第171話 公爵家の料理“長”様
甘藷でおいしいケーキを作る。
僕の言葉にみんなが固まる。
ただヤンソンさんだけが顎を撫で、僕の方をジッと見ていた。
「甘藷でケーキを作るなんて、そんなことができるの、ルーシェル?」
ソフィーニ母上は首を傾げる。
その不安そうな表情に対して、笑顔を返した。
「論より証拠です、母上。お任せいただけませんか?」
自信満々に返すと、ソフィーニ母上はヤンソンさんに意見を求めた。
すると、何も言わずヤンソンさんは頷く。
母上としては止めてもらいたかったのかもしれない。だが、逆に進めたヤンソンさんを見て、益々困惑していた。
最後には僕の意見に、ソフィーニ母上も頷く。
「わかったわ、ルーシェル。お願いね」
「お任せください」
早速、炊事場に入って、エプロンの帯を締めた。
調理に入ろうと甘藷を取ろうとした時、その前に取り上げられてしまう。顔を上げると、兄弟子の姿があった。
「ヤンソンさん?」
「甘藷……、皮は剥くのか?」
「手伝ってくれるんですか?」
「勘違いするな。そこは俺の持ち場だ」
「あ。すみません!」
王都にある別宅の炊事場は、本邸と比べるとかなり狭い。
別宅に連れてきた料理人はソンホーさん、ヤンソンさん、あともう1名だけ。
そこに僕を入れると、持ち場を重なってしまうのだ。
ヤンソンさんはコック帽の上から頭を掻く。
「だから、勘違いするなって。そこは俺の持ち場なんだから、皮むきは俺の仕事だ」
ヤンソンさんは手慣れた手つきで、甘藷をむき始める。
あっという間に買ってきた甘藷を剥いてしまった。
「で? 次は何をすればいい?」
次の指示を待つ。
どうやら僕を手伝ってくれるらしい。
言い方はあれだけど、ヤンソンさんらしいや。
「い、いいんですか? 僕がヤンソンさんに指示を出して」
「お前が作るって言い始めちまったんだ。今日の料理長はお前だろ」
料理長!
僕は思わずソンホーさんの方を向く。
腰に手を当てたソンホーさんは、うんと頷いた。
「いいんですか?」
「そんな質問してる場合か? お祝い会の料理ができちまうぞ」
炊事場は今、僕やユランの入学祝いの料理に追われている。ソンホーさんもその1人だ。
得意料理である七面鳥も用意されている。様々な料理の香りが混ざり、炊事場は巨大な香りの宝箱になっていた。
「それに今日の主役はルーシェルと、あのドラゴン女だろ。お前がいなけりゃ始まらないだろう。だから、いちいち気にするな」
「ヤンソンさん……、はい! ありがとうございます」
「言葉は後だ。次は何をする?」
「甘藷を茹でてください。僕はその間に材料を揃えます」
「よし!」
ヤンソンさんは鍋を用意し、僕が他の材料を用意する。
甘藷が軟らかくなるまで茹でた後、僕は先ほど用意した小壺に入れる。さらに橄欖油、砂糖、卵、牛乳を加えた。
「ここからどうするんだ?」
「こうします」
小壺の口に手を置き、僕は魔力を最小限に絞って、唱えた。
【風斬】
小壺の中で暴風が荒れ狂う。
威力は最小限に留めているから壺が割れることはないのだけど、中の材料が微塵切りにされていく。
さらに渦を巻いて、材料同士が混ざり始めた。
30秒ほど魔法を維持した後、僕は小壺から手を離した。
中身を覗くと、甘藷の原型が消え、粘り気のあるペースト状になっていた。
気が付けば、結構時間が経っている。
そろそろお祝い会の前菜ができる頃合いだ。
そろそろいかなくちゃ。
「これを型に流し込んで、オーブンで焼いてください。時間はお任せしていいですか?」
「任せろ。バッチリの焼き加減で届けてやるよ」
僕はエプロンを脱いで、後の行程をヤンソンさんに任せた。
食堂へ行くすがら、胸を押さえる。
心臓がドキドキしていた。
ヤンソンさんに指示を出すのは緊張したけど、結果的にいい経験になった。
でも、人を動かすって、自分が動くより大変だ。けれど、大きなことを成し遂げようとする時、僕は人に頼らないといけない時があるのかもしれない。
お菓子の家もそうだった。
あの時も夢中で作って気づかなかったけど、ヤンソンさんたちに手伝ってもらわなければ、できなかったかもしれない。
料理は1人でも作れる。
でもたくさんの人を喜ばせるためには、僕以外の人の力も必要なんだ。
ヤンソンさんは僕を弟弟子だから手伝ってくれた。
だけど、それじゃダメなんだ。
僕と同じ物を見て、僕のために、僕もその人のために動ける人を、これから探さなくてはならない。
初等学校に行けば、そんな出会いがあるかな……。
「遅れました。すみません」
僕は中庭に出る。
すでにお祝い会の飾り付けは終わり、真っ新なテーブルも、料理を迎えるだけになっていた。
早速席に着くや否や、側のリーリスが僕に尋ねる。
「ルーシェル、どうしたんですか?」
「どうしたって?」
「顔がとてもにやけてますよ。そんなにおいしい料理ができたんですか?」
にやてるって……。僕、そんな顔をしてた? 全然自覚がないんだけどなあ。
どうしてだろ?








