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第149話 氷の精霊と少女

☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★


ヤンマガWEBで第7話②のコミカライズ更新されました。

どうぞこちらもよろしくお願いします。


また本日ニコニコ漫画で「劣等職の最強賢者」が更新されております。

こちらもよしなに。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

 綺麗なベベ(ヽヽ)を着た少女は、圧倒されていた。


 輿から下りて、森を彷徨うこと2時間。

 気が付けば、少女は冷たい氷の渓谷の前に立っていた。


 周りは大きな氷柱が垂れ下がる氷壁、雪は積もり、足を入れると足首まで深く埋もれてしまう。


 それでも何故か寒くはなかった。

 吹雪いているのに、音も聞こえない。

 むしろ周りから音が聞こえないことの方が少女に恐怖を抱かせた。


 歩くこと1時間。


 それは少女の前に現れた。


 大蛇である。

 天を衝くような大きな大蛇。

 冷たそうな氷の鱗に、野いちごのように赤い舌。

 目は大きな金塊のように輝いていている。


 シー、ハー、という鳴き声のような音が聞こえると、空気が震えた。


 少女はペタンとお尻をつく。

 蛇頭が近づいてきても、1歩たりとも動くことはできない。


 大蛇の頭は少女の前で止まると、くわっと口を開けた。

 食べられる! と思ったが、そうではない。


 代わりに襲いかかってきたのは“情報”の波であった。


 そこに書かれていたのは、少女の未来だ。


 少女は今から精霊の花嫁になること。

 精霊人となり、半精霊として生き、精霊に添い遂げること。


 他にもたくさんの知識や、魔法、その掟が頭の中になだれ込んでくる。

 少女が拒否しても、決して手を緩めることはなかった。


 やがて、すべての情報が揃った時、アプラスという名前の少女は立ち上がる。


 氷が反射する光に目を細めると、たった今得た知識と魔法を使って、アプラスは眼鏡を作り、かけた。


 目の前の蛇頭に向かって、手を伸ばすと、その鼻先をそっと撫でる。

 氷の大蛇は気持ち良さそうに目を細め、そして空気の中に溶け込むように消えるのだった。




 こうしてアプラスは精霊人となった。

 同時に精霊の花嫁となることを理解し、氷の精霊に仕えることを誓った。


 彼女はカーゼルス伯爵に咎といったが少し違う。


 咎もアプラスの一部。

『氷の魔女』アプラスそのものなのだ、と理解するのだった。



 ◆◇◆◇◆



 アプラスの話は終わった。

 1000年生きる『氷の魔女』の誕生譚としては、あまりに呆気ない最後と言えるだろう。

 それほど、精霊を前にして、人間は無力だということかもしれない。


 カーゼルスから見れば、精霊のやり口は洗脳同然のもののように見えて、義憤を感じざるを得なかった。

 人間の生き方や身体の構造、知識――未来すら決めてしまうのだ。

 それはもう人間1人を殺しているより他ならない。


「そうだ。これは人間の尊厳の問題なのだ」


 人間が冒した罰は確かに重い。

 しかし、1人の少女の未来を奪う罪はあまりにも重すぎると、カーゼルスは嘆いた。


「アプラス……。君は氷の精霊が示した未来をこれからも生きるのかね」


「おそらく……。いえ、わたくし自身が生き方を決めるものではありません。決めたのは氷の精霊様。人間がその摂理に逆らうことはできません。それは父が精霊様を怒らせたことと変わりありませんから」


