第167話 悪役騎士の受難
◆◇◆◇◆ 騎士ブロッコン ◆◇◆◇◆
オレの名前はブロッコン。
ミルデガード騎士団のベテラン騎士だ。
17年、王国につくし、働いている。
だが、時には命を張って戦うこともあるのに、騎士ってのは意外と薄給だ。
オレにしても、17年働いているってのに、新人の頃とあまり変わらない。
17年もとなると、後輩もいるし、新人どもの面倒を見なければならない。いきつけの飲みの屋の女にお金を落とすことも必要だ。
人付き合いが多くなるし、高い酒だって飲みたくなる。だから、それなりに金が必要だ。
しかし、給料だけでは足りない。
満ち足りた生活をするためには、もっと大金がほしい。
騎士が、金がなくてアルバイトすることは別におかしいことじゃない。新人の頃は、兵士に混じって街道の土木工事や鉱山の発掘などにも出かけたが、割りにあわない。
楽して、ドカンと儲ける方法を探した結果、オレは毎年騎士団に依頼がくるジーマ初等学校の試験官に注目した。
ジーマ初等学校は名門中の名門だ。
他国の貴族の息子が試験を受けに来るほど、その名は知れ渡っている。そこの卒業生というのは、貴族社会の中では強いステータスを持っているらしく、親たちは我が子を入学させようと必死だ。
そこに着目したオレは、試験官の騎士という職分を利用し、試験でわざと打たせるというバイトを始めたわけだ。
剣術試験は必ず合格できるとわかれば、他の試験の勉強に集中できる。ズルをしてでも、頼みたいという親は毎年、全受験生の1割はいて、気前よく払ってくれる。
おかげで、毎年高い酒を浴びるように飲めるわけだ。
初等学校の試験は年に1回だが、毎月やってくれたら、騎士もやめられるんだがな。
『違うなんてものじゃない。わざと打たせにいっておったぞ!』
不意に受験生の中から、そんな声が聞こえた。声を潜めていたが、オレは耳がいい。
子どもだと侮っていたが、どうやら気づいたガキがいるようだ。
さすがに、さっきのは露骨すぎたか。
会話しているのは、2人。
ガキが……、舐めやがって。
「おい! そこ!! 私語を慎め! 今は試験中だぞ」
オレが怒鳴ると、急に鎮まった。
大人の怒声に、顔を青くする受験生もいる。きっと怒られなれていないのだろう。貴族の子息や子女なんて、蝶よ花よと育てられた温室育ちの坊ちゃん嬢ちゃんばかりだからな。
そうそう。そうやって、大人しくしてればいいんだよ。ガキ、ちょろ……。
「ん?」
不意に視線に気づいた。
さっきのガキ2人である。
オレの土間声にもビビらず、それどころかこっちを睨み返してくる。
舐めやがって……。
まあ、いい。
今はとにかく無視だ。
ガキのことより、今は金の方が重要だからな。
なんせこの年の試験が、今年オレが贅沢できるか否かを占うわけだから。
「348番」
オレが呼ぶと、先ほどの片割れが出てきた。
男の子と女の子だが、進み出てきたのは前者の方だ。
ルーシェル・グラン・レティヴィア?
げっ! グランってことは公爵かよ。
生意気な……。ますます鼻持ちならねぇ。
きっといい飯を食って、人を顎で使い、我が侭に育ったに違いない。
だが、爵位は向こうが上でも、今はオレが試験官で、向こうが受験生だ。立場はこっちが上だ。
「君か……。試験中だぞ。私語なんてして、試験をなんだと思ってるんだ」
「すみません、試験官」
進み出てきた受験生に早速、説教をかますと、公爵の子息は頭を下げた。
気持ちいい……!
公爵の息子がオレに頭を下げてるぜ。
でも随分と素直に頭を下げたな。
どうやら、自分が受験生であることはわかっているようだ。
「ですが、試験官……」
「あん?」
「あなたこそ試験を何だと考えているのですか?」
「はっ? きさ――――」
ふと受験生と目が合い、オレは思わず固まった。
な、なんだよ。その獣……いや、化け物みたいな迫力は……。
こいつ、本当に子どもなのか?
