第182話 魔獣の生まれ方
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ホワイトドラゴンvsレティヴィア騎士団の戦いが白熱しております。
斎藤先生にもの凄く作画を頑張ってもらっているので、
是非見てくださいね。
「馬鹿にしてるのか!?」
生徒たちが小さな魔獣と戯れる中、その声は教室いっぱいに響き渡った。
ドタドタと足音を鳴らして教壇の方まで降りてきたのは、癖ッ毛の男子生徒だ。後ろには取り巻きの同級生を従え、僕に侮るような視線を向けていた。
癖ッ毛の男子生徒は、スルモが入った水槽を睨むや否やひっくり返す。スルモと一緒に水が教壇にぶちまけられたのを見て、生徒たちは悲鳴を上げた。
「クモワースくん!!」
憤然と声を荒らげたのは、ゾーラさんだ。
椅子を蹴って立ち上がる姿を見て、また生徒たちは震え上がったけど、クモワースくんには通じないらしい。眉毛を逆八の字にして、ゾーラ伯爵夫人ではなくて、僕の方に突っかかってきた。
「なんだよ、この授業は!! おれはな。魔獣生物学で魔獣を倒せる方法を知りたくて、この授業を受けたんだ。なのに、魔獣が触るだの、『かわいい』だのわけわかんねぇよ」
「クモワースくんだっけ? 君は魔獣を倒したいの?」
「そうだよ。だから、この授業を選択したんだ」
「どうして魔獣を倒したいの?」
「決まってるだろ。魔獣をいっぱい倒して、この世界から魔獣をなくすのさ! そしておれは英雄になる!!」
「よっ! さすがクモワースさん」
「未来の英雄!!」
「勇者!」
クモワースが胸を張ると、周りの取り巻きが囃し立てる。
その姿を見ていたゾーラ夫人は頭を抱えていた。
周りの生徒たちも遠巻きに騒ぎ立てる同級生を見つめている。
ゾーラ夫人は僕の授業を台無しにしたクモワースを叱ろうと迫るけど、僕が目で制した。
「なるほど。この世から魔獣を駆逐するか。確かにそれは素敵なことだね。もし、できればクモワースくんは本当に英雄になれるかもしれない」
「そうだろ。わかったか。……だから、お前の授業は何の意味も……」
「じゃあ、どうやって魔獣は生まれてくると思う?」
「はっ? お前は何を言ってるんだ?」
「魔獣を駆逐したいのなら、まず魔獣が生まれてくる元を断つ必要があるでしょ。なら、どうやって魔獣が生まれてくるのか、知っていて損じゃないんじゃないかな?」
「……た、たしかに」
頷いたのは、クモワースではない。
その隣にいた取り巻きの1人だ。
僕は生徒の方に向き直って、尋ねてみた。
「みんなも考えてみて。魔獣ってどうやって生まれると思う?」
「卵から生まれるんだよ」
「ぼくは洞窟の奥から生まれるって聞いた」
「お母さんのお腹をバリバリ食って」
「動物が月の魔力を受けて変身するんだよ」
生徒たちの意見はなかなか様々だ。
しかも、どれも的から外れていない。
僕はまず答えを言った。
「答えは“わからない”だよ」
「「「「え? わからないの?」」」」
「みんなの意見は間違ってないんだ。卵から生まれる魔獣もいるし、洞窟の奥にたまる魔力の中から発生する魔獣もいる。お母さんのお腹の中から生まれるものもいるし、月の魔力によって動物が魔獣になることもある。他にも魔獣が生まれる方法は、20種類以上もあると言われているんだ」
「そんなに?」
「20種類もあるんだ」
「すご~い」
「この子たちは、どれなんだろう?」
わいわいと騒ぎながら、みんなが僕の授業に聞き入っている。騒いでいたクモワースも、未だに生徒の輪に入らず、席に座って様子を窺っている生徒も、僕の方を見ていた。
「生まれる方法がわかってるなら、それをできなくすればいいんだろ」
クモワースは憤然と意見した。
「そうだね。でも、魔獣にとって1つだけわからないことがある。ゾーラ夫人、魔獣というのは俗名なのはご存知ですね」
「え? ええ……」
「では、魔獣生物学として正しい魔獣の言い方をご存知ですか?」
「勿論です。魔晶石生物ですね」
「その通りです。さすがですね」
「このくらいは」
ゾーラ夫人は得意げに鼻を鳴らす。
