第141話 フレッティさんの努力
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やめられない、とまらない(呪い)
みんなが食べているものとは?
崩れた氷塊を横に見ながら、僕たちは『氷魔の渓谷』へと進んでいく。
名前は如何にもという感じで、僕たちを拒むように猛烈な吹雪が前から押し寄せるけど、それは『氷魔の渓谷』の一面を映したに過ぎない。
両側に聳える絶壁に視線を移せば、蒼白の氷柱が垂れ下がり、まるでそこだけ時間が止まったような美しい光景が広がっている。
雪道はあるところまで行くとすっかり凍っていて、さほど歩きづらくはない。
問題なのは、吹雪ぐらいだ。
「力を付けたね、フレッティ。さっきのは二つ名に恥じない一撃だった」
カリム兄さんが前を歩くフレッティさんに話しかける。
隊列はフレッティさん、カリム兄さん、ルヴィニク伯爵、リチルさん、僕という順番だ。
吹雪に飛ばされないように腰に縄を巻いて、数珠つなぎになって雪中を歩いている。
「ありがとうございます、カリム様」
「フレッティ団長、【紅焔の騎士】の名に恥じぬようにって、魔法の勉強を始めたんですよ。昔はあんなに嫌がっていたのに。ふふふ」
「そうなのかい?」
「ちょ! リチルさん! それは言わないでくれと言ったじゃないか」
「いいじゃないですか。その成果が出たんですから」
リチルさんが軽く舌を出して悪戯っぽく笑うと、フレッティさんは火蜥蜴のコートについたフードの上に、困ったように手を置いた。
「それだけじゃありませんよ。フレッティさん、ここのところ毎日魔獣食を食べていますからね」
「ルーシェルくんまで」
「それも初耳だ。一体、何を食べてるんだね」
「わたしも初耳です。いいな~。団長ばっかり! わたしもおいしい魔獣料理食べたい!」
カリムさんが興味深そうに尋ねる後ろで、リチルさんが手をバタバタさせながら抗議の声を上げた。
「なら、リチル。今度一緒に私と一緒に食べるか?」
「え? 団長と一緒に食事……」
一転、リチルさんの顔が赤くなる。
え? なんで??
「だ、団長がそんな素直に言うってことは、その…………わたしと……」
「ああ。……とっても辛いぞ」
「へ? 辛い?? え? あ……。辛い?」
リチルさんが尋ねると、フレッティさんは後ろを向いて、はっきりと頷いた。
「苦いとかじゃなくて、辛いって……。どういうこと?」
みんなが最後尾の僕の方へと振り返る。
僕は苦笑いを浮かべた。
「フレッティさんが食べているのは、これです」
僕は火蜥蜴のコートを指差す。
「コート?」
「え? これ食べられるの、ルーシェルくん?」
カリム兄さんを含めて、リチルさんも素っ頓狂な声を上げる。
「コートは食べられませんよ。あの……、火蜥蜴の内臓ですね。それを乾燥させて、煎じて飲むと、火属性の能力が上がるんです」
能力の上昇値に関しては微々たるもの。
でも、効果期間は一生ものだ。
フレッティさんが言うようにとっても辛いので、胃の負担を考えると、1日1回。
少量を少しずつ飲んでもらっている。
「最初胃薬と一緒に飲んでいたのだが、段々身体が慣れてきた。舌の上にのせないように飲めば、味覚がおかしくなるわけでもないしな」
「団長が人知れずそんな努力をしていたなんて、全然知らなかった……」
「なるほど。あの炎の威力はたゆまぬ努力の結晶というわけだ。僕もうかうかしてられないな」
「いやいや、カリム様。私なんてまだまだですよ」
「そうかな。じゃあ、今度は僕が力を見せる番のようだ」
カリム兄さんの青緑色の瞳が閃く。
腰から下げていた鞘から剣を抜いた。
一体何ごとかと思った瞬間、前方の雪溜まりが爆発する。
粉塵のように雪が舞うと、続いて吠え声が聞こえた。
『ぼおおおおおおおおおお!!』
現れたのは、雪の巨人だ。
「イエティか!!」
ルヴィニク伯爵が叫ぶ。
間違いない。Bランクの魔獣で、雪山などに生息する大型の魔獣だ。
雪の中に潜み、雪溜まりに引きずり込んで獲物を捕獲する。
見た目とは違ってかなり頭のいい魔獣でもある。
さらに力も強く、1度捕らえた獲物は死ぬまで離さないという危険な魔獣だ。
まさか『氷の魔女』という名前に思考が囚われていて、魔獣がいるという考えがまったくなかった。
みんなの反応が半歩遅れる中、すでに駆け出していたのは、カリム兄さんだった。
抜剣を終えている兄さんは、吹雪を切り裂くように前へと進む。
一瞬にして、巨大イエティの前に踊り出た。イエティもただ見ていたわけではない。
向かってきたカリム兄さんを叩き落とそうとして、あっさり躱されてしまう。
「行くよ、【風の精霊】!」
カリム兄さんの側で、風の精霊が具現化する。
蠱惑的に目を細めると、兄さんの指示に頷き、持っていた剣に宿る。
「はああああああああ!!」
シャンッ、と緑の剣閃がイエティを縦に貫いた。
イエティは大口を開けたまま固まる。
カリム兄さんは残心をといた後、ゆっくりと鞘に剣を収めた。
次の瞬間、イエティはゆっくりと傾斜していく。
再び雪柱を上げて、死んでしまった。
まさに一瞬の出来事だ。
「さすがは、カリム様」
「こちらもお見事」
「かっこいい……」
隊列に戻ってきたカリム兄さんを、みんなは褒め称える。
僕も拍手を送った。
兄さんがイエティに気づかなかったら危なかった。
そのまま先頭のフレッティさんが、イエティに雪の中に引きずり込まれていたかもしれない。
「吹雪の中でよくわかりましたね」
「吹雪も風の1つだからね。常に精霊が僕に囁き、周囲の状況を教えてくれるのさ」
肩に乗った風の精霊と戯れる。
相変わらず精霊との関係は良好のようだ。
精霊使いは精霊との親和性が高ければ高いほど、高次元の力を引き出せることができる。
普段から、風の精霊とのコミュニケーションを欠かしていない証拠だろう。
巨大なイエティをあっという間に倒せたのも、カリムさんと風の精霊との親和性が強まっている証拠と言えるだろう。
「さて、進みましょう。案内お願いします、ルヴィニク伯爵」
カリム兄さんがそう言うと、ルヴィニク伯爵は神妙に頷く。
「いえ。どうやらその必要はないようですよ」
ルヴィニク伯爵の視線が、渓谷の奥へと向けられる。
みんなは気配に気づき、再び戦闘姿勢を作る。
すると、吹雪の向こうから黒い影が現れた。
「人……」
リチルさんが恐る恐るといった感じで、言葉を絞り出す。
実際、その通り。人だ。
それも見目麗しい、女の人だった。








