第144話 1000年前の少女
☆★☆★ 書籍2巻 好評発売中 ☆★☆★
初めての週末に入りました。
書店にお出かけの際には、是非お買い上げください。
よろしくお願いします。
そして、2月6日には『公爵家の料理番様』初の単行本が発売されます。
◆◇◆◇◆ 1000年前 ◆◇◆◇◆
小さな少女が泣いている。
その少女に、周りの大人たちはよってたかって、上等な絹織物を巻いていた。
赤と白の艶やかな民族衣装。
少女は泣きながら、必死に大人たちの言うことを聞いて、衣装に袖を通している。
新雪のようなサラサラお肌。
深いアメジストのような不思議な紫の瞳。
そして、薄くもなく、濃くもない青い色の髪。
私は少女が泣く理由を知っている。
何故なら、それは私だからだ。
私はこの衣装を着させるほんの2日前に、父親を亡くした。
その悲しみもまだ癒えぬ中、唐突に祖母や村の長から唐突に今の衣装を着ろと言われたのだ。
訳もわからず、まだ小さな私は泣くことしかできなかった。
「よく我慢したね」
衣装を着せ終え、最後に祖母は頭を撫でて、褒めてくれた。
けれど、祖母は泣くばかりでそれ以上のことは何も言わなかった。
私は輿に入るように言われた。
大人4人で担ぐと、輿は動き出す。
いつもより視線が高いことに驚き、ちょっと自分が偉くなったような高揚感に浸っていると、いつの間にか森の中を歩いていた。
輿はやがて森の奥で止まる。
大人に「もういいよ」というまで出てきちゃダメだよと言われて、しばらく輿の中にいたけど、すぐに飽きて外に出た。
大人は誰もいない。
でも、なんとなく……、なんとなくだったけど、自分の行くべき方向がわかった気がして、小さな私は歩き出す。
そして出会ったのだ。
あの人に……。
◆◇◆◇◆
「あ……。ちょうど目を覚ましたみたいですよ」
ベッドに寝かされたアプラスさんが目覚めたのを見て、声をかける。
真っ先に駆け寄ったのは、ルヴィニク伯爵だった。
アプラスさんの細い手を取り、握る。
今にも泣きそうな顔で、アプラスさんを見つめた。
「カーゼルス……様……?」
対するアプラスさんは状況がわかっていないみたいだ。自分の手を握るルヴィニク伯爵を見た後、丸太を重ねたログハウスの小屋の天井をぼんやりと見つめている。
飛べば吹きそうな小屋だけど、魔法で補強してある上に、吹雪が入り込まないような渓谷の間にあって、意外と安全な場所なのだ。
そもそも持ち主は僕の予測では……。
「私の……家…………?」
「やっぱりアプラスさんの家でしたか。すみません。お邪魔させてもらっています。意識を失ったあなたを放っておくわけにはいかず……。近くにあなたの家があると、その……カーゼルスさんから」
「意識を…………あっ!!」
アプラスさんはルヴィニク伯爵の手を払いのけて、立ち上がろうとする。
だが、その前に見えない何かに押されて、ベッドに戻されてしまった。
アプラスさんは白い肌を赤くするほど力を入れたけどびくともしない。
やがて、緑衣を纏った精霊が目の前に現れる。同時に僕の後ろで様子を窺っていたカリム兄さんが立ち上がった。
「君を助けたけど、危害を加えないとは言っていない。だが、大人しくすればこちらも何もしない」
カリム兄さんはいつになく厳しい視線を送る。
普段は優しく、虫さえ殺さない僕の兄だけど、今はヒール役を買って出てくれている。
今、フレッティさんは外に出ていて、辺りや吹雪の様子を窺っていた。
小屋の中にいるのは、僕、カリム兄さん、リチルさん、ルヴィニク伯爵、そして当のアプラスさんだけ。
僕を除けば、アプラスさんに強行的な態度を取れるのは、カリム兄さんぐらいなものだからだ。
「アプラス、私たちは……」
「伯爵閣下、ここはわたしが……」
口を開いた伯爵を、リチルさんが穏やかに遮る。
ルヴィニク伯爵が尋問すると、どうしても情が入ってしまう。
それはアプラスさんも同様だ。
冷静に話すことは難しくなる。
