第168話 学校司祭長
「すごーい!」
声を上げたのは、周りにいた受験生だった。
僕と、先ほど試験を終えたユランの周りに集まってくる。
「君、強いね」
「剣術どこで習ったの?」
「流派はどこ? 教えて!!」
いきなり群がってきた子ども――主に女子受験生たちに、僕は戸惑ってしまう。
いや、ちょっと……。
まだ試験中なんだけどな。
僕が言うのもなんだけど、あまり騒ぎにしない方が……。
誰かに助けを求めようにも、隣にいるユランも似たような状況だ。
こちらも女子受験生から羨望の眼差しを受けている。それを男子受験生が顔を赤くしながら、ユランを見つめていた。
「お名前はなんていうの?」
「ユランさん? 強いのねぇ」
「可愛い顔してるけど、どんだけ強いんだ」
「でも、その……かわいい……」
僕とユランはちょっとした英雄になっていた。
「君、ちょっといいかな?」
騒ぎに気づいて、他のグループで試験官をやっていた騎士が試験を中断して集まってくる。
一部の騎士は塀に激突した試験官を介抱していた。
命に別状はないようだけど、完全に伸びている。
とはいえ、ユランも一応手加減はしたのだろう。
本気でやっていたら、たぶんあの騎士は弾け飛んで、今頃試験どころではなくなっていただろう。
「君がやったのか?」
そのユランに他の騎士が詰め寄る。
不正なことをやっていた試験官だ。さりとて騎士からすれば、同僚が痛めつけられたということでもある。
ユランに対して、やや憤然としながら騎士は睨んだ。
険悪なムードになりつつある中、援軍は思わぬところから現れる。
「ユランさんは悪くないわ」
「そうだ。ユランは悪くないぞ」
「わたし、あの試験官に始まる前にお尻をさわられました」
「あたし、スカートめくられたぁ」
女子受験生からはセクハラの告発があったかと思えば……。
「なんかあの試験官、動きがおかしかった」
「わざと負けてる感じがあったよな」
「え? う…………うん」
試験官の動きに気づいて、怪しむ証言がのぼる。
意外とみんな気づいてたんだ。
子どもと思って、あからさまにやり過ぎたね、あの試験官。
舐めちゃ駄目です、子どもを。
受験生からの異論を聞いた別の試験官は、頭に手を置いた。
「やっぱりか……」
「え? やっぱりとは?」
「いや、前からおかしいと思っていてね。こちらでも監視をしていたんだ」
そういうと、初等学校の校庭の死角になるところから、数名の騎士たちが現れる。
いることは、僕もユランも気づいていたのだけど、今回の試験官を見張っていたのか。
「彼は万年平の騎士でね。でも、ベテランだから扱いに困っていたんだ。普段は雑用なんかしないくせに、試験官なんて面倒なことだけは率先してやるもんだから、何かあるんじゃないかって」
調べてみたところ、不正試験官だけ合格率が異様に高いことがわかったらしい。
「あの騎士はどうなりますか?」
「たぶん懲戒解雇だろうね。まあ、今回のことがなくても、おそらく今年中には辞めさせられたと思う」
なら、来年は安泰だね
「君たちには迷惑をかけたね。試験はやり直すとしよう。もちろん、合格した受験生も含めてね」
騎士は不敵に微笑む。
後ろで見ていた受験生が青い顔をしていた。おそらく不正するように頼んだ受験生たちだ。
こうして試験は剣術、魔法と進んでいった。
結局トラブルを起こしてしまったけど、僕もユランもやり過ぎただけで、悪いことはしていない。
でも、あまり目立ち過ぎないようにしないとね。
僕は公爵の子息で、ユランは竜なんだから。
◆◇◆◇◆
そして最終試験がやってきた。
僕とユランは最後の方に回された。
どうやら剣術試験で起きた出来事のことをじっくり聞きたいらしい。
ただ他の試験官曰く、今回のことは学校側の手落ちなので、試験には影響しないようだ。
おそらくだけど、学校側としては起こった事態をきちんと把握しておきたいのだろう。
最初にユランが入っていき、30分ほどして待合室に戻ってきた。
珍しく浮かない顔をしたユランに、僕は話しかける。
「どうしたの? なんか意地悪された?」
「そんな低レベルなことはされておらん。しんぱいするな」
「じゃあ……」
「ルーシェルよ」
ユランの眼差しがナイフのように鋭くなる。
「気を付けよ。只者ではないぞ」
そんなユランの脅しを聞いた後、ついに僕の名前が呼ばれる。
ユランが警戒する相手か。
一体何者だろうか?
