第177話 若返り化粧品?
拙作原作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』の単行本6巻が、本日発売となります。
本作の魔王様が表紙となっておりますので、ビビッときた方は是非お買い上げください。
よろしくお願いします。
消滅しないスライムを見て、10秒は経っただろうか。
アヴィヨル夫人は依然目を丸くしたまま固まっている。
魔物は傷付けられれば消滅してしまうことは、世界の常識だ。
それが覆され、かつ魔物の一部を回収できると知れば、驚くのも無理はないかもしれない。
「画期的な発見だわ。……でも、それを発見したのが、こんな子どもだなんて」
続いてアヴィヨル夫人は僕の方に視線を送る。称賛というよりは、化け物でも見るかのようだ。今にも分厚い化粧にヒビが入るのではと思うぐらい、夫人の表情は歪んでいた。
「信じていただけたでしょうか?」
「ま、まあ……。でも、あなたはその知識で何をするというの?」
その質問を代わりに答えたのは、アルテン学校司祭長だ。
「夫人、わしはな。二十年来付き合っていた腰痛を、ルーシェルくんに治してもらったんじゃ」
「腰痛を……?」
訳がわからないとばかり、アヴィヨル夫人はポカンとする。
僕はニコリと笑って、手に掴んでいたスライムを放り投げる。
【炎】
【風】
【水】
初歩の魔法を使い、空中でスライムに熱を加える。粘性のスライムはやがてクリームのように伸びていった。器に回収すると、指の先に今完成したばかりのスライムクリームをつける。
「アヴィヨル夫人、手を出していただけませんか?」
「な、何をするの? もしかして、そのスライムでできたクリームを、あたくしの肌に塗るおつもり?」
夫人は金切り声を上げる。
最初は警戒していたアヴィヨル夫人だけど、艶がかった滑らかなクリームを魅了されていく。
最後にはアルテンさんの方を向いた。
「大丈夫。わしが保証しよう」
「……学校司祭長がそういうのでしたら。でも、ほんの少し。腕に塗るだけよ」
「はい。お任せください」
僕はアヴィヨル夫人の腕にクリームを付け、さらに薄く塗り込んでいく。
アヴィヨル夫人の腕は、年齢よりも美しくみえる。きっと薬や乳液などを使って、手入れをしているのだろう。
それでも、年齢による乾燥やかさつきはなかなか隠せるものじゃない。
でも、このスライムクリームを付ければ。
「まあ!!」
先ほどまで口を尖らせていたアヴィヨル夫人の表情が花やぐ。
初めてお化粧をした女性みたいに目を輝かせていた。
「どうですか?」
「すごい! とっても綺麗!! 瑞々しくて、それに張りがあって。まるで20代の頃に戻ったようだわ」
「気に入っていただけて何よりです」
アヴィヨル夫人は飛び上がって喜ぶ。なんだか子どもみたいだ。
ずっと憤然とした表情しか見てこなかったから気づかなかったけど、アヴィヨル夫人ってこういう顔もできるんだ。
「まさか、スライムでできたクリームにこんな効能があるなんて」
「先ほどのはアクアスライムといいます。粘状の部分にきめ細かい水を蓄えることができるスライムで、飴にすればとても甘く、クリームにすると保湿成分のある化粧品にもなるんですよ」
公爵家の出来事が役に立った。
以前、給仕の人たちにハンドクリームを作ってから、料理を作る傍ら化粧品の研究していたんだ。色んな魔獣で試したけど、結局スライムで作った化粧品が一番で、今では給仕の皆さん自らスライムを未晶化させて、クリームを作ってる。
ソフィーニ母上にも好評で僕に……。
『ルーシェル、これをいっぱい作れば、一財産できるわよ』
太鼓判を押す。
けれど、僕はまだ見た目上5歳だ。
商売を始めるのは、まだ早いかと思ってる。恐らく市場に出るのは、まだこの先だろう。
「ルーシェルくん……。いやルーシェル様」
「え? 様??」
気が付くと、顔をキラキラさせたアヴィヨル夫人が僕の方を見ていた。
「このクリーム、もっとあるかしら」
「…………」
へっ?
10分後……。
「まあ!!」
そこには手鏡を持って、歓喜に震えるアヴィヨル夫人がいた。
顔を覆っていた厚化粧をすっかり落とし、先ほど作ったスライムクリームを顔にも塗り込んだのだ。
「すごい! 腕だけじゃなくて、顔の肌にも聞くのね~! いいわ! いい!!
10歳……、いや50歳若返ったみたい!! ね? ね? アルテン学校司祭長、そう思わない」
「あ、ああ……」
アルテン学校司祭長はアヴィヨル夫人に押される形で頷いた。
確かに若返ったような気がする。それは僕が作ったクリームに寄るところが大きいのかもしれないけど、夫人の分厚い化粧に問題があったかもしれない。
あまりに分厚くて、なんだか骸骨みたいになっていたからね。
きっと昔は今より綺麗な人だったのだろう。
「とってもいいお顔になりましたよ。ずっと若々しく見えます」
「でしょでしょ! あなた、なかなか言うじゃない。10、いや20歳だっていえるかも」
「でも、アヴィヨル夫人は化粧をしなくても、随分お若く見えますよ」
キュンッ!!
ん? なんだ?
今の聞き慣れない擬音は。
それになんだかアヴィヨル夫人の顔が凄く赤い。視線が熱い? さっきまで僕を化け物でも見るかのように見ていたのに。
すると、横で見ていたアルテンさんは僕に耳打ちした。
「ルーシェルくん、君……意外とすけこましなのだな?」
「すけ……?」
え? なんて?
どういう意味、すけ……えっと?
もう1回言ってくれないかな。
僕が呆然としていると、突然アヴィヨル夫人が肩を叩いた。
「ルーシェル様」
「は、はい!」
「もし、何かあれば、あたくしに言いなさい。何があっても、あなたのことを守るわ」
「は、はあ……。ありがとうございます」
「魔獣の教職員の件も頑張って。……あ。もちろん、何か困ったらあたくしに言うのよ。物理で黙らせるから」
物……!! え? それって、鉄拳制裁ってことかな。
教職員って、聖職者でもあるんでしょ?
鉄拳は不味いんじゃ。
「あと、あたくしのことはファーストネームの“ゾーラ”と呼んでちょうだい」
アヴィヨ――ゾーラ夫人はパチンとウィンクする。
さらに僕に熱視線を向けた。眼光が強すぎて、炎が吹き出さんばかりだ。
と、ともかくゾーラ夫人の信頼を取り付けたのは大きい。
教師をやるというのは、ちょっと不安だったけど、少し心が軽くなったような気がする。
「話はまとまったようじゃな ルーシェルくん、頼めるかな?」
「わかりました。お困りのようですし。僕ができる精一杯のことをやらせてもらいます!」
先生をやらせてもらうなんて良い機会だ。
どうなるかわからないけど、頑張ってみよう!








