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第16話 みんなと食べる

お待たせしました。実食回です。

どうぞ召し上がれ。

「ところで、何を作ってるの?」


 ミルディさんは野外に作った即席の炊事場を覗く。


 リチルさんも興味があるらしく、ミルディさんの肩越しに覗いてきた。


 そう言えば、料理をしている最中だった。


 僕は下拵えしていた肉を取り出す。


 お喋りしている間にちょうどいい加減になっていた。


 僕はミルディさんの質問に対して、微笑んだ。


「出来てからのお楽しみです」


 鍋にドラゴンの火袋から獲った油を注ぐ。火に掛け熱を入れていった。


 先ほど下ごしらえした肉を、溶いた卵にくぐらせ、パン粉を付ける。


 菜箸で油の温度を確認した後、衣を付けた肉を油に投入した。


 シャララララララララ……!


 油が跳ねる音が響き渡る。


 刃のように鋭い音なのに、食欲をそそられるのはもはや人間の本能かもしれない。


「いい匂い……」


 ミルディさんが息を吸うと、大きく腹音を鳴らした。


「はしたないですよ、ミルディ」


「仕方ないじゃない。おいしそうなんだから」


「もうちょっとだけ待ってくださいね」


 僕は苦笑しながら、少し火の勢いを緩める。じっくりと中まで火を通していった。


 背にしながらも、僕にはわかる。


 フレッティさんたちの視線が、お鍋の中に集中していることを。


 フレッティさんは唾を呑み、普段から無表情に近いガーナーさんの顔も心なしか緩んでいるように思える。


 そう言えば、人のために料理をするのって、いつ以来だっけ?


 昔、父上に鱈の料理を振る舞ったことがあったなあ。執事長(じいや)と気分転換に釣りに行った時に釣ったんだ。


 父上に食べてほしくて、料理長に教えてもらいながら自分で鱈を捌いたことを覚えている。


 楽しかったなあ……。


 でも、結局父上は食べてくれなかった。そんなことをしている暇があるならば、鍛錬しろと怒鳴られたっけ。


「ルーシェルくん、そろそろいいんじゃない」


 ミルディさんの言葉を聞いて、我に返る。


 鍋を見ると、綺麗な狐色に揚がっていた。


 僕は慌てて取り上げると、マンドレイクの葉を乾燥させた葉皿に盛りつける。


 さらに窯で焼いていたコッペパンを取り出し、側面を切って開くと、早朝の畑で摘んできたシャキシャキ草と、先ほど揚げた肉を間に挟んだ。


「お待たせしました」



 チキンフィレオのハサミパンです。



「「「おお!!」」」


 フレッティさんたちは目を輝かせる。


 唯一声に参加しなかったガーナーさんもゴクリと喉を鳴らした。


 ハサミパンというのは、その名の通りパンの間に具材を挟んで食べるパンのことだ。


 僕が作ったようにパンに切れ目を入れるものもあれば、円形の丸いパンの間に挟むものもある。


 名前の由来は2つに分かれていて、パンの間に「挟む」からハサミパンという人もいれば、昔パンに切れ目を入れる時、パン専用の「鋏」を使っていたからという人もいて、それぞれだった。


「どうぞ。食べてみて下さい」


「本当に申し訳ないな、ルーシェル君。何から何まで」


「感謝する」


「いっっっただきま~~す」


「ミルディ、せめてルーシェル君にお礼を言ってから食べて」


 それぞれ僕に声をかけながら、出来上がったパンを掲げた。


「持ってみると結構重いなあ」


「みなさん、騎士団の方なのでよく食べるんじゃないかなって。大きすぎました?」


「ううん。これぐらいどうってことないわ。お腹ペコペコだもん。今なら魔獣だって食べられるわよ」


 ミルディさんの言葉に、僕は苦笑で返した。


 それぞれ大きな口を開ける。


 パンとシャキシャキ草、さらにからりと揚がった肉を一気に頬張った。


 サクッという、心地よい音が静かな山の中に響く。


「むっ!」

「ぬぅ!!」

「むはっ!」

「お――――」



 おいしい!!



