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第176話 アヴィヨル夫人

☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★


本日、ヤンマガWebにてコミカライズが更新されました。

異世界部門で3位となり、好評連載しておりますので、是非読んでくださいね。


また先日発売した『公爵家の料理番様』2巻もおかげさまで好調です。

BookWalker様ではジャンル別で週間1位となり、また1巻も3位となりました。

お買い上げいただいた読者の皆様に感謝申し上げます。


挿絵(By みてみん)

 入学式を無事終え、初めての学食で昼食を食べた後、僕1人だけ校長室に呼び出された。


「ルーシェル・グラン・レティヴィアです」


「……はいりなさい」


 ノックをすると、アルテンさんの声が聞こえる。

 少し息を整えた後、ドアのノブを回した。


「失礼します」


 校長室は広く、教室1つ分ぐらいの大きさがあった。接客用の革張りのソファに、質実剛健といった感じの大きな執務机。調度品といったものは見当たらないけど、歴代の学校司祭長と思われる人たちの自画像が並べられていた。


 ソファに2人が座っている。

 1人はアルテンさんだ。僕の方を見て、「よく来た」と微笑んでいる。もう1人は女性だった。


 多分、40代後半か、50代ぐらいだろう。真っ赤な口紅を差した厚い唇に、化粧で真っ白になった肌。ふくよかな身体に、ちょっと目のやり場に困るぐら大きく胸元を開いた服装をしている。

 やや癖ッ毛の髪は派手なピンク色に染められ、大きくぎょろっとした瞳は入ってきた僕の方に向けられていた。


 部屋に満ちる化粧の匂い。

 思わずくしゃみをしそうになる。


(誰だろ? 少なくとも僕は知らない人のはず)


 恰好からしてどこかの貴族のご夫人と思われるけど、学校を訪ねるには派手だな。


 アルテンさんに言われ、そのご夫人の横に座る。革張りのソファは柔らかく、僕の腰と太股を包んだ。


「入学早々すまないな、ルーシェルくん。あ……。その前に入学おめでとう。君なら合格できると信じていたわい」


「ありがとうございます、アルテン学校司祭長様。早速ですが、僕に用とは?」


 察するに、お祝いを言いたかったという雰囲気じゃない。

 横にいるご夫人と同様、広い校長室の雰囲気はどこか重かった。


「実は教職員に欠員が出ての。早急にその穴埋めをしなければならなくなった。そこで――――」


「学校司祭長様、先にあたくしのご紹介からお願いできますか?」


 アルテンさんがまだ話しているにもかかわらず、横のご夫人が遮る。


「失礼した、アヴィヨル伯爵夫人。ルーシェルくん、こちらはジーマ初等学校の学校司教長を務めているゾーラ・フル・アヴィヨル夫人じゃ」


「ルーシェル・グラン・レティヴィアです。初めまして、アヴィヨル夫人」


 僕は立ち上がり、お辞儀をした。一応、公爵家で習った作法通りだったけど、アヴィヨル夫人はにこりともしない。むしろ疑惑が深まったかのように、目を細めた。


「丁寧な挨拶ありがとう、ルーシェル。しかし、あなたに務まるのかしらね」


「伯爵夫人……。まだわしは説明しておらんぞ」


「失礼しました。しかし、学校司祭長様。どうか学校の場では爵位で呼ぶのはやめていただけませんか? 学校司教長と……」


 たぶん、アルテンさんの方が上司だと思うけど、アヴィヨル夫人はまったく物怖じする様子がない。むしろ自分が上だと言わんばかりだ。


 ちょっとアルテンさんが困っているようにも見える。


 そのアルテンさんは咳払いをして、仕切り直した。改めて説明を始める。


「先ほど言ったが、教職に空きができてしまっての。といっても、常駐ではなくジーマの大学から派遣された非常勤の講師なのじゃが、その先生が先日怪我をされた。しばらく教壇に立つことができないそうじゃ」


「まったく……。自己管理ができていない証拠です。カシム博士にはくれぐれも無理はなさらないように言いつけておりましたのに」


 突然、アヴィヨルさんが怒り始める。

 さっきから、この人が度々横やりを入れるものだから、なかなか話が進まない。


 ともかくジーマ初等学校で度々教鞭を執っていたカシム博士が、怪我により講義のお休みを余儀なくされているということだろう。


「そこで代役を立てなければならなくなった」


「はあ……」


「ちなみにカシム博士はレティヴィア公爵の師匠――先生に当たる方じゃ。つまり魔獣を研究しておる。その権威といっていい方じゃ」


「ち、父上の? それは凄い人ですね」


「そうじゃ。だが、そのカシム博士の授業である魔獣学がぽっかり空いてしまった。あの分野はとても特殊じゃ。代役は簡単に見つかるものではない」


「なら、父上が適任ではないでしょうか?」


「相談したが、君のお父上は公爵家の当主じゃ。久方ぶりに王都に来たこともあって、何かと忙しいらしい。次期当主である君のお兄様も同様じゃ」


「なら……、他に誰か?」


 僕がぼんやり尋ねると、アルテンさんは穏やかに微笑んだ。


「わからないかのぅ?」


「え? まさか……」


 反射的に僕の顔が引きつる。

 側でアヴィヨル夫人が小さくため息を吐くのがわかった。


「そうですよ。学校司祭長様は、あなたにお願いできないかと考えているのです」


「え? ええええええええええ!?」


 僕が教師を……!!


