第137話 ルーシェルの秘蔵のソース
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最新話はルーシェルの元を離れ、盗賊のアジトへと赴く騎士団員たち。
そのアジトで見た驚愕の光景とは?
コミックス1巻は2月6日発売です。
そちらもよろしくお願いします。
そう。ハンバーグはハンバーグでも、今日僕が作るハンバーグはただのハンバーグじゃない。
煮込みハンバーグだ。
魔獣肉の中でもトップクラスにおいしいクリムゾンブルとプルプルピッグのお肉を、ただ普通のハンバーグとして食べるだけでも十分うまい。
けれど、それをさらにおいしくする。
それが煮込みハンバーグだ。
今回はルーシェル・グラン・レティヴィア特製のソースを使う。
絶品のハンバーグがさらに絶品になるというわけだ。
先ほど鍋の中にあらかじめスライスしていた玉葱を入れる。
軽く塩を振った後に、少し強めの火で炒めていった。
玉葱がある程度火が通ったら、刻んだマッシュルームを入れて、再び炒めていく。
両方とも飴色になってきたら、いよいよソース作りだ。
赤茄子ソースをたっぷり入れて、先に入れた具材に絡めていく。
ある程度馴染んだところで、赤ワインを入れ、そして合成魔獣に匹敵する必殺の調味料を使う。
魔法袋から取り出したのは、一升瓶だ。
その栓を抜く。
初めにその香りに反応したのは、ソンホーさんだった。
「お前さん、一体何を持ってきた」
「わかりますか、ソンホーさん」
わざわざ僕の近くまで寄ってきて、一升瓶から漂う香りを嗅ぐ。
「完熟した木の実、いや貴腐葡萄に近いか。そこに野菜の煮汁に似た匂いがするのぉ。わしらも完熟した木の実からソースを作るが、それ以上にこれは濃厚だ。……これは一体」
さすがソンホーさん。
ほぼほぼ当ててしまった。
だけど、完熟した木の実まではあってる。
でもただの木の実じゃない。
「こちらは魔樹の木の実や魔草を熟成させて作ったソースになります」
「魔樹!」
「魔草?」
「熟成させたソース!?」
ソフィーニ母上、リチルさん、リーリスが声を上げる。
みんなが驚くのも無理もない。
僕もこんなにおいしくて、芳しい調味料になるとは思わなかったんだから。
「わしらが普通の木の実や野菜を使うのに対して、お前さんは魔樹や魔草を使ったのか。なるほど。お前さんにしか思い付かない調味料だな」
「いや……。実は偶然なんですよ」
「偶然? どういうことですか、ルーシェル?」
リーリスが興味津々といった様子で、僕に質問した。
「言葉通りの意味だよ。まだ獲物なんかがうまく取れない時に、生えていた魔草や魔樹の木の実を床下に保管していたんだ。ツボの中に入れて、一緒にね」
「ああ。なるほどね。なんとなく先がわかったわ。ふふ……。ルーシェル、その存在をすっかり忘れていたのね」
ソフィーニ母上は鋭い。
まったくその通りだ。
「気づいた時には、床下からすごくいい香りがしたんです。何かなって思ったら、醸成された魔草や魔樹の木の実が一体になって、おいしいソースになっていたんですよ」
「別に驚くことでもない。調味料ってのは昔から偶然発見されることが多いからな。狙って生まれることの方が少ないんだ」
ソンホーさんは付け加える。
さらに途中参加したクラヴィスさんが顎を撫でた。
「つまり、それが合成魔獣料理の最後の切り札ということだな、ルーシェルよ」
「はい」
早速、鍋の中で待っていた玉葱とマッシュルームに振りかけていく。
たっぷりであればたっぷりなほど、このソースはうまくなる。
さらに火を入れて、それぞれのソースの中にある余計な酸味と酒精を飛ばしていく。
やがてペースト状になってきたところで、水を入れて、大蒜、先ほどの牛粉に、追い魔樹の木の実ソースを入れる。砂糖と塩少々で軽く味を整えた後……。
「いよいよハンバーグを入れますよ」
僕は玉葱、マッシュルーム、肉汁や羊酪、加えて赤茄子ソースの甘みに、魔樹の木の実ソースの深いコクが深化したソースの中に、ハンバーグを入れていく。
まるでその登場を待っていたかのように、お鍋の中からジュワッと歓喜の音が響いた。
そして、弱火でコトコト……。
ハンバーグにソースを流しかけながら、じっくりとソースの味がしみ込ませていく。
もうこの時点の香りが溜まらない。
木の実を深い味わいすら感じる香りに加えて、芳醇な羊酪の香り、そしてお肉の香ばしい香り。
3つの香りが、まさに3つの香りとなって、みんなの鼻腔はおろか、その先にある食道、そして胃へと直撃する。
ぐぅ……。
お腹の音が鳴るのは、身体が食べる準備ができたという知らせだ。
僕はいよいよハンバーグを皿に盛りつけていく。とろみのついたソースを回しかけ、その上に生クリームを少し垂らして、刻んだパセリをのせれば……。
「よし……」
僕は汗を拭う。
皿を持ち上げる。
ハンバーグがのった皿は思った以上に重量感があった。
「お待たせしました」
合成魔獣肉を使ったルーシェル流絶品煮込みハンバーグの出来上がりです!
トロリと艶光りするソースに、たっぷりの玉葱とマッシュルーム。
焼き目の入ったハンバーグは綺麗に小判形に成形されて、ソースと一緒に白い湯気を吐いている。
茶色一色のソースには生クリームと刻んだパセリがかかり、見た目も悪くない。
何より香りが最高だ。
過度に甘ったるいかといえば、そうではない。
どちらかと言えば、ビターな大人な香りの中に、繊細さと上品さを感じる。
それはソースの輝きにも現れていた。
「おいしそう……」
リーリスが呟けば、他の人たちは唾を呑んでいる。
武骨な武人タイプのルヴィニク伯爵ですら、できあがったハンバーグから目を離せないようだ。
僕はエプロンを解く。
「さっ! では、実食といきましょうか」