 見事、4人の言葉が揃う。



「うまい! こんなにうまいハサミパンは初めてだ」


 フレッティさんが声を上げれば、横でガーナーさんが今にも泣き出しそうな顔でうんうんと頷いていた。


「おいしい! 何気にさらっと食べちゃったけど、このパンって焼きたてでしょ? この揚げ物も揚げたてだし。これって、すごい贅沢じゃない?」


 ミルディさんのお腹にも響いたようだ。


「衣はサクッとして、中の肉もジューシーでおいしいです。さらにパンはふわふわ……。間に挟まった野菜も新鮮で瑞々しくて」


 リチルさんもモグモグと咀嚼しながら、声を上げた。


「この肉、少し辛くないか? 普通の鶏肉ではないようだが……」


 フレッティさんは僕に質問を向ける。


「実は僕も名前を知らない鳥なんです。この辺りの固有種だと思うんですけど。不思議でしょ? 少し辛い味がするんですよ、この鳥」


「そんな鳥がいるのか。なるほど。どうりで初めて食べるわけだ」


 また嘘を吐いてしまった。


 今フレッティさんたちが食べている肉は、獄烙鳥(ごくらくちょう)と呼ばれる魔獣のお肉だ。


 炎のような紅蓮の羽根に、鶏でいう鶏冠の部分からは常に火が立ち上っている魔獣で、当然炎に強い耐性を持つ。


 特に耐火性能が強いのは羽根だけど、その肉を食べるだけで炎への耐性が強くなる。


 魔剣ぐらいの火では、フレッティさんたちの皮膚はビクともしないはずだ。


 これで魔剣に対する対策は取れた。


 あの魔剣使いにも遅れを取らないはずだ。


 獄烙鳥の肉は【スキル】や【魔法】を得るためのものじゃないから、自分たちが炎耐性を得ていることには気付かないだろうけど。


 フレッティさんは二口目を口にする。横のミルディさんがすでに完食していた。幸せという感じで、お腹を撫でていると、またリチルさんに叱られている。


 そのリチルさんは咀嚼を繰り返し、じっくり味わって食べているようにも見える。


 ガーナーさんもそのタイプらしい。ゆっくりと口を動かし、よく味わっていた。


 四者四様の姿に、僕の顔は綻んだ。


 初めて知った。


 人に食べてもらえるって、こんなに幸せなことだったんだ。


 今まで魔獣の研究と自分が強くなるためにご飯を作っていたけど……。


 不思議だ。


 この人たちのために、僕はもっと料理を作りたいと思っている。


「ほら。ルーシェル君、君も食べなよ」


「え?」


「え? って――――。君だってお腹が空いてるでしょ。一緒に食べよう」


「一緒に……」


 まだ1本、ハサミパンが残っていた。


 獄烙鳥の切り身を使ったハサミパンは、僕の中で定番だ。300年の間で、何度食べたかわからない。


 もはや食指すら動かない料理なのに、僕の手は自然と皿へと伸びていった。


 持ち上げてみると、重い。


 いつも作っているハサミパンとは別物みたいに思える。


 僕は少し躊躇いつつも口を開けて、ハサミパンを迎え入れた。


 はむっ……。


「おいしい……」


 思わず呟いた。


 まだほのかに温かいもちもちの出来立てパン。


 そこに挟まれて揚げた獄烙鳥とシャキシャキ草の食感が最高すぎる。


 ふわっともちもちしてから、獄烙鳥のサクッと頭にまで突き抜ける食感がたまらない。


 パンは熱気と共に甘く、そこに獄烙鳥の辛みがミックスされている。


 甘く、そして辛く……。


 人を魅了してやまない味が、口内に押し寄せてくる。


 肉の食感も柔らかく、歯に程よい弾力を与えるとともに、旨みたっぷりの肉汁が遅れて口の中の侵略を始めた。


 何だろう。


 もう何度、いや何千回と食べているはずなのに、味に感動してしまった。


 本当に僕が作ったのだろうか。そう疑いたくなるぐらい、僕の心は今震えている。


 最初食べた時はおいしかった。でも、一体いつから僕は無味乾燥にこのハサミパンを味わうことをやめてしまったのだろうか。


 気が付けば泣いていた。


 おいしさのあまり。


 感動のあまり。


「おいしかった?」


 ミルディさんは尋ねる。


 フレッティさんたちも、僕を見つめていた。


 皆、僕に同情するどころか笑っている。馬鹿にしてるわけじゃない。


 その笑みにはまるで家族のような温かみを感じられた。


 僕は涙を拭くことなく、笑顔で言った。


「おいしいです」


 ああ……。


 みんなで食べるってこんなにおいしいものなんだ。


明日も3回更新がんばります。


「面白い」「おいしそう」「作者、死ぬなよ……」と思っていただいた方は、

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ハイファンタジーの週間トップに入れるか否かというところまできましたので、

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み始めたばかりですが面白い作品ですね 300年 一人で生きていたのに心が病んでいない主人公が良いですね。
[一言] なるほど、ここから料理人の道に進むんですな( ´ー`)
[一言] 誰かと一緒に食べれば味もさらに美味しく感じるのは、やっぱり寂しかったのでしょうね。しかも300年ぶりって。 今日から読み始め、今ここです。 捨てられてから時々思い出す父との事。この父は自分…
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