第158話 祝福の雪
☆★☆★ おいしい料理作品のご案内 ☆★☆★
HxSTOON (へクストゥーン)より「ごはんですよ、フェンリルさん」というお話の原作を書かせていただきました。
おいしいご飯を作って、フェンリルさんをモフろうというお話になりますw
WEBTOON作品ですが、カラーも入って、めちゃくちゃ料理がうまそうに見えますので、
是非ご賞味ください。
配信日は5月23日より。
HykeComicサイト内で連載開始です。
宣伝失礼しました.
◆◇◆◇◆ 42年前 ◆◇◆◇◆
忘れもしない。
42年前……。
カーゼルスの家庭教師になった時のことを。
そして彼が初めて真剣に私に対して好意を向けてくれたあの日のことを……。
たった半年だった。
1000年という私の長い月日と比べれば、刹那といっても差し支えない時間だ。
もう父と母の顔すら薄らとしか思い出せないのに、あの半年のことは鮮明に覚えている。
子どもの頃のカーゼルスは、とても不器用な子だった。
しかし、真っ直ぐで素直で、努力家な彼は私の教えることをスポンの実のように吸収していった。
笑って、泣いて、また大笑いすることもあった。
あの半年だけは、精霊人ではなく、私は人間だったように思う。
砂漠の中に突如現れたオアシスような輝ける日々。
氷の精霊様に仕えることが苦痛かと言えばそうではない。私の生きる道を示してくれた精霊様にはとても感謝している。その未来についても、受け入れているつもりだ。
でも、あの刹那に等しい日々は、1000年の月日のどんなことよりも鮮明に覚えていた。
そう思えるのは、きっと別れ際にあった出来事のおかげだろう。
はっきりと覚えている。
カーゼルスから受けた行為を……。
男らしく引き締まった顎。
信念ごと握り込んだ拳。
恋をすることの恐ろしさすら知らない真っ直ぐ瞳。
その時のカーゼルスは10歳。
まだまだ子どもだ。
いや、私にとってどんな人間も子どもでしかない。
だけど、その時のカーゼルスだけは出会った時より遥かに大人びて見えたような気がした。
しかし、私は精霊人だ。
そして彼は伯爵家を担う大事な跡取りである。
何より私の未来は決定している。
氷の精霊様が与えた未来に、精霊の花嫁たる私が背くわけにはいかない。
だから、私はその時断る以外の選択肢を持てなかった。
◆◇◆◇◆ 今 ◆◇◆◇◆
『自分の気持ちを伝えた方がいい』
リチルさんにそう促されたアプラスさんは、天を仰ぐ。
生憎と空は真っ黒だ。今が昼なのか夜なのかもわからない。
なのに不思議と黒い空から、白い真綿のような雪が下りてくる。周囲は静かで、時折谷間から吹く風が口笛のような音を出すだけだった。
――本当にそれでいいのか。
アプラスさんがそう空に問いかけているように僕には見えた。
やがてカーゼルスさんの方を向く。
「私はカーゼルスを……、カーゼルスのことが好きです。告白します。あなたがあの時私に告白してくれたこと、とても嬉しかった。ありがとう、カーゼルス」
アプラスさんは顔を上げた。
赤くなった頬を伝って、ポロポロと涙が下りていく。
美しい、溶けた氷のように美しい涙だった。
僕とフレッティさん、カリム兄さんは拍手を送り、祝福する。
リチルさんは……。
「よっしゃぁ!!」
何故か自分のことのようにガッツポーズをとっていた。
う、うん。人の喜び方や称賛の仕方には色々あるしね。これはこれで。
1人で小さく肩を震わせるアプラスさんを抱きしめたのは、カーゼルスさんだった。
何も言わず、そっと抱きしめたカーゼルスさんにアプラスさんは拒むことなく、その胸で泣いている。
「ごめんなさい、カーゼルス。私はあなたの想いを真っ直ぐ受け止められなかった……」
「心配しなくていい。君は今やっと答えてくれた。42年かかってしまったが、死ぬ前に聞くことができて、私は本望だよ」
「違うのです。私は怖かった」
「怖かった?」
「42年前、私の中に往来した気持ちのことが、私にはその時理解できなかった。だから、怖かった。その時、どうしたらいいのか。自分が精霊人とか花嫁以前にどうしたらいいのかわからなかったんです」
「わかります、その気持ち」
僕は頷く。
「そうね。ルーシェルくんと同じね」
リチルさんも、フレッティ、カリム兄さんも頷いた。
「僕もまた300年生きてきた。親の愛情も、子どもとしての生き方も、思い出も作らずに長い時を生きてしまった。わからなくて当然なんですよ、アプラスさん。怖くて当然なんです」
「そう。人の好意を素直に受け止めること自体、勇気のいることなの。でも、あなたはちゃんと言えた。……わたしには羨ましく見えるみたいに」
「ルーシェルさん……。リチルさん……」
「おめでとう、アプラスさん。そしてどうかお幸せに」
「ありがとうございます……。で、でも……」
カーゼルス伯爵に抱かれながら、アプラスさんは顔を上げた。
そこにいたのは、大蛇である。
蛇頭を下に向けた氷の精霊の瞳は、怪しく光っていた。
『なるほど。人として壊れていたからこそ、アプラスは魔女にならなかったのか』
「氷の精霊、それは違います」
カーゼルスさんが反論する。
「彼女は未熟だっただけです。そしてこの私も……。でも、今は違う。どうか氷の精霊よ。私がした行いの罪はいずれ償う。だから、どうかアプラスとともに一緒にいさせてほしい。アプラスの未来に、私を加えさせてもらいたいのだ」
『我は精霊だ。人のことなどしらぬ』
氷の精霊はあくまで精霊としての立場を貫くつもりらしい。
アプラスさんの献身は精霊の性質を変えたのかと思ったけど、どうやらそうでもないようだ。
『だが、アプラスが人として壊れているなら、それはもはや人にあらず』
「え? それって……」
僕は息を呑む。
何故なら、今すごいことが起きようとしているからだ。
『人の罪を人ではない者に与えるわけにはいかぬ。カーゼルスといったか、呪われていたそなたも同じだ』
「じゃあ……」
「精霊様……」
カーゼルス伯爵と、アプラスさんは口を開いた。
氷の精霊は小さく頷く。
『カーゼルスを不問とし、アプラスを無罪とする。もうお前たちは関係ない。去るがいい』
思わず呆然としてしまった。
ついに精霊の考えを、人が変えてしまった。
カーゼルス伯爵の想いが……。
アプラスさんの積年の献身が……。
神に近い存在である精霊の意見を覆した。
凄い……。2人とも凄すぎです。
「カーゼルス様……」
「アプラス……!」
2人はきつく抱き合った。
そこに涙はない。
真に嬉しそうに笑っている。
本当に良かった。
凄いなあ。こんなことってあるんだ。
お互いの42年やり残していた想い。
そんなに時間をかけても、人が人と繋がることができるんだ。
空を仰ぐ。
僕も諦めなければ良かったのかもしれない。
せめてドラゴングランドを食べる前に、家に戻っていれば、違った未来があったかも――カーゼルス伯爵とアプラスさんを見ながら、僕はそう思わずにはいられなかった。
「良かった。本当に良かった」
涙を流し、拍手を送っていたのはリチルさんの方だった。
フレッティさんも、カリム兄様も祝福している。
空は相変わらず雪雲に覆われているけど、真綿のような雪は2人を祝福しているように見えた。
『だが、1つだけ問題がある』
「え?」
『アプラスよ。そなた――――』
このままでは死ぬぞ……。








