第173話 制服、尊い
☆★☆★ 本日発売 ☆★☆★
コミックス2巻の発売日となります。
前巻ではおかげさまで、重版いたしました。
2巻も重版したいと思っておりますので、
書店にお立ち寄りの際には、是非お買い上げいただきますよう
よろしくお願いします。
真っ白な長袖のシャツに、対照的な黒のベスト。ピンストライプの短パンに、シャツと同じ色のソックス。踵を合わせて、革の紐靴を結び、最後に黒のテイルコートに袖を通した。
胸元を引き込み、軽く油を付けた髪を整えると、僕は目の前の姿見を見つめた。
「……僕じゃないみたいだ」
思わず苦笑する。
山の中はもちろん、割と公爵家に来てからも動きやすい服装をしていた。
急に形式張った服装になった自分自身を見て、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「バッチリ! とても似合ってるよ!」
僕の後ろに立ち、同じ鏡に映ったミルディさんは、親指を立てる。
尻尾を振って、なんだか嬉しそうだ。
今日はついにジーマ初等学校の入学式だ。
そして今、僕はその制服に袖を通している。採寸の時以来に着た制服は、なんだか赴き深い。まだ教室で勉強もしたことがないのに、制服を着ただけで、その気になってしまった。
「ありがとう、ミルディさん。……ところで、リチルさんはその、何をやってるの?」
僕はミルディさんとともに、リチルさんの方に振り返る。
何故かリチルさんは椅子に座り、何やら筆と絵の具を持って、真剣な表情でこっちを見ていた。画架を立てたキャンバスに、1つ1つ丁寧に色を塗っている。
「リチル、何をやってるの?」
「あまりにも尊いので、絵画にして残しておこうかと」
そう言って、指で四角を作りながら構図を決めている。
さっきも言ったけど、その表情は真剣そのものだ。
「ルーシェルくん、放っておいて。ああなるとリチルはもう止まらないから」
「あは……、ははははは……」
僕は苦笑する。
リチルさん、普段とても真面目なのに時々突拍子もないことを始めるんだよなあ。一体、何がリチルさんをそうさせているんだろうか。
「あの……リチルさん。絵を描いてるなら、僕ここにいた方がいいですか?」
「大丈夫よ。もう目に焼き付けたから。ありがとう」
「は、はあ……」
「リチルは放っておいて、早く旦那様に見せに行こ、ルーシェルくん」
「そうですね。リチルさん、よくわかりませんが、頑張ってください」
「…………」
リチルさんは返事をしない。
ただ一心不乱にキャンバスに向かっている。
その眼差しは一流の画家を彷彿とさせた。
私室を出ると、途中リーリスと合流する。
男の子用の制服と同じく上着はテイルコートだけど、中身のベストが白。あとブリーツスカートになっていて、歩く度にヒラヒラと揺れている。
何よりいつも下ろした髪の毛を、ポニーテールにしていた。
「ルーシェルも着替えが終わったんですか?」
「…………」
「ルーシェル?」
「あ。ごめん、リーリス。えっと? 何かな?」
「いえ。着替えが終わったのかと?」
「どうされました?」
「いや、その……」
うわ~。めちゃくちゃかわいい。
制服1つでこんなに印象が変わるのか。
たぶん髪型も違うのもあるのだろう。
全体的に黒だから、体型がシャープに見えるぶん、余計まとめた髪が似合ってる。
「制服似合ってるなって。あと髪型も」
「え? ええ!? あ、ありがとうございます」
リーリスの真っ白な頬がみるみる赤くなっていく。
僕に向けられた青い瞳がゆっくりと下を向いた。
「そ、その……。学校では身体を動かす活動が多いので。その……だから、髪も……。に、似合いますか?」
「うん。とっても……」
「~~~~!! あ、ありがとうございます」
最後には満面の笑みを見せる。
ああ。リーリスの笑顔にはいつも勇気づけられたり、癒されたりするけど、今日のは格別だな。
尊いものを、絵画にして残しておきたいっていうリチルさんの気持ちが、今ならわかるような気がする。
僕たちが赤ら顔のまま立ちすくんでいると、ミルディさんがニヤリと笑う。
「フフフ……。ルーシェルく~ん。画材をリチルから借りてこようか?」
「い、いいよ!」
「画材?」
リーリスは首を傾げる。
「実はね、リーリスお嬢様。先ほど」
「だ、だからいいって! 早く父上と母上に見せにいこう!!」
ようやく廊下を歩き出そうとすると、進行方向から声が聞こえた。
「ル~~~~~~~~シェルく~~~~~~~~~~~~~~~ん!!」
廊下に立っていた僕の頭上に大きな影が現れる。
蝙蝠? いや、違う!
