第153話 意外な行動……。
☆★☆★ コミカライズ再重版!! ☆★☆★
「公爵家の料理番様」コミックス1巻が再重版されました。
3刷目です。自分が関わった著書で初めてなので、めちゃくちゃ嬉しいです。
お買い上げいただいた方ありがとうございますm(_ _)m
引き続き原作小説2巻ともども、ご愛顧いただければ幸いです。
「ぐおおおおおお!!」
その悲鳴はアプラスさんでも、ましてレティヴィア家に連なる他の誰でもなかった。
カーゼルス伯爵だ。
それまで意気軒昂とばかりに声を張りあげ、精霊と立ち向かっていたカーゼルス伯爵が、ケダモノみたいに悲鳴を上げている。
「カーゼルス!!」
アプラスさんの痛切な悲鳴が重なる。
ただならぬ気配に振り返ると、まず僕は息を呑んだ。
「カーゼルスさんの! 腕が!!」
その時、もうすでにカーゼルス伯爵の腕が悪魔の腕のようにひどく歪んでいた。人間の手とは思えないほど、青く脈立ち、肥大と収縮を繰り返している。
結果、黒曜石でできた剣のような黒光りした肌となる。
そう。その腕はもはや一振りの剣だった。
腕の浸蝕は続き、肩に達しようとしている。カーゼルス伯爵は振り払おうとするが、為す術などなかった。
そして、カーゼルス伯爵の腕の先に握っていたのは――――。
「まさか呪剣か……」
事態を見て、固まっていたカリム兄さんが声を振り絞る。
その予測は当たったらしい。
「助けてください! このままではカーゼルスが呪剣に飲み込まれてしまいます!」
アプラスさんは悲痛な声を上げながら、僕たちに助けを求める。
カーゼルス伯爵が呪剣を持っている理由については、何となく察しがつく。
おそらく呪剣を使って、精霊に対して罪を犯し、精霊人の罰を受け入れようとしていたのだろう。
それ自体は愚かという他ないのだけど、それほどカーゼルス伯爵はアプラスさんに対して思い詰めていたということだ。
「ああああああああああああ!!」
カーゼルス伯爵の呪剣を持った手が暴れ回る。
その勢いは凄まじく、衝撃波だけでも周囲の雪を吹き飛ばしてしまった。
予想よりも呪剣の浸蝕が早い。
そもそも呪剣を作るのは難しい。
カーゼルス伯爵がどうやってあの呪剣を手に入れたのか、あるいは作製したのかは知らないけど、簡単にはいかないはず。
ああやって暴走しているということは、恐らく作刀の工程の過程で、何らかの瑕疵があったと考えるのが妥当だろう。
「カーゼルス! しっかりして!! 呪剣に飲み込まれてはダメです!!」
「ぐぐぐ……。ぐぎぎぎぎ……」
僕は【竜眼】で今の状態を確認する。
《名前》カーゼルス・フル・ルヴィニク
《種族》人族
《力》101《頑強》99《素早さ》85
《魔力》61《感覚》65《持久力》82
《状態》重度の呪い
《スキル》【全力斬り】【団長の声】etc
「重度の呪いの詳細を……」
《名称》重度の呪い
《分類》言葉《種類》状態《属性》なし
《説明》現在、対象者は高クラスの呪いを受けている模様。現在浸蝕率66%。すでに意識が混濁している状態と推測。浸蝕率が10割となった場合、復元は不可能。
まずい。思った以上に浸蝕のスピードが速い。
すでにカーゼルス伯爵の意識の半分以上が剣に取り込まれつつある。
早くカーゼルス伯爵から呪剣を離さないと、伯爵が死んでしまう。
「キャア!!」
僕が対策を考えていると、アプラスさんの悲鳴が上がった。
カーゼルス伯爵が呪剣を大きく掲げている。
その目の前にいたのアプラスさんだ。
カーゼルス伯爵にほとんど意識はない。
瞳も半ば白目を剥き、アプラスさんの声が聞こえているかどうかも怪しい。
このままでは、カーゼルス伯爵がアプラスさんを殺しかねない。
僕は雪の道を蹴る。
だが、その前に動くものの気配が、僕のすぐ側を通り抜けていった。
氷の鎧のような鱗を動かし、カーゼルス伯爵とアプラスさんの前に割って入ったのは、氷の大蛇――氷の精霊だ!!
氷の精霊は明らかに自分の花嫁を守るように、呪剣を持ったカーゼルス伯爵の前に立ちはだかる。
「だめ……。ダメよ!!」
アプラスさんは叫ぶ。
そう。ダメだ! ダメなんだ。
カーゼルス伯爵が氷の精霊を傷付ければ、本当に大きな罪を犯すことになる。そうなれば本当にカーゼルス伯爵は神の怒りに触れる咎人となり、精霊人となる。
精霊は花嫁たるアプラスさんを守っただけなのだろうけど……。
「いや、待てよ」
それって何かおかしくないか?
花嫁っていう言葉で、印象が180度変わっているけど、精霊人はそもそも精霊に罰を与えられた人間のはずだ。
精霊が何故、罪を犯した人間を庇うんだ。
それが精霊なりの更生の方法。
いや、そもそも精霊というのは、人間に対して滅多に興味を示さない。
だからこそ、契約時において試練を課して魂の誠実さを計るのだ。己にふさわしいパートナーかどうかを見極めるために。
契約しているなら、精霊が契約者を守るのはわかる。
では、精霊と精霊人の関係はどうなのだ?
話を聞く限り、精霊人は精霊の知識を得た――言わば精霊の分身みたいなものだ。
精霊からすれば、いくらでも代えのきく人形でしかないのではないか。
なら、なんで氷の精霊は今アプラスさんを守ろうとしているのだろう。
「もしかして、氷の精霊……。君は――――」
そして次の瞬間、カーゼルス伯爵の凶刃は振り下ろされるのだった。








