第157話 精霊の花嫁
【コミカライズ更新】
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◆◇◆◇◆ アプラスの話 ◆◇◆◇◆
最初に『氷の精霊』――あなたに出会った時はとても恐ろしかった。
大きな身体。
身が凍るほどの眼光。
そして冷たい肌。
身を竦んでしまって動けない私に流れてきたのは、それからの私の未来と、あなたのことだった。
精霊の寿命はない。
いや、時間の概念すら存在しない。
だから人の生き死に興味がないから、必要とあらば大きな罰を与えることも厭わない。
しかし、長く生きれば、長い間人間というものを見ていれば、死んで生きて繰り返すことを続けるならば、どうしても生物の死を目撃することになる。
ずっと見てきたこそわかるのだ。
人間よりも遥かに賢いからこそ、理解してしまうのだ。
その「生」と、その「死」の重さを……。
あなたもそうだった。
精霊人――俗に言う『魔女』と呼ばれる彼らや彼女らが暴走し、あるいは錯乱し自害した。
多くの精霊人の生と死を見続けてきたあなたも、どこか疲れているように私には見えたのだ。
いや、歴史の重さに1人戦うあなたを見た時、私はあなたが寂しそうに見えた。
たった1人で「精霊」であることを自負を背負いながら戦うあなたを見て、私は――私だけはずっと側にいなければ……、そう思ったのです。
◆◇◆◇◆
そう語ったアプラスさんは、氷の精霊の鼻の頭を撫でた。慈愛に満ちた所作に、氷の精霊は気持ち良さそうに目を細める。
話を聞きながら、僕は単純に「すごい人だ」と感心した。
精霊は人間よりも上位の存在だ。
だから、人間は畏敬の念を持って接する。
地方によっては年に1度、精霊に感謝する日があるぐらいだ。
故に人間はどうしても思ってしまう。
『精霊』は万能な存在だと……。
けれど、アプラスさんは違った。
精霊もまた万能ではないことに気づいたのだ。
確かにそうだ。
長く生きているから偉いんじゃない。
長く生きているからこそ……、死という終わりがないからこそ、心の中に闇もまた抱えてしまう。
僕もそうだった。
300年生きてきて、僕の考えは歪にゆがんでいった。
子どもと大人の分け目もなく、力を振るうことになんの躊躇もなくなってしまった。
それが生きることで当たり前のことだったとしても、人間からみれば、それはあまりに過ぎた力だった。
300年という年月だけでも、僕は押しつぶされそうだった。
精霊がこれまで生きてきた心の闇や、孤独は幾ばくだろうか。
それをアプラスさんは初めて気付いた。
まだ小さな女の子が……。
「私も1人でした。母と姉は病気で亡くし、父も罰を受けて亡くなった。呪われた家族に手を差し伸べる人はおらず、当然の如く精霊の嫁に差し出された」
孤独だったのは、アプラスさんも一緒だったというわけだ。
おそらくだけど、どこかシンパシーを感じたのかもしれない。
『私が寂しいか……』
アプラスさんの話が始まって、ずっと黙っていた氷の精霊は天を仰ぐ。
「申し訳ありません、氷の精霊様。私が抱いた感情は、あなたの未来にもないことだった。たぶん、あなたが寂しそうだと思うことすら不敬だったのかもしれない。でも、ずっと側で見ていたからわかったんです。きっといつかあなたはすり切れてしまう。だから、私は……」
『良い。我が嫁よ』
「氷の精霊様?」
『すべてを言わずとも良い。確かにお前という存在が私を迷わせた。でも、お前がいたからこそ私は私でいられたのだろう。……魔女になっていたのは、私の方かもしれないな』
「そんなこと――――」
「あり得ます」
頭を振るアプラスさんに、僕は言った。
その言葉を聞いて、深く頷いたのはカリム兄さんだった。
「ルーシェルの言う通り。精霊もまた魔に落ちることがあります。そして、その総称こそが……」
「はい。魔族の正体です」
僕は1度魔に落ちかけた精霊を助けたことがある。
その恩義もあって、僕は精霊から敬われているのだ。
ただ魔族には様々な生まれ方がある。
氷の精霊のように長く生きたことによって心の闇に支配されることもあれば、圧倒的な力を持った人間や、魔族自身がその闇を肥大化させることもある。
魔族になるかどうかは、その本質によるところが大きいみたいだけど、1度「精霊」や「人」の括りの中から外れれば、想像もできないほどの力と不老の身体を得ることができるらしい。
特に精霊から魔族となったものは恐ろしい力を持つ。
僕が抑えた精霊も非常に手強かった。
手伝ってくれた大精霊曰く、魔族の王となる可能性もあったと言っていた。
だけど、氷の精霊は氷の精霊のままだ。
たぶんアプラスさんの献身が、氷の精霊を闇落ちから助けたんだろう。
それはまさに精霊の花嫁と呼ばれるにふさわしいファインプレーだったのかもしれない。
全員がアプラスさんの献身に感心する。
ただ1人除いて……。
「どうやら、私は余計なことをしてしまったようだ」
そう言って、雪の上に座ったのはカーゼルスさんだった。
諦めたように息を吐く。
恋ということに無頓着な僕でも、カーゼルスさんの気持ちはなんとなくわかった。
恋い焦がれていた相手と、精霊の仲むつまじさを目の前で見せられたのだ。
それも1000年分の濃厚な恋愛を……。
2人の隙間に入れないこと知って、カーゼルスさんが白旗を上げたのもなんとなくわかる。
「そうでしょうか?」
疑問を呈したのは、リチルさんだった。
「伯爵。あなたがやったことを確かに余計だったと思います。アプラスさんを解放するために、自分が精霊人になる。その覚悟は凄いですが、それでアプラスさんが解放されるかわかりませんし、逆にアプラスさんに余計な心労を与えてしまったことは確かです」
「お、おい。リチル! そんなズバリ!」
フレッティさんが慌てるが、逆にリチルさんに睨まれてしまった。
「これぐらい言った方がいいんですよ。恋に盲目な男にはね」
ピシャリと言い放つ。
なんかリチルさんが凄く怒ってる。
というか、何か積年にたまった鬱憤を晴らしているようにすら、僕には見えた。
事実、フレッティさんが氷の精霊に睨まれた時以上に、「うっ」と喉を詰まらせていた。
その横でカリム兄さんは笑いを押し殺して、肩を震わせている。
「でも、本当にカーゼルスさんが嫌いなら、自分の私室に男なんて入れません。それが緊急事態だとしても遠慮します。それでも、アプラスさんがカーゼルスさんを受け入れました。いや、氷魔の渓谷に入る前に拒んでいたかもしれません。たぶん、アプラスさんもカーゼルスさんと話したいことがあったんじゃないでしょうか?」
「それは――――」
カーゼルスさんはアプラスさんの方を向く。彼だけじゃない、みんながアプラスさんの方を見た。
「アプラスさん、自分の気持ちをちゃんと伝えた方がいいじゃない? 想いを引きずれば、この先魔女になるよりも辛いよ」
リチルさんは説得する。
すると、アプラスさんは長い沈黙の末に、口を開いた。
「私はカーゼルスを…………」
拙作原作『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる」もニコニコ漫画で更新されました。こちらもよろしくお願いします。