 カーゼルスはいつの間にか膝の上に置いた拳を、さらに固く握りしめる。

 悔しいという気持ちは表情からありありと見えた。


 そしてその気持ちに対して、アプラスは沈黙した。

 声をかけることも、声をかけないことも残酷な空気しかそこにはなかったが、もはやかける言葉は彼女にはなかった。


「君の気持ちはよくわかった」


 カーゼルスは立ち上がる。

 寝袋を持って、小屋の扉を開けた。

 冷たい冷気と共に倒れてきたのは、氷漬けになったリチルだ。

 氷像となり、体温が致死にいたろうとしているのに、その顔はどこか満足そうだった。


「わが……しょうがいに…………いっぺんの…………ガクッ!」


「きゃあああああ! リチルさん!?」


アプラスが悲鳴を上げる。

 その声を聞いて、アイススローンの中で寝ていたルーシェル、フレッティ、カリムが飛び出してくる。


 氷漬けになったリチルを見て、目を丸くした。


 早速、ルーシェルによる治療が始まる。

 飴を飲ませると、リチルの顔は一気に赤身を帯びていった。


 ひとまず安堵する。

 どうやら、ずっと外で聞き耳を立てていて、アプラスとカーゼルスの話を聞いていたらしい。

 危なく凍死してしまうところだったが、これは出歯亀リチルに下された天罰なのかもしれない。


「カリム殿、リチル殿をこのまま小屋で休ませてやってくれないか?」


「え? いいんですか?」


 カリムではなくルーシェルが反応すると、カーゼルスは微笑を浮かべて頷いた。


 一方、カリムはアプラスを一瞥する。

 色々と察した青年は何も聞かず、ただ「わかりました」と頷いた。


 こうして『氷の魔女』の小屋での一夜は過ぎていった。



 ◆◇◆◇◆



 朝――といっても、天候が悪いのは相変わらずだ。

 山からの吹き下ろす風と雪は依然として強く、自然の厳しさを教えてくれる。


 昨夜、凍死寸前だったリチルは、朝ルーシェルが作った魔獣食に癒される。全快したリチルは大きく伸びをして、昨夜の騒ぎを謝罪した。


 カーゼルスとアプラスの関係は、少しぎこちない。

 昨夜の話もあってか、お互い気を遣っているように見えた。


 ルーシェルが作った『魔草の茎とグーグーダックの薬膳スープ』を飲み干したあと、この後の予定についてアプラスに尋ねた。


「神殿にあるオーブを停止させようと思います」


「オーブ?」


「氷の精霊様の力を閉じ込めた神器です。その力を停止させることによって、吹雪は収まるはずです。作業自体は何も難しいことではありません。一両日中には、吹雪も収まるはずです。……あなた方はどうしますか?」


「ふむ。ここはアプラスさんに任せるのも手かもしれないね」


「え? 帰るんですか?」


「僕もそれがいいと思います」


 カリムの言うことに、ルーシェルは同意した。


「精霊はあまり人前に出たがりません。下手に刺激するのは、危険と感じます」


 精霊に敬われているルーシェルの意見は何よりも重い。

 カリム、フレッティも頷きかけたが、カーゼルスは違った。


「私はこのままアプラスについて行き、見届けようと思っている」


「カーゼルス様?」


「私は領主だ。吹雪が完全に止まったことを確認する必要がある。これは私の判断だ。カリム殿たちは先に下山をしてくれてもいい」


「そういうわけには参りません、閣下。あなただけを置いて下山するわけには」


 フレッティは立ち上がる。

 すると、昨夜騒ぎを起こしたリチルが手を上げた。


「あの~。わたしも下山するのは反対です」


「リチル、お前まで」


「ルーシェルくんの言うことはわかります。リスクもあることも……。ただそれはアプラスさんにもあるのではないでしょうか? 精霊は人間から見れば、非常に気まぐれな存在です。溶岩魔王の脅威が去ったからといって、すんなり吹雪を止めてくれるでしょうか?」


 リチルはまくし立てる。

 カリムとフレッティは少し考えた後、判断を下す。


「わかりました。我々もお供します、閣下」


「やった!」


 リチルは何故かガッツポーズを取る。

 それを横で見ていたフレッティは、疑惑の眼差しを向けた。


「リチル……。昨夜の騒ぎといい。お前は何か別のことを考えているんじゃないだろうな?」


「え? え? 別のこと? なんでしょうか? あははははは」


 リチルは笑って誤魔化すのだが、その目は右往左往していた。


「よろしいかな、アプラス殿」


「はい。かまいません。ただルーシェル君が言ったように、精霊様はとても繊細な存在です。近づく程度なら大丈夫だと思いますが、あまり粗相なさいませんようにお願いします」


 全員が頷く。


「では、参りましょう」


 こうしてアプラスを先頭にして、『氷魔の渓谷』の奥へと進むのだった。





「あいた!」


 いざ! アプラスが1歩を踏み出した瞬間、雪に足を取られ、面白いように転ぶ。

『氷の魔女』と呼ばれる彼女は、すっかり雪まみれになってしまった。


「ふぇええ……」


「だ、大丈夫ですか?」


 ルーシェルに引っ張り上げられる。


「は、はい。すみません! 気を取り直していきましょう!」


「アプラスさん、そっちは僕たちが来た道です。渓谷の奥はこっちですよ」


 ルーシェルはアプラスが向かおうとした方向と逆の方を指差す。


 アプラスははたと気づくと、回れ右をして何事もなかったように渓谷の奥へと歩き出した。


 ちょっと不安な『氷魔の渓谷』ツアーの始まりだった。


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末永いシリーズにしたいので、お買い上げよろしくお願いしますm(_ _)m


挿絵(By みてみん) 挿絵(By みてみん)

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