第172話 林檎と甘藷の生クリームケーキ
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「う~~~~~~~ん!」
おいしい悲鳴を上げたのは、本日の主役の1人であるユランだ。
ソンホーさんの得意料理の七面鳥の燻製に舌鼓を打っている。
ユランはこの料理がいたくお気に入りだ。
最近では何か祝い事があると、すぐにこの料理の名前を出すようになった。
レティヴィア家で色々と食べているうちに、色んな味を知るようになったことで、お気に入りの料理が増えたのだろう。
昔は、何かあればドラゴンステーキだったけど……。いい傾向だ。
とはいえ、ユランでなくてもこのソンホーさんの七面鳥の燻製はうまい。
燻製の風味に加えて、独特の甘みがあるのが特徴だ。
1度下茹でした七面鳥のお肉は軟らかく、燻製にしてもしっとりとして食べやすい。
隠し味はコヒの実を焙煎し、さらに粉々にして粉状にしたものを入れているらしい。
独特のコクのようなものが生まれるのだそうだ。
深い味わいのおかげで、飽きることなくいくらでも食べることができる。
他の家族も「絶品」と称するソンホーさんの得意料理だ。
メインを食べ終え、いよいよデザートの番になった。
運んできたソンホーさんだ。
ヤンソンさんが持ってくると思っていたけど、まさか料理長自ら持ってくるなんて。
ソンホーさんは一礼した後、銀蓋を取る。
「甘藷で作ったケーキでございます」
現れたのは、飴色に焼き上がったケーキだった。
先ほど完成したばかりなのだろう。
蓋を取った瞬間、甘い香りが鼻を衝く。
でも、それはいつものケーキの香りとはひと味違う。
甘い香りに違いはないけど、それは焼いた芋の香りだった。
「おいしそう……!」
「いい匂いだわ」
甘いものに目がないリーリス、ソフィーニ母上は目を輝かせた。
甘藷と聞いて、クラヴィス父上も長耳をピクピクさせている。
その場にいた人間全員が、荷台の上にのったケーキに熱烈な視線を注いでいた。
「おいしそうだが……。なんか地味だな。我のお祝い会なのに」
ユランはちょっと不服のようだ。
確かにいつもソンホーさんたちが作る料理としては華がないかもしれない。
僕が言うのもなんだけど、随分と素朴な姿をしていた。
だが、ソンホーさんは「地味」と言われることをわかっていたらしい。
切り分ける前に、取り出したのは角の立った生クリームだった。
先ほどの甘藷の生地の上に、たっぷりと塗っていく。生クリームはとにかくふわふわで塗ってる間ですら、にやけてしまうほどおいしいそうだった。
上と側面に丁寧に塗ると、最後に銀杏切りされた林檎と細かく刻んだハーブをちりばめる。
「綺麗……!」
「おお。おいしそうではないか!!」
リーリスもユランもご満悦だ。
確かに綺麗だ。
ごつい甘藷の生地に、真綿のようなクリーム。銀杏切りされた林檎は皮付きで、ハーブと相まって、赤と緑、白と宝石のような美しさがある。
さすがソンホー料理長だ。
地味な甘藷のケーキに、生クリームと果物、ハーブを使って、一片に印象を変えてしまった。
ソンホー料理長自ら切り分ける。
目の前に並べられると、また食欲が湧く。
特に香りがあまりに官能的でクラクラしてしまった。
「どうぞお召し上がりください」
ソンホーさんは頭を下げる。
僕たちが早速、甘藷のケーキを味わった。
「んんんんんんんんんん!」
うまい!!