ならば、第三者が尋問するのが今はいいだろう。余計な腹を突かれなくて済むだろうし、何よりリチルさんは同性だ。
心を開いてくれるかもしれない。
……というのが、アプラスさんが目覚める前にカリム兄さんが話した取り決めだった。
レティヴィア家の中でも、カリム兄さんは折衝役としてクラヴィス父上を支えている。
こういうことに慣れているのだろう。
リチルさんは努めて優しく話しかけた。
「精霊人のアプラス・アークブライト様ですね。わたしはレティヴィア騎士団所属の騎士リチル・ヴィーグと申します。後ろの方は、我が当主のご子息にして【勇者】カリム・グラン・レティヴィア様。同じくご子息のルーシェル・グラン・レティヴィア様です」
「よろしくお願いします、アプラスさん」
僕は笑顔で手を伸ばす。
こんな吹雪の中に、僕のような子どもがいるのが珍しいのだろう。
闊達に喋る僕を見て、ちょっと面を食らったように、握手に応じる。
「外にいる騎士の名前はわたしの上司でフレッティ・ヘイムルドと言います。ルヴィニク伯爵は……ご紹介の必要はありませんね」
アプラスさんはルヴィニク伯爵を一瞥した後、頷いた。
「突然押しかけて大変驚かれたことと思います。改めて精霊人に謝罪を申し上げます。その上で、少し事情を聞かせていただけないでしょうか?」
リチルさんは再び頭を下げる。
だが、アプラスさんは頑なだった。
風の精霊に押さえ付けられ、拷問されてもおかしくない状況で、キュッと唇を結ぶ。
やがてリチルさんから目を逸らしてしまう。
「あなた方に話すことは何もありません」
「さっきの戦闘の時にも話したけど、わたしたちの領民が死にかけたの。何も事情を知らないで、わたしたちも帰るわけにはいかないわ」
それが僕たちに途方もない理由だとしても、領民やもっとエラい人たちを納得させるための事情を聞く必要がある。
せめて、この寒波がいつ収まるかは確認しなければならないだろう。
マグマ石の効果は春先までだ。
それ以降も続くとなれば、今から別の対策を考えなければならない。
「あなた方に言っても、理解されないと思います」
「だとしても、わたしたちには理由がほしい。お願い。協力してもらえないかしら」
「…………」
結局、アプラスさんは口を閉ざしてしまった。
すると、カリム兄さんは椅子を蹴る。
わざと床を鳴らして、アプラスさんが寝ているベッドに掴みかかった。
それを横から制したのは、ルヴィニク伯爵だった。
「この状況、わかってるかな。君を拷問することだって、僕たちはできるんだよ」
「お待ちください、カリム様。もう少し、もう少し彼女に時間を与えていただけないでしょうか。私が彼女を説得して――――」
「温いな、伯爵。わかっているのかい。今この時ですら、凍えて死にそうになっている領民がいるんだ。体力がある若者はいいとしても、子どもや老人がこの冬を生き延びることができるかはわからないのだぞ」
「わかっています。だからこそ――――」
うわ~。迫真の演技だなあ。
カリム兄さん、すごいや。
レティヴィア家に生まれなかったら、役者にでもなれたんじゃないのかな。
端整な顔立ちだし、きっと人気が出たことだろう。
ルヴィニク伯爵は演技も流石だ。
剣一筋といった感じに見えたけど、意外と器用な人なのかもしれない。
そういえば、料理もうまかったしね。
でも、アプラスさんの心は動かない。
拷問もやむなしといった感じだ。
もしかして、痛みに堪えるなんらかの能力を有してる可能性があるかもしれない。
そうなると、拷問も無駄になる。
押しても引いてもダメなら、今度は飴をぶら下げるしかないかな。
「――――ッ!」
アプラスさんが反応する。
家の作りはシンプルで、寝室と炊事場付きダイニングがあるだけ。
その炊事場からいい香りが漂ってくる。
「どうやら、おいしい料理ができたみたいだね」
「料理……」
アプラスさんが反応した。
僕は振り返り、笑顔で答える。
「うん。お腹空いてるかなって作ってみたんだ」
豚汁を作りました。とっても温まりますよ。








