第181話 ルーシェルの白熱教室
WEBTOON作品更新
延野原作の『ごはんですよ、フェンリルさん』が本日更新されました。
LINE漫画、めちゃコミック様でも更新されておりますので、是非よろしくお願いします。
それでは、ルーシェル・グラン・レティヴィア先生の白熱教室が開幕です(大嘘)
「みんなはどんな魔獣が好きかな?」
挨拶もそこそこに僕は早速、授業を始めた。
側にはゾーラ伯爵夫人が椅子に座って、目を光らせている。その眼光のおかげか、生徒たちは静かになったけど、僕に向ける視線は真面目とはほど遠い。中にも今にも飛び出してきそうな感じで、鋭い眼光を光らせる子どももいた。
さっきゾーラ伯爵夫人から、僕の経歴についてかいつまんで説明されたけど、みんな自分と年の変わらない子どもが教師と聞いて、警戒しているようだ。
好意的に受け止めてくれた生徒もいるけど、「なんで子どもに教わらなければならないんだ」って表情の貴族の子息子女がほとんどだった。
一応僕も公爵家の息子なんだけど、子どもには肩書きは通じないか。爵位が上とはいっても、偉そうにしている子ども――ぐらいのイメージなのかもしれない。
「魔獣が好きって?」
「そんなのいません」
「魔獣は悪者だろ」
「なんで好きにならなきゃいけないんだよ」
階段状になった教室のあちこちから不満の声が聞こえてくる。からかうように僕を指して笑う生徒もいた。
仮に僕が普通の子どもなら、この場で泣いていたかもしれない。まあ、普通の子どもじゃないから、ここにいるんだけど。
この反応は予想通りだ。
魔獣は一般的に悪。駆逐されて当然の生物だ。
でも、これは魔獣生物学。魔獣を色んな側面から、僕は教えなければならない。
「なるほど。確かにね。魔獣はとっても悪い存在。それはそうだと思うよ。でもね。魔獣だって結構かわいい奴だっているんだよ」
僕は再び【収納】の中から、先ほど髪を洗ってくれたクラウドスパイダーを取り出す。
「クラウドスパイダーなんか典型的だね。髪を洗ってくれる便利な魔獣だけど、こうやって触り心地もいいんだよ。モコモコしていて。……君触ってみる」
「え? おれ?」
僕は1番前で魔獣を凝視していた生徒を指差す。
さっき僕を煽った生徒の中の1人だ。
「なんで魔獣なんてさわらないといけないんだよ」
「これは魔獣生物学の授業だよ。魔獣を直接触るのも、勉強の1つじゃないかな? それとも怖いの?」
「ちちち、ちげーし! そんなわけないだろ」
「じゃあ、触ってみて。大丈夫。噛んだりしないから」
「別にビビってなんかないって言ってるだろ」
虚勢を張るのだけど、生徒の膝は笑っていた。
子どもの僕の目線から見ても、なんか尊い感じがしてしまう。
生徒は恐る恐るクラウドスパイダーに手を伸ばす。手の平が近づいていくと、徐々に生徒の顔が青くなっていった。
なかなか触ろうとしないので、僕はちょっと意地悪する。
「よっ!」
ポフッ! と音を立てて、生徒の手がクラウドスパイダーの身体の中に入っていく。
生徒は悲鳴を上げそうになったが、次第に表情が和らいでいった。
「ひぃいぃいいい…………ん? あれ?」
「とっても柔らかいでしょ?」
「うん。すげぇ! モコモコしてて! 楽しい!!」
さっきまで僕に対して悪態を吐いていた生徒の目の色が変わる。
クラウドスパイダーに手首まで入れると、グリグリと中で掻き回し始めた。
「クラウドスパイダーの周りの白っぽいものは、全部糸なんだ。その糸の中には、細い小枝のような本体があるんだよ」
「へぇ……! そんな魔獣がいるんだ」
