第140話 紅焔の騎士の実力
☆★☆★ 発売まで、あと2日 ☆★☆★
今回の話でモフモフ魔獣が出てきましたが、
書籍版ではモフモフ魔獣ことアルマが常備されております。
ルーシェルとアルマの軽妙な軽口も健在ですので、
是非2巻もお買い上げください。
フロストバロンは大きな狼のような魔獣だ。
寒さに強く、雪道に適した大きな足は力強く雪を蹴って、吹雪の中を進んでいく。
あらかじめ作っておいた保護ゴーグルがなかったら、とっくに目が乾いて、痛みに悶絶していたかもしれない。
フロストバロンは僕が飼っている使役獣。
魔獣は【使役】というスキルか、特定の魔獣の部位を食べさせることによって手懐けることができる。
「すごいな。魔獣使いはさほど珍しくないが、まさかフロストバロンを使役するとは……。確か使役するのにも、適合する魔獣とそうでない魔獣がいたと思うが」
同じくゴーグルをかけたルヴィニク伯爵が感心していた。
「はい。通常フロストバロンは【使役】では手懐けるのは不可能です。僕の場合、その上位スキルである【支配】を使っています」
「なんと……。聞いたことがあるが、使われているのは初めて見た」
フロストバロンはAランクの魔獣だ。
魔獣生態調査機関が付けたランクはあくまで危険度だけど、【使役】で手懐けることができるのは、最大でCランクまでと言われている。
【支配】は複数の魔獣を手懐けることができる上に、思考を共有できるのも強い。
何よりBランク以上の魔獣を使役できるのも強みだ。
「伝説のスキルと言われているのに、どうやって……」
「あははは……。それは秘密です」
確か100年ほど前だったと思うけど、山にたくさんの死霊が湧き出た時があって、その原因がリッチという魔獣だった。
やたらめったら魔獣や動物から魂を抜き取るものだから、獲物が激減してしまったのだ。
ランク〝S〟だったと思うけど、僕は難なく倒した。
聖属性が濃縮された聖水の水牢に閉じ込めたのだ。
リッチは3日とかからず、浄化されてしまったのだけど、その時に閉じ込めていた水にいい旨み成分がでていて、かなりおいしいことに気づいた。
それを出汁に醤油ベースでスープを作り、自分で卵麺を打って、食べてみたら結構おいしかったのを今でも覚えている。
その時に偶然にも【支配】を覚えたのだ。
まさかSランクのリッチを出し殻にして、【支配】を覚えましたとは到底言えず、僕は笑って、話題を転じることにした。
「ところで、ルヴィニク伯爵。僕たちに着いてきて良かったのですか? もしものことがあったら」
「お心遣い痛みいる、ルーシェル殿」
ルヴィニク伯爵は頭を下げた。
〝殿〟はやめて欲しいかなあ。
見た目は子どもにしか見えないんだし、僕は。
「ですが、あなた方を個人的なことに巻き込み、私だけぬくぬくと屋敷の暖炉の前で待ってるわけにはいかないでしょう」
ルヴィニク伯爵らしい返答だ。
責任感も度胸もある。
軍人時代は、非常に優秀だったのだろう。
「それに私に万が一のことがあっても、私にはもう30手前の息子がいます。もう1人前の男です。私に何かあった時、すべてを息子が引き継ぐようになっているので」
準備万端ということか。
ルヴィニク伯爵らしいや。
僕とルヴィニク伯爵とのやりとりを聞いていたカリム兄さんが、唐突に「ふふ」と笑った。
「ルーシェル……。君が人のことを言えるのかい」
「カリム様の言う通りです。本来、君こそ留守番をしていなければならないのに」
僕の力は人からすれば過ぎた力だ。
だから、クラヴィス父上も含めて家族は、僕が300年で得た力を振るうことには、依然として懐疑的だ。
特に人に見せることに。
溶岩魔王も、マグマ石のこともすべてカリム兄さんや、フレッティさんが成し遂げた偉業ということになっている。
前回はカリム兄さんとフレッティさんだけだったけど、今回はルヴィニク伯爵がいる。
アプラスさんに対する並々ならぬ想いを聞いた後で、父上でも無下に断ることができなかった。
同時にそれは『氷の魔女』に対して、安全策を採るという意味でも、僕に留守番させることはできなかったのである。
ちょっと矛盾してるけど、クラヴィス父上にとっては難しい決断だったと思う。
「あまり父様を困らせるのではないよ、ルーシェル。僕も、フレッティもいるのだからね」
「わかってます」
といっても、相手は1000年生きる魔女。
天気を変えてしまうほどの魔力を持った相手だ。
確かに【勇者】であるカリム兄さんは強いし、【紅焔の騎士】の二つ名を持つフレッティさんは伊達じゃない。
でも、正直今回の件だけでは、2人では難しいように思う。そんな予感がするのだ。
ここまで休みなく駆け抜けてくれたフロストバロンの足が止まる。
「ついに来ましたね」
「ああ……」
フレッティさんは息を呑む。
カリム兄さんも橇から降りると、青緑色の瞳に目の前の氷壁を収めた。
「これが魔女が張った結界か」
思っていたよりも大きく、広範囲に展開されている。何より分厚い。完全に渓谷へと入る道を塞いでいた。
「ありがとう」
僕はここまで橇を引いてくれたフロストバロンに、いつかのマウンテンオークスの熟成肉の残りを上げる。
嬉しそうに頬張るフロストバロンの顔は、魔獣とはいえ愛嬌がある。吹雪の中でもモフモフの毛をわしゃわしゃと撫でてやると、目を細めた。かわいい魔狼だ。
ひとしきり労った僕はフロストバロンを【収納】の中に収めた。
さて、いよいよ結界攻略だ。
「私に任せてもらっていいでしょうか?」
結界の前に立ったのは、フレッティさんだ。
すでにその手には、フレイムタンが握られている。
使い手の心を映し取った真っ直ぐな片刃の直剣は、吹雪の中でも光っている。
「ああ。任せるよ、フレッティ。【紅焔の騎士】の力を存分に振るいたまえ」
「お任せします」
仮に『氷の魔女』と戦うことになれば、一番の戦力はフレッティさんと、相棒のフレイムタンだ。
魔女の力に、フレッティさんの力が通じるか。これの結界破りはたぶん試金石になるだろう。
フレッティさんはフレイムタンを振り上げる。
大きく息を吸い込んだ瞬間、手を伝ってフレイムタンに魔力が流れていく。
スイッチが入ると、フレイムタンから炎が上がった。
最初こそ、小さな炎だ。
だが、薪をくべるように魔力を追加していき、ついに1本の大きな円柱と化す。
氷壁にギラリと赤い紅蓮の炎が映し出された。
「うおおおおおおおおお!!」
吹雪を切り裂き、フレッティさんはフレイムタンを氷壁へと振り下ろす。
ジュッ!!
耳をつんざくような激しい蒸発音。
白煙が上がり、辺りが真っ白になった。
氷vs炎。
果たして、その決着は意外とあっさりとしたものだった。
まるで分厚い鉄板を切り裂くようにフレッティさんは氷壁を切り裂いていく。
「おおおお!!」
最後の渾身の力を込めると、ついに氷壁はバラバラになる。僕たちの前に現れたのは、その炎の熱で現れた、渓谷の奥へと続く1本の道だった。
「お見事……!」
ルヴィニク伯爵が手を叩く。
カリム兄さんが功労者の肩を叩くと、フレッティさんはホッと息を吐いて、フレイムタンを鞘にしまった。
「さあ、ここからが本番だ。行こう……」
『氷魔の渓谷』へ。