く、くそ! ますます気に入らねぇ。
こうなったら徹底的に馬鹿にして、受験生の前で辱めてやる。大人を……いや、騎士を舐めたらどうなるかわからせてやる。
そして試験が始まった。
「さあ、かかってきたまえ」
「わかりました。じゃあ、遠慮なく」
馬鹿が!
間合いに入ってきた瞬間、カウンターでぶっ叩いてやる。
悪く思うな。不慮の事故という奴だよ。
想像しただけで、口端が緩んだ。
「あの……。今から打ち込みますけど、いいですか?」
「へっ?」
気が付いた時には、受験生の剣がオレの眉間の前で止まっていた。
「うわあああああああ!!」
オレは蠅でも叩き落とすみたいに、慌てて受験生の剣を払う。
え? ちょっ! どうなってんだ?
いつの間に間合いに入られていた?
「試験官、あなたはごちゃごちゃ考え過ぎですね」
声は後ろから聞こえた。
それとともに、木刀がオレの首筋にあてがわれる。
はっ? 一瞬でオレの背後を!
「余計なことを考えてるから、子どもに背後を取られるんですよ」
他の受験生がプッと吹き出すのが見えた。
先ほどまでオレの声を聞いて震え上がっていた子どもたちが、今はオレに侮蔑の笑みを浮かべて笑っている。
「て、てめぇ、ふざけんな!!」
オレはもう遠慮なしに木刀を振る。
こうなったら試験なんてどうでもいい。
これは騎士として、名誉に関わる問題だ。
だが、ルーシェルというガキはもう背後にはいなかった。
気が付けば、オレの腹の中に潜り込み、木刀を寸止めしている。
こいつ……! まさか!!
わざとさっきから寸止めしている?
最初の初撃も、背後に回った時も、オレを仕留めることができたのに、そうしなかった……。
つーか……。
こいつ、本当に子どもか。
「これで終わりにしましょう」
オレは足を払われる。
あっさりと食らったオレは背中を強かに打つ。
続いて、オレの胴に木刀を叩きつけた。
「げはっ!」
「これは警告です。ちゃんと試験官としての責務を果たせないなら、天罰が下りますよ」
そしてルーシェルというガキはオレから去って行った。
受験生からは英雄扱いだ。
中にはオレを馬鹿にする奴、八百長を疑うガキもいた。
くそ! ますますいけすかねぇ。
天罰だと、ふざけんな!
こっちはな。お前らの両親が子作りする前から騎士をやってんだ。
そうだ。
たまにこういうイレギュラーはある。
あんなガキが2人も、3人もいてたまるか。
「次! 378番!!」
進み出てきたのは、銀髪の女の子だった。
よく見たら、さっきのガキの片割れだ。
それにしても……。
よく見ると、かわいいじゃねぇか。
綺麗な銀髪に、透き通るような白い肌。
そして未成熟な身体。
若干目つきが気に入らないが、持ってるポテンシャルを考えれば、十分プラスの点数を付けることができる。
ルーシェルってガキの知り合いってところが気になるが、所詮女の子だ。
ちょっと尻でも撫でれば、たちまち赤くなって戦意喪失するだろう。
そして、試験が始まる。
「じゃあ、今度は騎士のお兄さんの実力を見せてあげようかな」
先に仕掛けたのはオレだ。
オレの剛腕を見せつけて、ちょいと尻を……。
「おい。貴様、その手をどこに向けるつもりだ」
「ふぇ……!!」
ドンッ!!
お腹に鉄球でもぶつけられたような衝撃。
とても子ども……違う。もはや人間の膂力とは思えない衝撃を浴び、オレは吹き飛ばされる。
気づいた時、初等学校をぐるりと囲む塀に突っ込んでいた。
「な、な……な、に……」
オレは意識を失う。
それからのことはよくわからねぇ。
確かなことは、ルーシェルっていうガキの忠告通り、天罰が落ちたこと。
そして、この稼業から足を洗うと決めたことだった。