「驚くのも無理はないの。だが、はっきり言って、カシム博士の代役になれる適材はルーシェルくん以外にいないと、わしは思っておる」


「いや、でも……、僕は子どもですよ」


「この子の言う通りですよ、学校司祭長。本当に何を言い出すのですか?」


 その点にはついては、アヴィヨル夫人に同意だ。

 一体、何を言い出すんだろうか。


「確かにルーシェルくんは子どもじゃ。しかし、先ほど彼の生い立ちを説明したが、おそらく王都にいる中の誰よりも魔獣に精通しておると、わしは考えておる。レティヴィア公爵のお墨付きじゃ」


10年ほど(ヽヽヽヽヽ)山で暮らしていたとは聞きました。その時に受けた呪いの影響で、身体が5歳のままと。にわかに信じられませんが」


 なるほど。そういう説明を受けたのか。


「そこで魔獣の生態に詳しくなったと……。ですが、この子はどう見ても子どもです。子どもの学習範囲などたかが知れている。それを魔獣学の権威であるカシム博士以上なんて。さすがに言い過ぎなのでは?」


「わしはその経験を伝えることだけでも、子どもたちに魔獣の危険性を警鐘し、そのリアルを伝えることによって想像力を育むことができると考えておる。……仰る通り、ルーシェルくんは子どもだが、逆に言えば生徒との距離も近い」


 と熱弁する。


 アルテンさんは本気だ。

 真剣に僕を教壇に立たせたいと考えている。

 その熱意を聞くと、つい僕もその気になってしまう。


 さすがにぼくが300年生きる人間であることは話せないかもしれないけど、魔獣の恐ろしさをまざまざと伝える自信はある。同年代に伝えたいことが、むしろたくさんある。


 熱意あるアルテンさんに対して、アヴィヨル夫人は冷ややかだ。


「本気なのですか? あたくしは反対です。そもそも聞けば、彼は公爵子息ではあるものの、養子。しかも、山に捨てられたなど。その生い立ちには同情いたしますし、公爵閣下のノブレスオブリージュには感服いたしますわ。しかし、この伝統あるジーマ初等学校にふさわしいと思えません。まして教壇に立つなど」


「それを言うならわしも同様じゃ。わしも前司祭長様に拾われた身だからな」


 え? アルテンさんも養子なのか。

 初めて聞いた。


 アヴィヨル夫人は「はっ」となって、口を噤む。

 それでもやはり夫人は、僕が教職に就くことを認めたくないのだろう。


 覚悟はしていた。

 そういう目で見られる時が来ると。

 そしていつか誰かが、僕の出自を知る時が来るだろう。僕が裏切り者ヤールム・ハウ・トリスタンの子どもだと知れば、白い目で見られる。精神的に忍耐を求められる時が来る。


 今がその時なのかわからない。


 でも、僕はただ今のルーシェル・グラン・レティヴィアを信じる人たちを、信じるしかない。


「ルーシェルくん、お父上から聞いたのだが、君は魔獣を消滅させずに、魔獣の一部を取ることを発見したと聞いたが」


「未晶化のことですね」


「未晶化?」


 聞き慣れない単語を聞いたアヴィヨル夫人は首を傾げる。


「はい」


 僕は早速【収納】からストックしてある活きのいいスライムを取り出す。


 夫人の目の前で、いつも通り実演してみせた。

 スライムの一部を抜き取ると、まだ生きていることに、アヴィヨル夫人は声を出して驚く。


「そ、そんな! 魔獣が消えない!」


「これが未晶化か……。話には聞いていたが……」


 アルテンさんも興味深そうに髭を撫でる。


「魔獣が消えるのは、ある一定以上のダメージを受けた時です。そのダメージを超えない限り、魔獣は消滅しません。うまくダメージをコントロールできれば、このようにスライムでも、その一部を抜き取ることが可能です。さらに……」


 僕は軽くスライムを叩く。


 すると、スライムは消えてしまった。

 だが、僕が持っているスライムの一部は消えない。


「ある一定のダメージ以上を受けると、魔獣の魔晶石から自壊命令が送られ、消滅します。しかし、この通り魔晶石から離してしまえば、魔獣の一部を保持することができるのです」


「すごい……。まったく知らなかったわ。そんな理論をまさか子どもが見つけてしまうなんて」


 先ほどまで、僕を子どもと侮っていたアヴィヨル夫人は目を丸くするのだった。


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挿絵(By みてみん)

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