第15話 ミルディ
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パチパチ……。
巨大な樟の近くで、火が爆ぜる音が響いていた。
細い煙が立ち上り、生い茂る葉を揺らしている。
青葉の裏が煤で真っ黒になっていた。
「うーん……」
最初に目を覚ましたのは、フレッティさんだ。
何か慌てた様子で上体を起こし、辺りを窺う。
その物音を聞いて、ガーナーさんも反応し、団長と同じく周囲に視線を向ける。
どこか狐につままれたような顔をした2人を見て、僕は思わず笑ってしまう。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
僕が声をかけると、フレッティさんはびくりと肩を動かした。
寝ぼけ眼を細め、よく目を凝らす。
「あ、ああ……。ルーシェル君か。すまない。ぐっすり眠ってしまっていたようだ」
「随分お疲れだったようですね」
「そのようだ。もしかして、夜ずっと起きて夜番を?」
「いえ。ここではその必要はないですから」
「まさか魔獣が蠢く山の中で、こんなに熟睡できるとは……」
フレッティさんは首を傾げる。
まさか僕が薬を盛ったなんて露も思っていないようだ。
「何をやっているんだ? 随分と香ばしい匂いがするが……」
「今、窯の中でパンを焼いてます。もうすぐ朝食ができますから、その間にリチルさんを起こしてきてくれませんか?」
「朝食……?」
「そうです。……あ、さっき沢で水も汲んできたので、それで顔と手を洗って下さい」
「至れり尽くせりだな。すまない。君の寝床に転がり込んできたのは、我々の方なのに」
「さんびゃ――――じゃなかった、初めてのお客様なので。僕も人と喋ることができて嬉しいんですよ」
「……そうか」
フレッティさんは穏やかに微笑むと、僕の手元に目を落とした。
「ちなみに何を作っているんだ? パンにそれは何の肉だ?」
フレッティさんは俎上の肉を指差す。
普通の鶏よりもずっと身が赤い。初見の人はちょっとギョッとするかもしれないが、フレッティさんが指摘することはなかった。
「鳥が罠にかかっていたので、早速解体して調理を……」
「き、君が獲ったのか?」
信じられない、とばかりにフレッティさんは目を丸くする。
「はい」
「凄いなあ……。あ、いや……。この山で生きて行くのだ。それぐらいの技術はあって、当然かもしれないが」
フレッティさんは感心する。
僕は苦笑を浮かべながら、料理を進めた。
獲ってきた肉の水気を取り、食べやすい大きさにカットする。
そこに酒と塩を入れて、よく揉み込んだ。
塩は岩塩を使っているけど、酒は火炎猿という魔物が作ったものだ。
どこで学んだのか、彼らは酒を造る知識を本能的に知っているらしい。
その匂いを使って雌に求婚を迫り、子孫を増やしていってるようだ。ただ詳しい部分は知らない。子どもが知らないこともあるらしい。
揉み込んだらしばらく寝かせる。
その間に卵を溶きほぐし、小麦粉、一角ゴートのミルクから作った自家製のチーズを粉状にして加える。
「おはようございます」
しゃっきりとした声が樟の根本で響いた。
やってきたのは、リチルさんだ。その後ろには亜麻色のショートの女性がついてくる。ややしょんぼりとした顔で項垂れていた。
「ミルディ、気が付いたのか!?」
フレッティさんは歓声を上げる。
けれど、ミルディさんは元気がなかった。まだ傷が痛むのだろうか。
すると、フレッティさんに向けて頭を下げる。
「団長、すみませんでした。あたしがへましたばっかりに……」
フレッティさんと同じく、ミルディさんも責任感が強い人間なんだろう。
矢を受けて回復したことよりも、自分が仲間に迷惑をかけてしまったことから詫びている様子からもわかる。
フレッティさんは、そんな部下の肩を叩いた。
「無事で何よりだ。気にしなくていい。お前がわたしを矢からかばってくれなかったら、隊を率いることもできなかった。ありがとう、ミルディ」
「…………はい」
絞り出すようにミルディさんは言った。
堪えきれなくなり涙を流す。余程悔いているのだろう。
今こういう事態になっているのは、自分の責任だと思い詰めているのかもしれない。
「それよりもだ、ミルディ。命の恩人に礼をする方が先だぞ」
フレッティさんは僕を指差す。
はたと気付いたミルディさんは、僕の方に踵を返して、近づいてきた。
「お礼なんてそんな……。僕は困っている人を助けただけなので――――」
というと、ミルディさんは突然優しく僕を包んだ。
「ありがとう……。ルーシェル、くん……でいいのよね」
「え? あ、はい……」
「リチルから話は聞いてる。大変だったわね」
「い、いえ。もう慣れましたから」
もう300年前のことになる。
父上や母上の顔を忘れたわけではないけど、もうその他の記憶は色々と疎かになっていて、とても曖昧だ。
父上に捨てられてしまった時の感情は、もう遠いものですっかり忘れてしまった。
今はフレッティさんたちと会話することの方が、僕にとって何よりの幸福だった。
ミルディさんの身体が僕から離れる。肩に手を置いたまま、真っ直ぐ見抜いた。亜麻色の髪も綺麗だけど、薄い黄緑色の瞳も美しい。
僕は思わず見とれてしまった。
「獅子は子どもを千尋の谷へと落とすと言うけど、ルーシェルくんは獅子じゃないわ。こんなにかわいんだもの。はうぅ~」
再びギュッと抱きしめる。
まるでマーキングでもするかのように、顔を擦り付けてきた。
そ、それはまだいいんだけど……。ミルディさんの胸が当たってる。
皮の胸当て越しだけど。
「ちょ! ミルディさん!!」
僕は離れようとするけど、ミルディさんは離さない。
むふふふ、と笑い声まで聞こえてくる。
明らかに様子が変わっていた。
目で助けを求める。リチルさんは家庭教師みたいに注意し、ガーナーさんは無口、フレッティさんはやれやれと頭を振った。
「ミルディ……。お前、自分がへましたことよりも、ルーシェルくんの過去を聞いて同情していたから、あんなに落ち込んでいたんだな」
「そ、そうなんですか?」
「そんなことはないわよ。反省もしてるし、最初に団長に謝ったでしょ。それでお咎めなしなら、それはそれでいいじゃない。それよりもルーシェル君が可哀想よ。こんなにかわいいのに! よし! わかった! あたし、この子を養子に引き取るわ!!」
「よ、養子!!」
慌てて他に助けを求める。
けれど、みんなの反応は「また始まった」という感じだった。
どうやらよくあることのようだ。
「あたし、ミルディ・ウォーレム。これからお母さんって呼んでね、ルーシェル君」
と、ミルディさんはウィンクするのだった。
次回実食……のはずw
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