
「な、なんだよ、これ?」
「なんだって? 落とし穴だけど」
僕はキョトンとして首を傾げた。
生徒たちは僕に襲いかかる前に、仕掛けておいた落とし穴に落っこちたのだ。
「魔獣は落とし穴なんか作らないだろ!?」
「作るよ」
「マッドルードって言って、木の根のような姿をした植物系の魔獣は土を沼にする能力を持ってるんだ。そこに落ち葉なんかを被せて、人間や動物がその上にくるのをひたすら待つんだよ」
「え……。もしその沼にハマったらどうなるんだ?」
「ゆっくり身体を溶かされて、なくなっちゃう」
「ゲェッ!」
「安心して。沼にハマったら、その前に窒息死しちゃうから」
「ぜんぜん安心できないよ! というか、いつの間にこんな仕掛けを」
「余裕だよ。ほら……」
僕は魔法を使う。
地面が抉られると、あっという間に穴ボコを作り上げた。
さらにそこに木の枝を並べ、枯れ葉を被せる。
即席の落とし穴は完成だ。
その様子を見て、男子組は呆気に取られる。
「は、はぇえ」
「山暮らしが長かったからね。これぐらいは余裕だよ。じゃあ、僕は他の生徒も見てくるから。じゃあね」
僕はまさしく風のように去っていく。
ちょっとはしゃぎすぎたかな。
まあ、これもいい経験になるよね。
それにしてもクモワースくんがいなかったな。
取り巻きと一緒だろうか。
◆◇◆◇◆ 女子組 ◆◇◆◇◆
「きゃー! 可愛い!!」
女子生徒は声を上げた。
見つけたのは、ピンク色のウサギである。
目玉は黒く、頭の上には宝石。如何にも魔獣らしい容姿をしているけど、生徒たちにとってそんなことはどうでもいいらしい。
最初は物音に警戒していた女子生徒たちは次から次へと茂みの中から出てくる。
ピンク色のウサギを触ろうとした瞬間、男子組と同様に落とし穴に落ちる。彼女たちの災難はそれだけじゃない。下のネットに絡まると、動けなくなってしまった。
「残念だったね。魔獣が生息する山ではいついかなる時も警戒を解いちゃダメだよ。それが可愛い魔獣でも」
「ルーシェル先生! あんなのずるい!」
「ずるくないよ。実際、ウサギの形をした触手で野生動物や魔獣を誘い出して、捕食する魔獣は存在するんだ。今の君たちがまさにそれだね。その網は魔獣の胃だよ。君たちは魔獣に食べられてしまったってわけだね」
「ずるい! 人を騙すなんて。魔獣じゃない」
「人を騙すのは人間だけじゃない。むしろ生物を騙すことにおいては、野生動物や魔獣の方が先輩だよ。それに僕たちは家や食堂に行けば、ご飯を食べることはできるけど、魔獣たちはそうじゃない。人や生物を騙すことはご飯を食べるためには必要なことなんだ」
僕はネットを切ってあげると、女子生徒たちを地面に下ろしてあげる。
僕が仕掛けたウサギの置物を見て、女子生徒たちは首を捻った。
「魔獣は賢いんですね」
「うん。だから、僕たちももっと勉強をする必要があるんだよ」
「はい」
女子生徒はうなづく。
うん。素直なことはいいことだ。
さて、そろそろクモワースくんを捜そう。
向こうもきっと首を長くして待ってるだろうからね。
☆★☆★ 新作情報 ☆★☆★
来週10月25日から拙作原作「おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフ始めました」が
BookLive様で公開されます。
あらすじ
勇者の才能ゼロ――「お飾り勇者」と馬鹿にされながら、15年王宮で軟禁されてた勇者がついに引退。実は長い軟禁生活の中でとんでもなく「鍛冶」のスキルが上がっていた元勇者が、褒賞でもらった土地で鍛冶屋を始めるのだが、王宮では困ったことが起きていて、という感じです。
「アラフォー冒険者、伝説となる」をお読みになっている方であれば、
ヴォルフが鍛冶屋を始めた、というのが、もしかしてイメージを尽きやすいかもしれません。
今回初めてのオリジナル漫画原作ということで、
読者の皆様の反応がめちゃくちゃ気にあるところではありますが、
まず是非読んでください! よろしくお願いします。
版元様は「アラフォー冒険者、伝説となる」の同じメテオコミックス様。
作画は新人のふみおみお先生です。キャラもかっこ可愛いですが、スローライフに大事な要素である背景にもご注目ください(料理描写がとても丁寧なので、「公爵家の料理番様」が好きな方も是非!!)