僕たち家族は意見を一致させる。
「おいしい。甘藷のケーキ、初めて食べましたけど、甘くてしっとりしてておいしいですね」
「思ったより軟らかい。それに甘藷の甘みが濃厚だわ。いくらでも食べれちゃう。いけないわぁ、体重が」
「はむはむはむ……。うまうま!」
甘味に目のない女性陣はご満悦な様子だ。
「この甘藷のケーキは領民に教えてもいいかもな」
「冬の強い味方ですが、意外とできすぎてあまりがちな作物ですからね。それはいい案だと思います、父上」
お互い学者同士の父上と兄様は、別の角度から味わっている。
カリム兄様の言う通り、父上の案は良いと思う。
ほとんどヤンソンさんに任せてしまったけど、うまくできててよかった。
でも、僕の甘藷ケーキだけでは、ここまで絶賛されなかったかもしれない。
「やっぱりソンホーさんは凄いや」
まずこの生クリーム。ただの生クリームじゃない。
クリームチーズを入れていて、微かに酸味を感じる。
それが甘藷の甘みをさらに引き立てていた。
生クリーム自体は、砂糖を控えめにしている。これはおそらく甘藷の甘みをあまり邪魔しないようにするためだ。そのため生クリームと甘藷の生地の親和性が高まっている。
何気にデコレーションされた林檎もいい仕事をしていた。
果物特有の甘さと酸味があって、これもまた甘藷の甘みの挽き立て役になっている。
最後に加えたちりばめたハーブが、爽やかな後味を演出していた。
僕が考案した甘藷のケーキの味を何倍にも高めてくれている。
やっぱりソンホーさんって凄い料理人だ。
僕ももっと技術を付ければ、ソンホーさんみたいな料理人になれるだろうか。
◆◇◆◇◆
お祝い会は終幕し、家族と他愛もない会話で談笑した後、僕は炊事場に顔を出した。
ソンホーさんはもう上がったかと思ったけど、炊事場で明日の献立を考えている。
「どうした、小僧?」
「今日はありがとうございました、ソンホーさん。あと、ヤンソンさんも。完璧な焼き加減でした。家族も喜んでいましたよ」
「そ、そうか」
ヤンソンさんはホッとした様子だ。
いつも落ち着いてみえるヤンソンだけど、内心ではドキドキしていたのかもしれない。
「ソンホーさん、クリームチーズが入った生クリーム、とってもおいしかったです。デコレーションも素敵で。やっぱり僕はまだまだですね。料理長みたいになれるように頑張ります」
「いや、こっちこそすまない。お前さんの料理に乗っかるような真似をして」
「いえ。でも、料理長。本当は甘藷のケーキを作るつもりだったんじゃないですか? だから、ヤンソンさんに買いに行かせて」
僕がズバリ言うと、ソンホーさんがヤンソンさんを睨む。
すると、ヤンソンさんは手を振った。
「俺は何も言ってませんよ。本当ですってば」
「ふむ。気づいておったのか」
「はい。でも、それなら何故母上に言わなかったんですか?」
「甘藷は優れた食べ物だが、庶民の食材だ。公爵夫人に甘藷で代用するとは言いにくくてな。……お前さんが先に言ってくれて助かった」
「甘藷のケーキって言っても、奥方様もよくわからなかっただろうからな」
確かに……。甘藷のケーキと聞いた時、母上はかなり戸惑っていた。
ヤンソンさんが言うように、納得してくれなかったかもしれない。
「先ほども言ったが、お前さんの料理にのっかる感じになってすまなかった。本当に助かったよ」
「そんな! 頭を上げてください、料理長。今日はいっぱい勉強させてもらいました。感謝するのはこっちの方です。
「そうか。そう言ってもらえるとありがたい」
「ところで、ルーシェル。お前、よく甘藷のケーキなんて知ってたな。作ったことがあるのか?」
「はい、ヤンソンさん。昔、山ではしょっちゅう作ってました。山には麦がありませんから。ケーキを作れなかったんですよ。だから、山で自生していた甘藷でできないかなって」
「そうか、お前はパンもケーキも作るのが難しい土地にいたんだな」
ヤンソンさんは僕の頭に手をのせる。
珍しく、頭を撫でてくれた。
「うちの料理長もすごいけど……、俺からすればお前だって十分すごいんだからな。今日はマジ助かった。ありがとうな」
僕もすごい。
もしかして褒められてる?
戸惑いを隠せず、ソンホーさんの方を向く。
ソンホーさんは嬉しそうに目を細めた。
「ヤンソンが褒めるとはな。……こりゃ明日も明後日も雨が降るかもしれんぞ」
「お、俺だって褒める時は褒めますよ」
ヤンソンさんが珍しく声を荒らげる。
その声を聞いて、炊事場は笑い声に包まれた。
家族もそうだけど、炊事場にも素敵な大人たちがいっぱいいる。
やっぱりレティヴィア家に来て、正解だった。








