第156話 精霊の理由
「か、からぁぁぁああああ!!」
カーゼルスさんは大口を開けて叫んだ。
まるで雷撃が走ったかのように身体を痙攣させている。
それまで活動的に動いていた触手も勢いがなくなり、ピンと立った後に力なく倒れてしまった。
黄色のスライム飴はサンダースライムを原料としている。とても刺激的な味で、辛いというよりは、痛いに近い。
原料がサンダースライムだけに直接飲み込むと、微弱な雷撃が身体の中に入り、一時的に動きを止めてしまうのである。
僕はこれを山で獲物を狩る時に使っていた。
効果は抜群で、Cランクの魔獣ぐらいならサンダースライム飴1個で無傷で捕獲できるほどだ。
人間相手に使ったのは、これが初めなんだけど、大丈夫かな。
そもそもカーゼルスさんって結構なお年だし。
心臓が止まったりしたりしないだろうか。
「も、もう少し使用は慎重にした方が良かったかな」
僕は頭を掻いて誤魔化す。
だが、カーゼルスさんは元気そうだ。
咳をしながら、必死に飲み込んだ飴を吐き出そうとする。
ただ飲み込んだものをすぐに吐き出すのは至難の業だ。
幸いなことに、雷撃を浴びたような感覚は1度だけ。
溶ければ、パンチの効いた甘い飴でしかない。
「び、ビックリした……。ルーシェルくん。君、一体私に何を飲ませたんだ?」
カーゼルスさんはお腹の辺りをさすり、げっそりしていた。
意識が戻ってきたらしい。
サンダースライム飴のおかげで、呪いの効力が抑えられているのかもしれない。
「伯爵閣下!」
「意識が……」
吹き飛ばされたフレッティさんとカリム兄さんが戻ってくる。
リチルも、アプラスさんも聞こえてきたカーゼルスの言葉に驚く。
アプラスさんはなんかは泣きそうになっていた。
「カーゼルスさん、意識が……」
「意識……。いや、私は一体……。うわああああああ! な、なんだ、この手は!!」
黒く変色し、触手のように変体した腕に驚く。
どうやら、呪いに飲み込まれていた間のことは覚えていないらしい。
直後、カーゼルスさんが光り始める。
輝きは全身を包み、光そのものになっていく。
「な、何が起こってるの?」
「落ち着いてください」
多分、氷の精霊だ。
カーゼルスさんの中にある呪いを浄化しているのだろう。
僕はそのことをアプラスさんに告げた。
「氷の精霊様が? 一体どうして?」
「僕にもわかりません。後で氷の精霊が教えてくれると思います」
やがて光は止む。
カーゼルスさんが光の繭の中から現れる。
すべてが元通りになっていた。
真っ赤になっていた目も、変色していた腕や身体の一部も、着ていた服ですら元のままになっている。
すごいことは知っていたけど、これが精霊の力なんだ。
僕もやろうと思えばできるけど、短時間でここまでスマートにはできない。
やがてカーゼルスさんに集まっていた光はゆっくりと僕たちの背後で積み上がっていく。
最終的に、あの氷の大蛇が再び僕たちの前に現れた。
疲れた様子はなかったが、どこか安堵しているようにも見える。
最初に氷の精霊に近づいたのは、アプラスさんだった。
深く積もった雪を踏みしめながら、近づいていく。同時に、大蛇の頭もまたアプラスさんに近づいていった。
一瞬食べられる、と思ったが違う。
アプラスさんはそっと大蛇の頭を撫でる。
そしてアプラスさんは顔を上げて、問うた。
「どうして? どうして、カーゼルスさんを助けてくれたのですか?」
「…………」
「あなたは……、あなたたちは我々人間に興味がない。むしろ嫌っているのではないのですか?」
『……否定はしない』
「なら……」
『だが、アプラス……。お前は人間ではない』
「私が精霊の花嫁だから」
『違う。お前は精霊人だ』
アプラスさんはハッとなる。
確かにアプラスさんはもう人間ではない。精霊と魂が同一化した精霊人だ。
でも、果たしてそれだけが理由だろうか。
そもそもアプラスさんを助けたのが精霊人だからというなら、何故カーゼルスさんまで助けたのだろう。
あのままいけば、カーゼルスさんは呪いに飲み込まれて自滅していたかもしれない。
それを精霊自ら助けたのは、どう考えてもおかしかった。
すると、氷の精霊は鎌首をもたげる。
少し遠くを望みながら、口を開いた。
『……多分、それだけではないのだろう』
「はい。私が精霊人というなら、カーゼルス様まで救ったのは何故でしょうか?」
『……わからぬ』
「わからぬ?」
精霊は全知全能の神ではないにしろ、それに近い存在だ。
人間より遥かに長い生き、多くのことを見聞きしていた氷の精霊が「わからぬ」といった一言に、僕は衝撃を受けた。
しかし、次に僕はその「わからぬ」といった言葉の意味を知ることになる。
『私はお前がわからぬ、アプラス……』
「え? 私??」
『そなたは何故ここにいる?』
「それは精霊人として……」
『何故、他の人間のように魔女にならぬ? 何故、1000年経っても人のように生きられる? 何故、私の側にいられる?』
「えっと、それは……」
アプラスさんは言いよどむ。
凄い。アプラスさんもそうだけど、氷の精霊もどこか戸惑っているように見える。
まるで、その――――。
「なんか……。氷の精霊と精霊人っていうよりは、付き合い立ての恋人同士みたいね」
つい口に出たのは、リチルさんだった。
慌てて口を塞いだけど、遅かりしだ。
そっとカーゼルスさんの方を見ると、本人は黙って氷の精霊とアプラスさんの話を聞いていた。
アプラスさんは答えを探すように言葉を吐き出す。
「魔女にならないのも……。人間のように振る舞えているのも……。私にはわかりません。でも、最後の1つだけはわかります」
『なんだ? 何故、お前は我の側にいる? 夏季に人里においても、お前は冬になれば帰ってくる。何故だ?』
「それは…………」
あなたが寂しそうだったから。
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