「カンナさん??」
そう。目を充血させたカンナさんが僕に飛びかかろうとしていた。
まるで英雄譚に出てくる吸血鬼のようにだ。
そのおどろおどろしさに、300年生きる僕も思わず悲鳴を上げそうになった。
「何をしているのだ!!」
そのカンナさんが蠅でも叩くように落とされる。本物の吸血鬼であるカンナさんを止めたのは、十字架でもなければ、蠅叩きでもない。
大きな尻尾だった。
カンナさんが着ているエプロンの帯紐に、器用に尻尾の先端をかけると、完全にのびたカンナさんを吊り上げた。
「人には普段走るなだの、足音が大きいだの、大股だのと口うるさいくせに、自分のこととなるとすっかり忘れるのだな、カンナは!」
「ゆ、ユラン?」
カンナさんの後ろから現れたのは、試練の竜ことユランだった。
だが、いつもは真っ白なワンピースを着て、所狭しと公爵家の中を走り回っている竜の少女は、僕やリーリスと同じくジーマ初等学校の制服を着ていた。
リーリスと同じ女子専用の制服で、ブリーツスカートから雄々しい竜の尻尾が伸びていた。
ユランは竜とはいえ、人間の姿は可愛いし、制服もよく似合っているのだけど、なんだろう……、とても違和感を感じる。
そう。なんとういうか、一言で言うと……。
「「賢そうに見える」」
僕とリーリスは図らずも同じことを呟いていた。
どうやら、同じ感想を持ったらしい。
僕の思考やセンスみたいなのは間違っていないらしい。
普段暴れ馬のようなユランが、学校の制服を着た途端、とても賢そうな優等生に見えたのだ。
これに怒ったのは、もちろんユランだった。
「賢そうに見えるとはなんだ!」
「ぷぷぷ……。わかるー、その気持ち」
ミルディさんも口元に手を置いて笑う。
「なんだと! 犬娘までそういうのか?」
「あたしは狐よ!!」
ミルディさんは特徴的なモフモフの尻尾を出して、アピールする。……モフモフ。
「お前たち、何をこんなところで油を打っておるのだ!」
「父上」
「母上まで」
ついにはクラヴィス父上と母上までやっってくる。
「待っていてもなかなか来ないんですもの。だから、こっちから来ました。さあさあ、よく見せなさい、リーリス」
「はい。お母様、いかがでしょうか?」
リーリスはちょっと恥ずかしげに小さくターンしてみせる。
僕の方はというと、クラヴィス父上に抱き上げられていた。
「ち、父上!」
「よく見せてくれ、ルーシェル。うむ。よく似合っているぞ。こういう制服を着せると、随分大人びて見えるな」
「あ、ありがとうございます!」
父上にも母上にも好評で良かった。
その横でちょっとつまらなさそうにユランが立っているのが、視界に入る。
「父上、母上。ユランも見てあげてください」
「ん? ユラン?」
「まあ……。気づかなかったわ。随分利発そうな子どもがいるなと思ったら」
「まさかユランか? 随分と賢そうにみえる」
父上と母上は目を丸くする。
その言葉を聞いて、僕とリーリス、そしてミルディさんが一斉に笑った。
「むむむ……。お主ら……」
「すまんすまん。ユランも似合っておるぞ。良家の淑女のようだな」
「なっ! ふ、ふん。今頃おだてたって遅いわ。お主らは竜の逆鱗に触れたのだからな」
そんなことをいいながら、竜の尻尾を揺れている。
本当は嬉しいのだろう。
「さて、学校行こう。馬車を待たせておるしな」
入学式は家族全員で参加することになっている。
僕たちは馬車に乗り込み、ジーマ初等学校を目指すのだった。