「気に入ってくれたかい」
「うん…………。あ…………」
さっきまで突っ張っていた生徒は、みるみる顔を赤くする。めちゃめちゃテンションを上げて、はしゃいでいた自分の姿に今さら気づいたのだろう。
やっぱり中身は子どもだ(僕が言うのもなんだけど)。
「よーし。もっと魔獣を出してあげようか」
僕は【収納】から水槽を取り出す。
そこに魔法で水を入れて、再び【収納】を使って、魔獣を取り出した。
硝子の水槽に入れると、魔獣はプカプカと浮き出す。
次に取り出したのは、表面に緑色の藻のようなものが生えた丸い形状の魔獣だ。
その魔獣には目があって、キョロキョロと辺りを窺っていた。
突然水中に入れられて、驚いているらしい。
そのキョドっている姿がなかなか愛らしかった。
魔獣はすぐに女子生徒の心を鷲掴んでしまう。
『かわいい!!』
僕が水槽を差し出すと、生徒は恐る恐る手を伸ばす。
ヒラヒラした藻のような感触に、声を上げて喜んでいた。
僕が男だからなのか、何故かこのスルモは女性人気が高いんだよなあ。リーリスはおろか、リチルさんやミルディさんなんかも驚いてたし。飼う人もいたぐらいだ。
僕は次々と可愛い魔獣を出して、教壇の上に並べていく。さながら教室は小さな魔獣動物園だ。
怒られるかなって思ったけど、ゾーラ夫人に対しても好感触らしい。
先ほどのスルモに手を伸ばして、感触を確かめている。どうやらゾーラ夫人も飼いたいようだ。
魔獣を撫でる生徒たちの微笑ましい姿を見てると、袖を引っ張られる。
「ねぇねぇ、先生」
初めて「先生」って言われた。
袖を引っ張られなかったらわからなかったかも。
僕はハッとしたが、生徒の質問に耳を傾けた。
「どうして、この子たちはこんなに可愛いのに魔獣って言われているの?」
「いい質問だね」
この質問を待っていたんだ。
「魔獣の中には人間を捕食する凶暴な魔獣もいれば、クラウドスパイダーやスルモのような人を捕食しない魔獣もいるんだ」
「なんで? おれたちには害はないのに」
最初にクラウドスパイダーを触った生徒が僕を睨む。すっかり気に入ったらしく、モコモコの表面に頬ずりしていた。
「人間に危害はなくても間接的にはあるんだよ。たとえば、クラウドスパイダーの好物は人や動物の皮脂なんだけど、動物の種類によって、その魔力が附与された唾液に強いアレルギーを発症して、最悪死に至らしめることもある」
「え?」
「大丈夫。人は大丈夫だよ。主に肌の弱い動物だね」
僕が説明すると、生徒たちはホッと息を吐いた。
「スルモは主に水辺に棲息するのだけど、貴重な魚や苔、藻なんかを溶かして食べちゃう」
「ええええ! そんな怖い魔獣なの?」
「ゆっくりとだけどね。でも、スルモのいる池や水辺にみだりに身体の一部を入れたりしない方がいいね。目に入ると軽い炎症を起こしたりするし」
水槽に手を突っ込んでいた生徒は慌てて引き抜いた。
「みんな忘れていると思うけど、魔獣というのは略称だけよ。魔力害獣、あるいは魔法害獣というのが正しい読み方なんだ。人間に危害を加えるのが、魔獣のすべてじゃない。間接的に被害を与える魔獣も、魔獣というから気を付けてね」
『はーい』
ちょっと緩い感じの応答が返ってくる。
同時にチャイムが鳴った。
あっという間の1日目だけど、成功といっていいかな。魔獣にも色々いることを理解してくれたみたいだしね。
ほとんどの生徒が僕の授業に満足してくれたみたいだけど、数人椅子に座って遠巻きに見る生徒たちがいた。
今度はあの子たちも楽しめる授業にしないとね。








