第161話 戻し斬り
さて、こうやってまな板の上にミレニアムスノウの肉を置いてみたけど、どうしようか。
頭の中で様々な料理が思い浮かぶ。
でも、その前にはミレニアムスノウの肉質を確かめるのが先かな。
僕は【竜眼】で確認する。
《名称》ミレニアムスノウの肉《分類》筋肉《種類》胸肉《属性》水《状態》なし
《説明》ミレニアムスノウの胸部分の肉。脂がのっているが、肉質は大味。食べると不思議な力を得ることができる。
不思議な力も気になるけど、問題は肉質だな。脂がのっていることは見てくれからわかるけど、食感が硬すぎるのもよくないなあ。
「まずは食べてみようかな」
「え? そのまま食べるんですか?」
横で僕と一緒に献立を考えていたリーリスが、素っ頓狂な声を上げる。
「特に毒はないようだしね。あ。でも、一応浄化はするよ」
僕はさらにミレニアムスノウの肉を細切れにする。
【浄化】の魔法を使って、穢れを払った。そして平鍋で軽く焼き始める。
「いい香り……」
「うん。匂いは悪くなさそうだね」
軽く火を通した後、僕は何も付けずお肉を咀嚼した。
にゅ、にゅ、と何度か噛む。
うん。想像していたよりも味わいがある。
寒いところの魔獣って、結構脂がきついけど、ミレニアムスノウはそんなことはない。さらりとしていて上質、かつ程よい甘さがある。
問題は肉が硬い……いや、噛みにくいということかな。
筋張っていて、なかなか噛み切れない。リーリスじゃあ、もしかしたら飲み込めないかも。
「ちょっと筋が多くて、噛みにくいね」
「食べられないのですか?」
リーリスが心配そうに言う。
そこにヤンソンさんが様子を見にやってくる。
「よ~、お子様たちうまくやってるか~って……げっ! 相変わらずえげつない食材を扱ってるなあ」
「ミレニアムスノウのお肉です」
「なんだよ、その祝祭を祝ってくれそうな魔獣の名前は……。で? 味はどうなんだ?」
「ちょっと筋が硬いですね」
「ふーん。どれ、俺にも食べさせてくれよ」
僕は先ほどと同じ要領でミレニアムスノウを調理し、ヤンソンさんに渡した。
早速、食べてみると、ヤンソンさんのややボウッとした顔が今目を覚ましたかのようにシャキッとなった。
「うーん。こりゃまた妙な味だな。脂は濃厚なのに、さっぱりとしている。……でも、肉はちょっと硬いな。うちなら間違いなく捨ててる」
「でも、このお肉を使えば、冬場の食糧事情は一気に解消されると思うんです」
もちろん、アプラスさんの魔力の補充も。
「確かにな。やるとしたら、肉を叩くか、細かく切って筋を切るしかねぇなあ」
僕もその方法は考えていた。
肉叩きや筋切り針を使えば、この問題は多少解決するだろう。
でも、肉を痛めるにはリスクがある。
「肉を切ったり、叩いたりすることは、お肉の旨みを逃すことに繋がります」
「ほう。ちゃんと肉の扱い方がわかってるな」
「ヤンソンさんの仕事を見てきましたから」
こいつ、と言って、ヤンソンさんは僕の頭をちょっと乱暴に撫でる。
「けど、それ以外にこの肉を軟らかくする方法はないぞ。肉自体が硬いんだからな。酒や蜂蜜に漬けたところで、そう……」
「はい。だから、旨みが出ないようにお肉の筋を切ります」
肉の表面をなるべく傷付けないようにして、内部の筋を断ち切る。それができれば、旨みや脂が極力出ていかないはずだ。
「そんなこと――――って、お前ができるんだろうな」
ヤンソンさんは肩を竦めると、リーリスと一緒に笑った。
「はい。見ててください」
僕はドラゴンキラー――もとい包丁を握る。
1度息を吸い込むと、目の前のミレニアムソウルのお肉に集中した。
「いきます!!」
スキル【万斬り】!!
僕は包丁を使って、肉を切り刻む。
巨大なお肉に万遍なく斬撃を叩き込んでいった。
しばし斬る音だけが厨房に響く。
料理人たちが手を止めて、僕の方を見ていた。
あまりの速さに、僕が振るう包丁の手つきが光って見える程だ。
「おいおいおいおい。ちょっとやり過ぎじゃないのか」
「る、ルーシェル……」
側のヤンソンさんとリーリスが驚いている。
やがて、僕はスキルを止める。音と光は同時に鎮まった。
「これでいいはずです」
僕は汗を拭う。
ヤンソンさんとリーリスは、改めてミレニアムスノウのお肉を見上げた。
「別に変化はないように見えますが……」
「ルーシェルのことだ。どうせえげつないことになってるんだろうな」
ヤンソンさんは半ば苦笑しながら、自らの包丁で肉を切る。
「さっきより軟らかい……?」
自分で平鍋を振るい、ミレニアムスノウの肉を焼くと、慎重に咀嚼した。
「んんんん!!」
ヤンソンさんの眠そうな瞳が一気に開く。
「どうですか、ヤンソンさん」
「おいしいですか、ヤンソン?」
僕とリーリスが覗き込むと、ヤンソンさんは叫んだ。
「うまい!」
「やった!」
「やりましたね、ルーシェル」
「すごいなあ。とても同じ肉を食ったとは思えない。先ほどよりも明らかに軟らかい。見た目は一緒なのに……。どうやったんだ?」
「戻り包丁という技術だろ」
やって来たのはソンホーさんだ。
騒ぎを聞きつけて、いてもたってもいられなかったらしい。
興味深そうにミレニアムスノウの肉を眺めた後、ソンホーさんは生のまま食べてしまった。
「ふむ。昔食べた象肉に似ておるが、それよりも遥かに肉質が軟らかいの。脂もほどよく、何より旨みが濃厚じゃ」
「料理長、戻り包丁とは?」
「繊維の一切を傷付けずに切り、切った断面をもう1度合わせると元通りになるという、まあ大道芸みたいな技術じゃ。といっても、小僧の技術はその技術を遥かに通り越しているがな。食感を悪くする筋だけを切っておる」
「えっと……。それってつまり、戻り包丁で刃面を入れて、中の筋の部分だけを正確に切ってるってことですか」
「理屈で説明すると、そんなところだ」
さすがソンホーさんだ。
初見で見抜くなんて、やっぱりこの人はただの料理人じゃない。
説明したところで信じてもらえないから何も言わずに始めたけど、見ただけでわかる人がいるなんてね。
「さすが、料理長です」
「お主の神業に比べれば、些細なことよ。それで、小僧。その肉で何を作る」
「こんな大きなお肉ですからね。やっぱりあれでしょう」
「ふん。まあ、当然といえば当然じゃな」
ソンホーさんはニヤリと笑う。
ヤンソンさんも気づいたのだろう。
唇にタレた涎をペロリとなめ取った。
「さあ、作りましょう」
ミレニアムスノウのステーキをね。