僕や生徒たちに褒められて、満更でもないようすだ。
僕は【収納】の中から、ストックさせている魔晶石を取り出す。魔獣の恐ろしい姿はとは裏腹に、それは宝石のように美しい光を湛えていた。
「石生物ということは、つまり鉱石から生まれた生物という意味なんだ。つまり魔獣というのは無機物から生まれた最初にして唯一の生物なんだよ」
「それがどうだって言うんだよ?」
「クモワースくん、よく聞いて。魔晶石は魔獣の言わば心臓。これがなければ、魔獣は生きていけない。それどころか消滅してしまう。その魔晶石がどうやって形作られるのか。その謎は誰もわからない。そんな生物を、僕たちが駆逐するなんて不可能に近いんだ」
「ふ、ふん! 誰もできないから英雄って呼ばれるんだろ。おれがなってみせる! おれが駆逐してやるんだ!」
「うん。それでいい」
「な、なんだと!」
「だったら、もっと勉強しないと。魔獣の中にはとっても凶暴なものがいる。強敵を相手にするなら、まず相手のことを知らないと」
というと、ついにクモワースは反論できなくなってしまった。
すると、ちょうど午後の授業の終了の鐘が鳴った。
こうして僕の初めての授業が終わりを告げたのだ。
◆◇◆◇◆
魔獣生物学を受けていた生徒たちが出ていくと、騒がしかった教室内は一気に静かになった。
僕は授業で出した魔獣たちを再び【収納】の中に戻した後、残っていたゾーラ夫人としばし立ち話をする。
「お疲れ様、ルーシェルくん。疲れてなーい?」
「全然と言いたいところですが、さすがに疲れました」
300年間、魔獣を食べ続け、力や体力ともに他を圧倒する力を得た僕でも、今日の体験は大変だった。
体力的には問題ないのだけど、気疲れというのはなかなか鍛えられるものじゃない。ずっと肩の上に重しを載せながら授業していたみたいで、終わった今は身体が軽く感じる。
「悪いわねぇ、ルーシェルくん。あたくしからもクモワースくんと親御さんには注意しておくわ」
「随分と魔獣を敵視しているみたいですけど、何かあったんですか?」
「プライドが高い子なの。他の教師も手を焼いてるわ。でも、あの子のミード伯爵家は名家でね。学校側もなかなか強く言えなくて」
寄付の件か。
ゾーラ夫人やアルテンさんも大変だな。
「わかりました。じゃあ、今度はその彼の望み通りの授業をしましょう」
「望み通り?」
「はい。望み通りです」
僕は満面の笑みをゾーラ夫人に返した。
◆◇◆◇◆
次の授業。
僕は野外で行うことを申告し、ジーマ初等学校の敷地内にある運動場に集まってまらう。
砂地の運動場に、動きやすい恰好で集められた生徒たちは戸惑いつつも、僕の方を向いて説明を聞いていた。
「はあ?? お前、魔獣に見立てて追いかけっこ?」
説明を聞いて、クモワースは声を荒らげる。
僕は間違いない、と頷いた。
「そうだよ」
「お前みたいなチビが魔獣の代わりになるかよ」
「ち、ちび……」
ちょっとピキッきた。
人が気にしてることを……。
僕だって、好きで背が低いわけじゃないんだ。
今回の授業はこうだ。
魔獣を捕まえる訓練をするから、僕を魔獣に見立てて、みんなで捕まえてほしい。
「ルーシェル先生、運動場で追いかけっこするんですか?」
「みんなで捕まえにいったら、すぐ捕まえられるよね」
「楽勝だよ」
生徒たちも楽観ムードだ。
そんな生徒を見ながら、僕は口角を上げた。
喜んでいられるのは今のうちだよ。
僕はそっと手を運動場に行く。
【樹木刺陣】
次の瞬間、運動場が震える。
地震かと思って、生徒たちはパニックになるけど違う。地面が隆起すると、現れたのは太い木の根だ。さらに空に向かって伸び上がると、青々とした緑が広がる。
生徒たちの前に現れたのは、鬱蒼と繁った森だった。
「うそ……」
「いきなり森が……」
「ま、魔法?」
「先生、なんでこんなことできるの?」
「僕が君たちの先生だからだよ」
生徒の最後の質問に、僕は和やかに答える。
呆然とする生徒の顔には、「そんなわけないじゃん」という言葉が浮かんでいた。
僕は気を取り直す。
「さあ、始めよっか」
果たして、君たちは僕を捕まえられるかな?








