第179話 初めての授業前
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◆◇◆◇◆ 授業が始まる1日前 ◆◇◆◇◆
「え? ルーシェル、教師に推薦されたんですか?」
素っ頓狂な声を上げたのは、リーリスだった。
夕食の席、家族との会話の中で僕は学校司祭長から教師に推薦されたことを告げた。
僕にお墨付きを与えていたクラヴィス父上は食事を続けていたが、何も知らされていない他の家族はポカンとした様子でフォークの手を止めている。
他に平静でいたのは、大きな鮭の燻製に齧り付いたユランぐらいだ。
「まあね」
「それでどうするんですか?」
「受けることにしたよ。魔獣の危険性を伝えることは悪くないことだし、何よりアルテン司祭長もかなり困っていたようなので。構いませんか、父上」
「ああ。もちろんだ。よく決断したな、ルーシェル」
「父上が推薦したんですか?」
リーリスが目を丸くしながら、視線をクラヴィス父上に向ける。
「そうだとも。ルーシェル以上の適任者はいないからな」
父上はナイフとフォークを置き、顎を撫でた。その表情はどこか得意げだ。
「はは……。まさか教師になってしまうなんてね。まあ、ルーシェルらしいといえば、らしいんだけど」
カリム兄様は苦笑いを浮かべる。
何せ見た目は5歳の教師だ。
意外なのは間違いない。
みんなが納得する中で、1人顔色を変えていたのは、意外にもソフィーニ母上だった。
「クラヴィス……」
「ん? なんだ? ソフィーニはルーシェルが教師をすることが反対か?」
「いえ。素晴らしいことですわ。ルーシェルにとって、いい経験になるでしょう。……でも、何故ご自分が手を上げなかったのですか?」
「え? いや……。私はこれでも忙しい身で……」
「その割には随分と蜂蜜をたっぷりかけたスコーンとお茶を用意して、中庭で長めのティータイムを楽しんでいらっしゃるではありませんか?」
「こ、これから忙しくなるんだよ」
「よもやご自分が受けるべき仕事を、もっともらしいことをいって、ルーシェルに任せたわけではないですよね」
ソフィーニ母上の声のトーンは、次第に上がっていく。
最後にあは背中に炎が浮かんでいた。
うわ~、めちゃくちゃ怒ってる。
普段仲がいい夫婦だけど、時々喧嘩が始まると容赦ないんだよなあ、母上……。
父上がピンチだ。
「落ち着け、ソフィーニ。これには訳があってな」
「では聞かせていただきましょう。ルーシェルにとって大事な時期を、一時とはいえ教師として扱うわけを」
「ルーシェルの個性を認めてもらうためだ」
「個性?」
疑問符を頭に浮かべたのは、僕だ。
クラヴィス父上は咳払いし、口元を1度拭って襟を正した。
「現実的な話として、ルーシェルを普通の子どもとして捉えるのは無理がある。初等学校は5年制……。いつかルーシェルの底知れぬ才覚と、不老不死という呪いに気づくと思うのだ」
うん。それは僕も認めるところだ。
自分の素性を隠したまま、5年間何もなく過ごすのは確かに難しい。
1番の理由は背丈だろう。
不老不死になってから、僕の背丈は少しも変わっていない。目に見える部分だけに、気味悪がる人も出てくる。
「むろん、レティヴィア公爵家の名前はルーシェルを守ってくれるだろう。……しかし、爵位で従わせるのは主従の関係であり、友達とは呼べない。だからこそ、少々荒療治ではあるけど、最初からルーシェルが他と違うことを学校に知ってもらうことにした」
「今年6歳になる新入生が教師となって、教壇に立てば、学校の中で話題になる」
「最初は驚かれるだろうし、侮れることもあるだろう。しかし、そこで立派に務めを果たせば、皆がルーシェルが持つ知識を個性として認めてくれるのではないかと思ったのだ」
たぶん、クラヴィス父上は僕がこの屋敷に来た時にやったことを、学校でもしろと言いたいのだろう。
たとえば、ソンホーさんに作ったポークビーンズだったり、給仕さんたちに作ったスライムの洗剤だったり。
最初は拒否したり、過剰に敬っていた人たちも、今や僕をレティヴィア家の一員として認めてくれている。
それを同じことをさせるために、クラヴィス父上はお膳立てしてくれたのだ。
「ありがとうございます、父上。何から何まで……」
「感謝など必要ない。私は親として当然のことをしているだけだ。……ただルーシェル。ここからが大変だぞ。レティヴィア家は我が身内だが、教室に座っているのは赤の他人だ。そういう人間に自分の個性を認めてもらうのは難しいぞ」
「承知しています、父上。僕は必ずみんなに、ルーシェル・グラン・レティヴィアを認めてもらいます」
「その意気だ」
最後にクラヴィス父上は僕の肩を叩いた。
(家族を安心させるためにも、教師を頑張らなくちゃ)
僕は鼻息を荒くする。
けれど、ちょっとだけ僕の考えは間違いだった。
それに気づくのは、少し後の話だ。
◆◇◆◇◆ 現在 ◆◇◆◇◆
そして今日が僕の教師デビューの日だ。
午前中は普通に授業を受けて、午後からはリーリスやユランとは別の教室で教鞭を振るうことになる。
ちなみに午後からの授業は選択制で、生徒自身が選ぶことができるようになっている。
同級生たちは選択制の中から選ぶことになるけど、僕は教師をすることで一定の単位をもらえる仕組みにしてもらった。
「というわけで、午後からは別行動だね。本当なら、リーリスとユランと一緒に勉強したいのだけど」
「いいえ。気になさらないでください。それに午後から選択制の授業ですし、いずれにしろ分かれたと思いますわ」
「ちなみにリーリスは何を選択したの?」
「薬学の授業を選択しました」
「薬学? あれって、上級生の授業じゃ」
「授業は難しいらしいのですが、下級生でも選択できるそうですから。今から勉強しようかと」
なるほど。
リーリスは薬学が得意だからね。
自分のスキルと知識を伸ばそうとしているのか。
思い切ったなあ。
僕はユランの方を向く。
お腹がいっぱいになったからか、なんだか眠そうだ。
ウトウトしているところに、僕は質問した。
「ユランはどうするの?」
「ん? 我か? 我は王宮の騎士たちに呼ばれてな」
「お、王宮の騎士に呼ばれた!? え? そんなの初めて聞いたよ?」
「なんでも試験での剣技を見て、訓練に参加しないかと言われた。ふわ~ぁ」
確かに試験のユランの剣技は圧倒的だったけど、あれはドラゴンの力があるだけで、技術としてはまだ未熟…………あっ! そうか。磨けば光ると思われたのかも。
いずれにしろ。王宮騎士団の訓練に参加するなんて凄いことだ。
「ルーシェルは大丈夫ですか? 上級生向けの講義なんでしょ?」
「大丈夫――とは言えないかな。でも、僕なりに、僕のやり方なりにベストを尽くすよ」
「成功を祈ってますわ」
「ありがとう、リーリス」
最後にリーリスと握手し、僕は2人と別れた。
僕は廊下を進み、講堂の扉を開ける。
さあ、ルーシェル・グラン・レティヴィアの教室の始まりだ!