作法通り、面接室に入る。
名前を言って、席を勧められてから僕は椅子に座った。
正面に座った面接官を見据える。
面接官は1人だけだった。
ただし、見えているのは……。
僕の視線に気づいたのだろう。
「ほっほっほっ……。どうやら、先ほどの受験生と同じく、勘の利く子のようじゃの」
正面に座った、見えている面接官は突然笑い始める。
長く真っ白な髪に、皺の寄った顔。耳が長いところを見ると、エルフだろう。リーリスやクラヴィス父上と違って、白髪なのは、年齢によるものだ。
青い目は意外とパッチリとしていて、愛嬌があり、顎から伸びた髭を三つ編みに結って、リボンまで留めている。
僕の人生の中で、これほど年老いたエルフと出会うのは初めてだ。
推定だけど、軽く100歳は超えている。
何より纏っている雰囲気が只者じゃない感を漂わせていた。
なるほど。ユランが警戒するわけだ。
「お前たち、出てこい。この子とは2人で話したい」
エルフのご老人はそう言うと、魔法で姿を隠していた試験官の気配がなくなった。
これで、僕は一対一になる。
今さらだけど、緊張してきた。
「ルーシェル・グラン・レティヴィアくんだね」
「は、はい」
「ふむ。緊張するな、というのは、無理があるか。君の勘の鋭さは、経験によって磨き上げられたものなのだから」
まさか、この人。
僕の生い立ちを知っている。
「ほっほっほっ。そんなに警戒しなくてもいい。君のことは、レティヴィア公爵様より聞いている」
「クラヴィス父上を知っているのですか?」
「名乗るのが遅れたな。わしの名前はアルテン・フル・ミュンスター。このジーマ初等学校の学校司祭長をさせてもらっている」
「学校司祭長……。じゃあ、あなたが父上の」
「古い知己じゃ。まあ、昔あやつには師匠と呼ばれていたがの」
「師匠!」
クラヴィス父上に師匠がいたなんて。
全然知らなかった。
「そして、君のもう1人の父上のことも知っている」
「それって、ヤールム父様……?」
「ああ。といっても、ほんの一瞬じゃったがの。あの時は、わしもまだまだ若かった。七英雄などとおだてられていたこともあったが、手も足も出なかったよ」
「そ、そんなに……! 父様……、ヤールム父様はその時どんな姿をしていましたか?」
人から見れば、ヤールム父様はひどい人間だろう。事実我が子を山に捨てた。さらに人間を裏切り、魔族についた。人類の敵だ。
けれど、その名前を聞くとどうしても熱くなってしまう。知りたいと思ってしまう。今、真の家族と一緒にいても、僕に流れるトリスタン家の血が、騒いでしまうのだ。
「ふむ。君にとって、今からわしが話すことは良いことかどうかわからぬ。つまり、君にとって救いになるか、それとも君をさらに惑わせるものなのか」
「話してくれませんか? 知りたいんです。僕が知らない、ヤールム・ハウ・トリスタンのことを……」
「君にはもう家族がいる。それでも君を捨てた父のことを知りたいのかい?」
その質問に、僕は黙って頷くと、アルテンさんもまた神妙に頷いた。
「そなたの父は人間の姿をしていた」








